13話:契約結婚の真実
邸に戻ると、すぐに湯浴みをさせられて、天蓋つきベッドに放り込まれた。
目を据わらせたメイドから「奥様には仮眠が必要です」と言われれば反論はできず、瞼を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきた。
夕食の時間まで爆睡したおかげで、心身ともに疲れが取れたように思う。体調を心配してくれていたメイドも安心した顔つきに戻っていた。
美味しい夕食を一人きりで食べ終わった頃、ちょうどユージーンが帰宅した。
すぐに席を立とうとすると、執事が「奥様は食後のハーブティーをゆっくり飲まれてから、執務室にお越しください。その間にユージーン様の身支度を調えますので」と言って食堂を後にした。
(さすが執事さん、手際がいい……。颯爽と消えていったわ)
キビキビした動きに感心していると、銀の盆を持ったメイドが手際よくお茶の準備をしてくれる。ポットからは、ふわりと甘い香りが運ばれてきた。
「いい香りですね。ブレンドティーでしょうか?」
「はい。お疲れのご様子でしたので、カモミールとレモンバームを合わせてお淹れしました」
ティーカップからは、カモミールの優しい林檎のような香りと、レモンバームの爽やかな香気が重なる。温かいハーブティーを口に含むと、柔らかな甘みが広がり、続いてほのかな酸味と清涼感が余韻を残した。
心の奥までほぐれていくような、ほっとする味わいだ。
思わず肩の力が抜けて、深い呼吸が戻ってくる。ひとときの休息が、心を優しく包んでいく。
「……ふう。この香りを嗅ぐと、落ち着きますね」
「それはよかったです。本日は奥様もかなり無理をなさったのでしょう? 邪龍退治なんて昔話の中のお話だと思っていましたが、お二人ともご無事で本当に何よりでした」
「ユージーン様がすごかったのよ。わたくしは結界を張るのに精一杯でしたから」
「いいえ。この街を救ってくださったのはお二人が力を合わせ、果敢にも戦ってくださったからです。歴史に残る偉業ですよ。結界術を使いこなせたミリアリア様がいたからこそ、ユージーン様は守りを任せて戦いに集中できたのではないでしょうか。やはり、ミリアリア様の功績も大きいですよ。もっと誇ってください」
「そ、そうかしら……」
ゆっくりと温かいハーブティーで体を温め、いつもより遅めに部屋を出る。
メイドに先導されながら、ユージーンの執務室を訪れると、執事が穏やかに出迎えてくれた。
執務机で書類の決裁をしていたユージーンは、湯浴みも済ませたらしい。全体的にこざっぱりとしている。服も室内用のゆったりとしたものに替わっていた。彼はお茶の手配だけを済ませると、使用人たちを下がらせた。
「待たせたな。人払いも済ませたし、楽に座ってくれ」
「はい。失礼いたします」
手前のソファに腰かけると、その向い側にユージーンが座る。
緊張した面持ちで見つめられ、ミリアリアは膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめた。
「俺たちは契約結婚で夫婦になった。跡取り問題を解決するために君が選ばれた。魔力が多い俺のそばにいても体調を崩さない令嬢、それがミリアリアだ」
「体調……ですか?」
「ああ。普通の令嬢は魔力耐性がない。俺の魔力は髪色が黒く変わるほどに強力なものだ。俺が近づけば、何かしら具合が悪くなる。体内で抑えきれない魔力が滲み出ているせいで、結果的に相手に害を及ぼす。長時間、一緒にいることさえ不可能なほどだ。遠巻きに恐れられている原因も同じ理由だ」
悲しげに目を伏せ、長い睫毛が揺れる。
今まで、心にもない言葉もたくさんかけられたのだろう。彼の過去が容易に想像できてしまい、ミリアリアは胸が苦しくなった。
「……わたくしは不快に思ったことは一度もございません。ユージーン様は人一倍、優しく接してくださいます」
「そんな風に言ってくれるのは君だけだ。邸に出入りする人間は、いずれも魔力耐性がある人間ばかりだ。とはいえ、君ほどの力はない」
「…………」
「何度も言うが、君の瞳は本当に素晴らしい。ガーネットのように紅く染まった色、それは魔力耐性がもっとも高い証しだ。君のような女性をずっと探していた。社交界に集う令嬢の中に紅の瞳を持つ者はいなかった。外出も許されずに邸に隠されて育っている娘がいると耳にして、いてもたってもいられなかった」
花嫁探しに難儀していたところ、偶然、ミリアリアの噂を耳にしたらしい。
跡継ぎ問題が深刻化だった彼にしてみれば、渡りに船だったのだろう。
「それで、わたくしのもとへ……?」





