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1話:その忠誠は愛にあらず

「その透き通った紅玉の瞳、実に美しい。俺の妻に何ら不足ない。領地繁栄のために、どうか手を貸してほしい」


 若き侯爵が許しを請うように跪き、ミリアリアに手を伸ばす。

 誰もが目を逸らす忌むべき瞳をまっすぐ見つめるのは蒼紫そうしの瞳。何色にも染まらぬ漆黒の髪は魔力の高さを表している。柔らかなウェーブを帯びた黒髪は絹のように艶めき、涼やかな目元にある左の泣きぼくろが大人の色気を醸し出していた。


「ミリアリア嬢、君を花嫁として我が家に迎え入れる。今後は何不自由のない生活を保証する。君はただこの手を取るだけでいい」


 この人を信じてもいいのかという不安を見透かしたような言葉に、心臓が嫌な音を立てた。表情が強張り、心拍数が上がる。それを意識した途端、息が浅くなった。

 そろりと彼の後ろにいる両親に視線を移す。けれど、すぐに後悔した。血縁上の両親は鬼のような形相でミリアリアを睨んでいたからだ。


(そうだった。この邸にわたくしの味方はいない。だって、わたくしは「血塗られし瞳を持つ忌み子」で伯爵家のお荷物。……両親が愛するのは天使のような容姿の弟妹だけ。社交界にも出さず、ずっと邸に幽閉していた娘なんて早く追い出したいのでしょう)


 彼らにとって、この縁談は厄介払いにちょうどよかったのだ。

 ミリアリアは薄く息を吐き出し、覚悟を決めた。見目麗しい男の手に、自分のそれを重ねる。震えそうになる声を絞り出す。


「……あなたの家に嫁ぎます。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。侯爵閣下」


 ◇◆◇


 ユージーン・アストル・ラスフォード侯爵に望まれるまま、ミリアリアは式も挙げず、書面上の手続きのみで彼の妻になった。持参金も婚礼道具もない、身一つでの嫁入りだった。

 後から聞いた話では、実家は多額のお金と引き換えに娘を売り払ったらしい。今まで生かされていた理由に納得したが、怒りは湧いてこなかった。

 両親から愛情を向けられたことは一度だってない。血縁関係はあっても信頼関係はない。今まで、他人と同じ距離感でしか会話したことがなかったくらいだ。

 そんな人たちに何かを期待するほど、無意味なことはない。


「俺との契約を覚えているか?」


 執務室に呼び出されたミリアリアは、侯爵家当主であり自分の伴侶であるユージーンに端的に質問された。

 切れ長の瞳は、じっと観察するようにミリアリアをその瞳に映す。

 彼は常に無表情だ。冷たい美貌と揶揄される顔は怒っているようにも見えるが、侯爵家の使用人によると怒ってるわけではないらしい。感情を一切排した顔はめったに変わることなく、喜びや悲しみの色をまとうこともない。


「もちろんです、閣下。寝室は別にする。適切な食事を心がけて規則正しい生活をする。侯爵家の一員として領民を守る。お互いのプライベートに踏み込まない。侯爵家の妻として恥ずべき行いはしない。夫婦は助け合う。……以上です」


 結婚初夜もなく形だけの妻となり、夫婦間の取り決めの契約書も交わした自分たちは、普通の結婚とは違う関係で成り立っている。

 契約に基づく結婚なので、普通の妻ではなく契約妻である。言い換えれば、契約が反故にされれば即お払い箱行き確定の立場。けれども、ミリアリアにとって彼は実家から解放してくれた救世主であり、これからの人生を賭して忠誠を誓う相手だ。


「ああ、そうだ。我が家に来てから三ヶ月、だいぶ血色がよくなってきたな。ちゃんと睡眠は摂れているか? 悪夢にうなされることは?」

「おかげさまで毎晩ぐっすり眠れています。快適な睡眠環境を整えていただき、ありがとうございます。寝る前は、閣下に感謝を捧げてから就寝しております」

「そ、そうか……。最初の一ヶ月は、慣れないベッドで眠りが浅いと聞いていたが」


 お世話係のメイドや執事から定期的に報告が入っているのだろう。

 知らない間に自分の状況が筒抜けであっても、ミリアリアが困ることなんてない。忙しい執務の間に気にかけてくれていたことのほうが純粋に嬉しい。

 ミリアリアは頬に手を当て、そっと視線を落とした。


「お恥ずかしながら、高級生地に体が慣れていなかったのです。その、今まではベッドといえば硬いものだと認識しておりましたので。雲の上にいるような、ふわふわした寝心地に慣れるまで時間がかかってしまいました。今は、極上の寝台で眠れる環境に感謝しております」

「ならばよい。食事の量は足りているか? 苦手な食材はないと聞いていたが、無理をしていないか?」

「食事の量は少しずつ増やしていただいているところです。無理はしていません。新鮮な食材で色鮮やかな食卓は毎回心が弾みますし、皆様の温かなご協力で健康な体になりつつあります。本当に感謝してもしきれません」


 素直な気持ちを吐露すると、ほっとしたように彼の口元がわずかにゆるむ。


「散歩も日課にしているのだったな。体力もついてきたようだし、そろそろ妻の務めを果たしてもらおうと思うのだが」

「……っ! 何なりとお申し付けください」

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