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異世界日常

異世界日常4

作者: あか りくこ

中森明菜の北ウィングよりヒントを得た掌編

舞台は商業都市ですが今回の語り手は赤の舞踏の僕ではありません

 山岳都市ギルドからの帰りの事だった。商業都市の帰路に着いたアドリアナは夜行列車で一人の娘を気にしていた。

 今年成人したくらいの年の頃の若い娘だ。袖口の広い、ゆったりとした白いワンピースには、山岳都市周辺に咲く赤い花を図案化した刺繍が施されている。レーラの花だ。

 雪払い、春招きとも呼ばれるその花は、雪解けとともに一斉に芽吹き花を咲かせる。年頃の娘が結婚するときは、レーラの花を刺繍した衣装を纏うのだときいている。

 つまり彼女は婚礼衣裳で夜行列車に乗っているということになるわけだ。が、なんだか緊張しているのか、スカートの上で固く握り拳を作って身体中をこわばらせ、怒っているような表情で、頑なに一点を見つめている。人生晴れの舞台の衣装に似つかわしくない表情。まるでちぐはくなのだ。

 どうしたのかしら。結婚式から逃げてきたのかしら。だとすると後から山岳都市ギルドから人捜しの依頼が入るわねぇ。まさか花婿さんを殺して逃走中?だったら王都執行官も出て来ることになるわね。うっかり『その娘さんなら商業都市に戻るときの夜行列車で一緒に乗り合わせてました』なんて口走っっちゃったら大変なことになるわ。重要参考人としてあっ、まさか恋の鞘当てキャットファイト??意中の相手を袖にした憎き恋敵を殺しちゃったとか?去年、山岳都市から商業都市ギルドに入った新人くんも事情聴取されちゃったりするのかしら。彼、片想いの子に逃げられたって噂だし。


 アドリアナが新人君と呼んでいるのは窓口業務担当の青年ヒューイ。朴訥な好青年でギルド内の女子からの人気も高い。昨年の歓迎会の時に、酔っぱらった誰かが「彼女いるの??」と不躾な質問をぶつけたのだが、言葉を濁しつつ「幼馴染の娘に告白して逃げられた」と語っていた。今でもその幼馴染の娘にまだ未練があるのか、誰かとくっついたのなんのといったうわさも聞かない。そうなるとその幼馴染という子が気になるのが姦しい女性の性と言うものだ。ヒューイ青年を憎からず思っている未婚女性有志数名が、彼氏持ちの同僚を捕まえ「男同士の飲み会でなんとか聞き出してきてほしい」と熱っぽく訴え、どうにか「内気で引っ込み思案」といった情報を聞きだせた程度だ。


 ともかくアドリアナの想像は膨らんでいって、結局一睡も出来なかった。常時開いている商業都市城門を通過して、眠い目をこすり夜明けの駅のホームに降りる。ごった返す人混みの中で、視界の端を赤い色彩が掠めた。視線を遣ると、あの婚礼装束の娘だった。相変わらず硬い表情で、改札手続きを済ませる間も唇を真一文字に噛み締めて、広場をすたすたと歩く。彼女の目的地も商業都市だったのね。

 早朝の大通りを横切り、橋を渡り、商業都市ギルド本部に向かうアドリアナの先には必ずと言っていいほど婚礼装束の娘がいた。

 もしかしてギルドに用事があったりするのかしら。だったら夜行列車で一緒だったのだし、話しかければよかったかしらね?脳内でさんざん殺人犯に仕立て上げていたことなどすっかり忘却の彼方に棚上げするアドリアナ。


 彼女が着いた先は本当に商業都市ギルド正面玄関で、アドリアナは少々面食らった。面食らったついでに徹夜明けの変な高揚感のせいで、妙な使命感すら覚えていた。

 こうなったら彼女の目的を最後まで見届けなきゃならないわ。

 アドリアナは職員玄関から中に入って、業務をこなしつつ正面玄関の様子を窺う。

 そろそろ開庁時間が迫って、窓口が開く準備が始まると、玄関ホールで待つ娘がここにきてなにか臆したような怯んだような素振りを見せ始めた。うろうろと行ったり来たり頬を両手で抑えたり実に落ち着かない様相だ。

 アドリアナもつられてそわそわしてしまう。

 そこに。

「アマラ?」

 寝耳に水の表情のヒューイが慌てて窓口から玄関ホールに向かった。

 心配そうな面持ちでありながら、驚きのサプライズに喜びを隠せないような、そんな複雑な表情。

 こんな新人くんの姿は初めて見るわ。

 ヒューイが婚礼装束の娘に駆け寄ると、アマラと呼ばれた彼女は、覚悟を決めたようにヒューイに真っ正面から抱きついた。

「逃げてごめん。これが、私の返事」

 突然のことにヒューイは目を見開いたが、すぐにアマラの背に腕を回し、力強く抱きしめた。

 アドリアナはすべてを察した。

 私、今、「内気で引っ込み思案な子」の一世一代の告白の瞬間に立ち会っているんじゃないの。

 彼女が列車の中でずっと怖い顔をしていたのは、あの時の告白から逃げてしまったことを後悔し、ヒューイを追いかけるという決心と、再び告白するという決意で張り詰めていたからなのね。そして、婚礼装束を着ていることこそが、彼女の精一杯の「はい」という返事なのね。



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