トップアイドルとのご対面
クロッズ青空との仕事の日、私は1日中ソワソワしていた。
あのクロッズの青空と会えるなんて。しかも家に行けるなんて。
ファンではなかったのだが、アイドル界の頂点にいると言っても過言ではない人と会えると言うことに、胸が高鳴っていた。
いつものように送迎車が到着し、乗り込んだ。向かった先は高級住宅街でもある広尾。
やっぱりスーパーアイドルともなると住んでる場所も違うのかと窓からの景色をぼーっと眺めていた。
閑静な住宅街の中に入っていくと大きな家の前に着いた。
珍しく今回はマンションではないようだ。
大きくて高い壁に囲まれた住宅のようで、外からは中を見ることができない。
広尾の一等地にこんな大きな家があるなんてと感心してしまう。
運転手がインターホンを鳴らし名前を伝えると大きな門が開いた。
中に入ると広めの芝生があり、大きなプールやテラスもある。まさにリゾートホテルのような空間だった。
こんな豪邸は今まで見たことがなかった。
初めての豪邸に辺りをきょろきょろと見渡してしまう。
運転手が車のドアを開け、どうぞとエスコートをしてくれた。
お時間になりましたらお迎えに上がります。
そのまま玄関のインターホンを鳴らして中にお入りくださいとだけ言い、去っていった。
一人残された私は大きすぎる家を見渡しながら、恐る恐る玄関に向かった。
すると遠くから何かが駆け寄ってくる音が聞こえてきた。
ハッハッと声のする方を振り向くと小さなクリーム色のポメラニアンが私目掛けて駆け寄ってきていた。
きゃ、可愛い。どうしたの。と私が頭を撫でると嬉しそうに尻尾をフリフリしている。
まるで笑っているようで、その可愛さに自然とこちらまで笑顔になってしまう。
私が辺りを見渡すと庭に面した二階のベランダに誰かがいるようだ。
私がハッと気付き目をやるとその男性はヒラヒラと私に手を振った。
初めまして。青空です。
その子はわたあめ。そのまま2階に上がってきてください。
思いがけない場所から登場した青空にドキッとし、遠目からでもオーラを感じた。
なるべく平常心でいようと分かりましたと軽く会釈をし、ドキドキしながら玄関に向かった。
玄関の扉を開けると、わたあめは物凄い勢いで階段を駆け登って消えていった。
私は玄関に用意されていたスリッパを履き、広さに驚きながらもゆっくりと階段を上がっていった。
階段を登った先は何平米あるかも分からないくらいに広いリビングがあり、そこに青空がわたあめを抱えて立っていた。
初めまして、るなさん。青空です。今日はよろしくお願いします。
近くで見る青空はテレビで見るよりも瞳がキラキラと輝き男性なのに美しくて見惚れてしまうほどだった。
白川るなです。よろしくお願いします。私がたどたどしく挨拶すると、緊張していることに気付いたのか、ハーブティーお好きですか。よければ飲みましょう。とソファに案内してくれた。
二人でソファに腰をかけ、辺りを見渡すとまるでモデルルームのようで無駄なものが一切置いていない空間だった。
犬はお好きですか。
青空の突然の質問に私ははい、猫より犬派です。と答えた。
青空はよかったと少し微笑み、わたあめは僕の癒しなんですと膝に乗ったポメラニアンを優しく撫でている。
るなさんはこの仕事始めて何回目ですか。
今日で3回目です。
そうなんですね。と青空はしばらく何か考えるような仕草を見せ、僕は何度かドル隊を利用させて貰っているんですけれど、こんなお綺麗な方見たことないです。と真顔で言った。
いえいえ、ありがとうございます。
お世辞かもしれないが、青空にそんな風に言ってもらえるなんて、と少し喜んでいる自分がいた。
でもこの人非恋愛依存なんだよなぁと考えていると、私の考えていることを見透かしているかのように青空の方から実は僕非恋愛依存なんですとカミングアウトしてきた。
事前に聞いていたが、そうなんですねとまるで今初めて聞いたかのうような反応を見せた。
今思えば非恋愛依存なんて言葉、普通の人なら知らないはずなので、すんなり受け入れてしまった時点で演技はばれていたかもしれない。
でも一度だけどうしても忘れられない女性に会って。と青空は突然話し始めた。
それは深く聞いてもいいのだろうか。
私が返答に困っていると、それを察したのか聞いてくれますか。と青空の方から尋ねてきた。
私ははい、勿論と答えると彼は嬉しそうに話し始めた。
小学生の時、オーストラリアに家族で行ったことが会って、そこで出会った方なんですけど。と切り出した。
ちなみに僕の両親は離婚していて母と妹が1人いるんです。
オーストラリアに行ったのも当時まだ両親が離婚する前で、向こうで働いている父に会う目的で行きました。
ですが父は何故か僕と妹には会ってくれなくて、母だけ父と会うことになったんです。
母が父と会っている間、宿泊先のホテルのプールで遊んでいてと母に言われて、当時の僕はせっかくオーストラリアまで来たのになんでお父さんは僕と会ってくれないんだって大泣きしていたんです。妹の方が逆にあっけらかんとしてプールで遊べるんだからいいじゃんって感じだったんですけれど。
母は僕が泣いているのを気にもせずにすぐに戻るからと父に会いに出かけてしまいました。
当時はまだ知らなかったんですけど、離婚の話をするためにわざわざオーストラリアまで行ったみたいです。
僕は仕方なく妹を連れてホテルのプールに向かったんですけれど、涙が止まらなくて。
そうしたら僕と同じくらいの女の子が近づいてきて、日本人だよね。どうしたのって声をかけてくれたんです。
私はその話を相槌をしながら静かに話を聞いていた。
僕は初対面の女の子に泣き顔を見られたのを少し恥ずかしく思いながらも、誰かにこの寂しさを伝えたくて、お父さんに会いに来たのに僕達と会ってくれないんだって正直に打ち明けました。
その子はろくでもない父親だねって小学生が言わないような大人びたセリフを呟いて妹と僕の手を取りました。
せっかくここに来たんだから楽しもうよ!
彼女は明るくて笑顔が似合う太陽みたいな女の子でした。
一緒にウォータースライダーを滑ったり、浮き輪でプカプカ浮いたりして遊んで。
遊んでるうちに、彼女は自分のことについても話してくれました。
彼女の親は自分に無関心であまり話さないし、気にかけてくれないんだと少し寂しそうに呟きました。
私が今ここからいなくなっても気付かないし悲しまないかも。そう言って彼女は突然プールから上がると、水深のある方へ飛び込みました。
大きな水しぶきが上がり、数秒立っても浮いてこない彼女に妹は不安になったのかお兄ちゃん!と声をあげました。
僕は勢い良くプールをあがり、彼女が飛び込んだ場所目掛けて飛び込みました。
彼女は水中から水面を見上げているようでした。
僕に気付いたのか微笑みながらそっと手を伸ばしたので、彼女の腕を取りました。
そこはまるで二人の世界のような、言葉じゃ表せないんですけど、お互いがお互いを必要としてるようななんとも言えない不思議な感覚だったんです。
たったの数秒のはずなのに時がゆっくり進んでるような気持ちになって。
水中からパッと二人で顔を出すとプールサイドで妹が不安そうにお兄ちゃんと涙を浮かべながらを呼んでいました。
そんな彼女は僕を見つめて、ありがとうと恥ずかしそうにしてました。
なんだか僕も照れてしまって、いいよ。と不思議な空気が流れて。
彼女はビックリしたでしょ。悲しさ吹っ飛んだ?ときらきらした笑顔を見せて。
僕も拍子抜けしてしまって、僕を驚かせるためにしたの?と聞くとそうだよ!だって私水泳習ってるから泳げるもんと自慢げな表情を浮かべました。
子供ながらに天真爛漫な彼女に魅了されてしまって、その子はそのままお母さんに呼ばれてじゃあまたねと嵐のように去ってしまって、僕は彼女のことがなぜか忘れられなくて。
たったの数時間の出来事だったんですけど、彼女にまた会いたいってその時思ったんですよね。
話が長くなったんですけどまた、どこかで会えるかも!俺が目立つ存在でいればその子に気づいて貰えるかもって小学生ながらに思って。
それがアイドル目指すきっかけなんです!と青空は私に話してくれた。
私はそんな些細な理由でアイドルを目指したことに驚きを隠せなかったが、ここまで努力してトップアイドルまで登りつめた人に対して口には出せなかった。
それでアイドル目指して頂点に登りつめたの凄すぎます!
頂点ではないけどと青空は苦笑しながらも嬉しそうだ。
最初のきっかけは彼女に気付いて貰うためだったんですけど、歌とダンスやってるうちに自分の好きなことなんだなって気付いて。今は自分の好きなことを仕事にできてるので、きっかけをくれた彼女には感謝してるんです。
会ったばかりなのに、こんな長々とした話、すみません。
いえ、全然。トップアイドルの方の忘れられない人ってどんな人だろうって気になったのでアイドルを目指すきっかけになったお話、聞けて嬉しいです。
ちなみにその子とは会えたんですか。
青空はにこっと微笑みそこは想像にお任せします。と答えた。
え、ここまで話して教えてくれないんですか。と私が拍子抜けした声を出すと、青空はハハハっと声をあげて笑った。
彼はアイドルの中で断トツの人気を誇るだけあって、今まで見てきたどのアイドルよりも圧倒的にオーラが違った。
自分の推しているAトレインでさえも越える何かを持っている気がする。彼のきらきらとした瞳は、ずっと見ていたら吸い込まれるような不思議な感覚がした。
テレビの勝手なイメージでクールで物静かな人だと思っていたが、実際はお喋りで気取らない彼に私は内心驚いていた。
ドル隊として来たからには行為をしなければいけないのだろうが、何故か青空とはしたくないと皮肉にも思ってしまった。
仕事として割り切るしかないが、でも何故自分がそんな感情を抱いているか、言葉では説明ができない。
彼があまりにも美しいからだろうか。
私が青空の顔を見てそんなことを考えていたからか、僕の顔になんか付いてます?といたずらっぽく聞いてきた。
いえ、ごめんなさい。私は慌てて視線を落とし誤魔化すようにテーブルに置かれたお茶を飲んだ。
るなさんは非恋愛依存って言葉ご存じなんですか。
唐突の質問に私は動揺し、えっと、恋愛依存症の逆と言うことでしょうかと聞き返した。
勿論知ってはいるが、スパドルの存在をアイドルに教えて良いのか会社の決まりが分からなかったので、曖昧な返事しか出来なかった。
まあ、簡単に言うと、そうですね。人を好きになれない人を指すみたいで。さっきさらっと言いましたけど、そう言えばるなさん非恋愛依存って言葉知ってるのかなと思って。
青空がアイドル唯一の非恋愛依存だと言うことは事前に聞かされていたが、実際に会って私は妙に納得した。
人並み外れたオーラを纏っているからだろうか、特定の人と付き合っている姿を私は想像出来なかった。
そうなんですね。男性アイドルの方で1人非恋愛依存の方がいるって聞いてはいたんですけど。青空さんだったんですね。
そうです!だから気に入ったドル隊は何回でも会えるんですよね。
私は返答に困ってしまった。青空はどのくらいの頻度でドル隊を利用しているのだろう。
ちなみに今まで気に入ったドル隊はいたんですか。
どこまで聞いていいのか分からなかったが、私は気に障る質問ではないか不安になりながらも、恐る恐る聞いてみた。
いや、それがいないんですよね。
失礼な言い方になっちゃいますけど、見た目は綺麗でも中身がないというか、面白味がないというか。
自分で言うのもなんですけれど、この外見なので好かれることが多くて。
好きっていう感情が垣間見えたり、気になる対象として見られると急に冷めるんですよね。
自分でも性格悪いなと思いますけど、ちょっと変わってますよね。
いや、そんなことないです。
私も同じと言ったら差し出がましいですけど、好意を持たれると冷めるの分かります。
もしかして、るなさんも非恋愛依存ですか。
青空がカミングアウトしたから言ってもいいだろうと思い、私はそうなんです。と打ち明けた。
すると青空は今日一番と言って良いほど嬉しそうな表情になり、まじですか!よかった。僕たちいい友達になれますね!と手を差し出した。
私が握手をすると青空は嬉しそうに繋がれた手をブンブン振った。
初めて女性の非恋愛依存の方とお会いしました。
ドル隊に何人かいると聞いてはいましたが、るなさんだったとは。
ちなみにるなさんとはそういう、何て言うか、行為とか、求めたりしないので安心してください。
こうやって、何気ない話をして友達みたいな関係でいたいです。
私は頭の中で?でいっぱいになった。
青空から性的な行為をしなくていいと言ってきたではないか。ドル隊を利用している人で性的なことを求めない人もいるのだろうか。
青空は私の困惑している表情に気付いて口を開いた。
実際の所この職業していると女性の友達ってなかなか出来なくて。
非恋愛依存の方であれば、恋愛に発展しないし、安心して仲良くできそうだなと思ったんです!
るなさんとは、長く友達みたいな関係でお付き合いできたらなと思ってます。僕の話し相手になってくださいと照れた表情を浮かべた。
なるほど。そう言うことかと納得し、嬉しいです。ありがとうございます。と答えた。
青空の言葉は素直に嬉しかった。
言い方を悪く言えば性処理としてではなく、ひとりの人間として見てくれていると感じたからだ。
そして青空の言葉に内心ほっとしている自分もした。彼とおとなな関係を持ちたくなかったからだ。
るなさんはドル隊に入ってからまだ日が浅いですよね。
えぇ、そうですね。
唐突なんですけどドル隊に関することで、ちょっと確認したいことがあって。
今から言うこと誰にも言わないって約束してくれますか。
初対面なのに私が口を割らないと信用しているのだろうか。会ってから次から次へと色んなことを話す人だなと内心思いながらも、分かりました。誰にも言いませんと答えた。
すると青空はほっとした表情を浮かべ、話し始めた。
一週間くらい前かな、街を歩いていたら突然小さな男の子を連れた女性に話しかけられたんです。
その日は買い物でもしようかなって思い立って珍しく一人で表参道をプラプラしていて。
軽く変装はしていたんですけど、その女性にばれちゃったんですよ。
私はうんうん、と話の続きを待っていた。
そうしたらその方、突然本当は口外禁止なんだけど、この子は俺との子ですって彼女の側にいた男の子を指差して言ったんです。
私は開いた口がふさがらなかった。
青空は話続けた。
最初はこの女性頭がおかしいのかなって思ったんですけど、身なりもきちんとされてるしそんな風には全く見えなくて。子供は確かに俺に少し似ているような気もするし。
そのまま無視して行こうかとも思ったんですけど、気になってしまってどういうことですかって聞いたんですよね。
そうしたら、その女性がある会社から俺の精子を買って体外受精したと言ってきたんです。
俺それ聞いて怖くなっちゃって、びっくりしてすぐその場を離れちゃったんですけど、そんなことって可能なのかなって。
青空の話を聞いて、彼は既にドル隊の会社が裏で行っていることに感づいているのかもしれないと思った。
私も今日聞いてしまった衝撃的な会話を誰かに話さずにはいれなかった。
まだ確証はないですけど、もしかしたらドル隊の会社がアイドルの精子を売ってるかもしれません。
青空はえ。と驚きのあまりか動作が止まった。
本当に今日たまたま技術者の方たちが話しているのを聞いてしまったんです。誰の精子がいくらで売れたって話してるのを。
青空は本当に!?とびっくりして固まっている。
私の推測ですけれど、性行為をする時の器具に精子を搾取する機械が取り付けられてると思うんです。
毎回その器具はドル隊の業務が終わった日か翌日までに会社に返却しなければいけない決まりになっていて変だなと思っていたんです。
なるほど。そうだったんですか。と青空は妙に納得していた。
だとすると、ドル隊と行為した数だけ俺の子供が街にいるかも知れないってことですよね。
どこの誰かも分からない女性との子が。青空の表情はみるみる真っ青になっている。
そう考えたら気持ち悪いと言うか。本人の許可なく行っていることに対しても納得いかないし。
でも証拠もないからどうすることもできないっていう。
そうですね、私もその話を聞いて今の会社に不信感を抱いてしまって。
もしもこのことが事実だとしたら、犯罪まがいなことしてる組織にいたくないなって。
二人して暫く沈黙した後、青空は口を開いた。
るなさん、ダメ元で聞くんですけど僕と一緒に精子売買している証拠を集めてくれませんか。
思いがけない言葉に私はえ、と声を詰まらせた。
真実が知りたいんです。勝手に僕と血の繋がった子供が世の中にいたらと考えると怖くて。
こうして頼めるのも、るなさんしかいないんです。
ちゃんと報酬もお支払します。
そうは言っても青空の頼みはすぐには受け入れられなかった。
仮にアイドルの精子売買が行われていたとして、どのように証拠が取れるのだろうか。
今日会社で盗み聞きしたやりとりを録音しておけばよかったと後悔した。
青空が証拠を集めたくても、会社内部に潜入しない限りなかなか証拠集めは難しいだろう。
考えてみると私の方が自然に会社内にも入れるし、怪しまれずに他の社員の会話を録音することも可能だ。
そして私も真実が知りたいとも思っていた。
本当はこのまま仕事を辞めようと思っていたが、他の人には相談できないことでもあるし、目の前の困惑している彼を見て、放っておけないと感じた。
私は暫く考え、分かりました。協力しますと勇気を出して口にした。
るなさん、本当ですか!?協力してくれてありがとうございますと青空は深々と頭をさげた。
いえ、私も真実が知りたいですし。
でも、もしも仮に精子を売っていたとして、いったい誰がどのように購入してるんですかね。
きっと高額でしょうし、お金をある程度持っている人に声をかけるのだろうけれど、売り込み方も難しいような気がして。
私が頭を悩ませていると、実はその表参道で声を掛けてきた女性、僕のコンサートで見たことがあるんです。
確か関係者席にいたと思うんですけれど、関係者席と言うことは、内部の誰かと繋がってる可能性もあると思うんですよね。
すごい、コンサート会場のファンの顔も覚えてるんですね!と私が驚くと人の顔を覚えるのは得意なんですよ。
その方はたまたま近くの席にいて、派手めな服を着ていたので目立ってたんですよね。綺麗な方だったし。
なるほど!私は人の顔覚えるのが苦手なので、その記憶力羨ましいです。
そこで私はふと、気付いた。
アイドルの精子の売買が実際に行われているとしたら、青空さんの価格は高額だと思うんですよね。
だからもしも私と行為をしないとなると精子を持ち帰られなくてお金にならないから、私たちの組み合わせって会社的には損害でしかないですし、外されてしまうと思うんです。
証拠を掴むためにも、行為はしたほうがいいのかもしれません。私が言うのもなんですが。
青空はなるほどと腕組をした。
そして何か閃いたような表情になり、分かりました!それでしたら俺ひとりで抜いてきます!と勢いよく口にした。
その言葉にわたしはえぇ!?と驚いた。
私が唖然としていると、問題ないです。
世の中の男はみんなやってることですからと笑った。
私はちょっとお手洗い貸してくださいと伝え、付けていたちこりを外し手に持って戻ってきた。
恥ずかしながらも青空にちこりの説明をする。
恐らくこの中で射精をすると、精子が搾取される仕組みになっているんだと思います。
青空はまじまじとちこりを見つめ、こんな風になってるんだ。すごいな。と感心しているようだ。
じゃあこれを預けますね。
私はちこりを彼に手渡した。
青空は恥ずかしい話、最近はドル隊に任せっぱなしだったから自分で抜けるか不安ですけど。
ちょっと一旦失礼しますね!
なんか家主いなくて変な感じですけど、良ければくつろいでいてください。
そう言って青空はパタパタと階段を降りていった。
青空にひとりでさせるのもなんだか申し訳ないが仕方がない。
しかもトップアイドルが一人で抜きに行くというこの奇妙なシチュエーションに私は思わず失笑してしまった。
暫くして青空が帰ってきて、恥ずかしそうにちこりを手渡した。
ちゃんと綺麗な包みに入れていて、見えないように隠されていた。
ありがとうございます。これを持ち帰って、可能な限り行方を追ってみます。
あまり無理はされないでください。
もしも裏で動いているのがバレたら消される可能性もあるので。
け、消される?!そんなのドラマの世界ではないだろうか。
青空は私の反応に苦笑いを浮かべながら、流石にそれはないと思いますけど、相手は大手の芸能事務所でもありますし、気を付けた方が良いってことです。
なるほど。確かにそうですね。気を付けます。
バレずにできるかかなり不安だが本当に大丈夫だろうか。
何かあったときのために連絡先交換しておいたほうがいいですよね。
このアプリだったらバレないと思うので、これでやり取りしましょう!
青空は私にスマホを貸してくださいと言うと、慣れた手付きでアプリをダウンロードしIDを紐付けてはいっと私に手渡した。
このアプリマイナーの連絡手段で芸能人もよく使ってるやつなんで、バレないと思います!
明日事務所に行くので、連絡しますね。
なんだかるなさんに頼りっぱなしで申し訳ないです。
僕明後日からツアーなので返信が遅くなるかもですが、ちゃんとお返事しますので。
よろしくお願いします。
今日は初対面なのに色々一気に話しちゃってすみません。しかも証拠集めの協力までしていただいて。と青空は申し訳なさそうにしている。
いえ。テレビで見る青空さんとイメージが違って、お喋りで明るい方だと知れて楽しかったです。
証拠集めも可能な限り、協力します!大学四年は割りと時間があるので。
そっか。るなさんはまだ学生なんですね!
いいな。俺も青春したいと青空は笑った。
ちなみに俺は今年23歳で歳も近いし、全然タメ語で話しましょう!
これから俺の女友達になってくれる人だし!ね、るな!といたずらに笑う彼はまだ少年さが残る笑顔で幼さも垣間見えた。
この人はこの笑顔でどれだけの人を魅了してきたのだろう。
テレビでは見ない表情豊かな彼を見るのは、なんとも不思議な気分になった。
うん、分かった!今からタメ語にするね!青空って呼んでも言い?
もちろん!なんだか新鮮で嬉しいな。
次会うのも楽しみにしてる!
敬語に戻ってるのなしだからね!
分かったよ。友達だもんねと私は笑った。
友達って響きいいね。この歳で新しい友達できるのなんか新鮮だなと嬉しそうだ。
そろそろ時間だね。今日はありがとう!
青空が玄関の扉を開くと既に運転手が庭で待機していた。
どうか無事でと青空と握手を交わし私はまたねと車に乗り込んだ。
青空は門から車が出るまで見送ってくれていた。
あっという間に時間が過ぎてしまった。
テレビでしか見たことがなかった人と、実際に会ってお喋りしていた時間はなんとも不思議な気分だった。
自分は一方的に知っているから、初対面のような感じはしなかったが。
でも、青空に会ってテレビでの印象と違うなと感じたことに、無意識のうちに彼はこういう人だと決め付けてしまっていた自分に気づき、気を付けなきゃいけないなと感じていた。
思い込みって駄目だな。実際に自分の目で見て、相手と会話して初めてその人が分かるのに。
きっとAトレインも私の中ではきらきらと楽しそうにダンスしていて輝いているイメージしかないが、彼らもそれぞれの悩みがあったり本来の自分を隠してる部分もあるんだろうなとふと思った。
今日青空に出会えたことは、自分の感情の気づきもあり、なんか良い日だったな、と沁々と感じた。
彼の精子売買疑惑の件は調査する羽目になってしまったが、青空とも仲良くなりたいし、良しとしよう。
帰りの車の中で、私は久しぶりにワクワクするような感情に浸ったのだった。
翌日の朝、私はドキドキしながらちこりを持って事務所に向かった。
なんとなく送迎車より自分の足で向かいたかった。
事務所に着くといつもの通りエントランスから入った。
自分の名前を警備員に伝え入ると、私はまず、この間スタッフ同士の会話を盗み聞きをした場所である休憩室に向かった。
こっそりと休憩室を覗くと今日は誰もいないようだった。
仕方なくちこりを渡すためにいつも案内される部屋へ向かった。
ノックをして部屋に入ると白衣を着た研究員の人が、こちらにお名前と今回ちこりを使用したお相手のお名前をお書きくださいと言われ、言われた通りに記入する。
新しいちこりを受け取りそれでは、ありがとうございました。と丁寧にお辞儀をされた。
私は思い切ってアクションを起こしてみることにした。
あの、毎回こちらにちこりをお届けするのが手間なのですが、必ずお返ししなければいけないのでしょうか。
研究員は私の質問に少し驚き、社内の決まりで使用したちこりは回収することになっているんですと答えた。
どうしても時間が取れない場合はバイク便で送っていただく方も稀にいますが、基本的には使用して24時間以内には持ってきていただく決まりがあります。
そうですか。分かりました。ありがとうございます。
私は軽く会釈をしてそそくさとその部屋を後にした。
やっぱり疑えば疑うほど怪しすぎる。色白ですらっとしたドル隊らしき人とすれ違い、彼女もちこりを持ってきているのだろうなと思いながらお手洗いに向かった。
ほとんど収穫がなかったな。どうしよう。
私が手を洗っていると、はい、青空さんのスパムを今お持ちします。と無線でいっている声が聞こえてきた。
私がひょこっとトイレの出口から顔を覗くと、先ほどちこりを手渡した女性が急ぎ足でどこかに向かっているようだ。
スパムってなんだろう。
私は見つからないようできるだけ足音を立てないように追いかけた。
するとその女性は扉を開けて部屋の中に入っていった。
わたしはその扉にそっと耳を近づけてどうにか音が聞こえないか聞き耳を立てた。
しかし中での音は全く聞こえない。勇気を出して少しだけ扉を開けてみると、周りに人らしき人はおらず、さらに廊下が続いているようだった。このまま向かってみてもいいのだろうか。なんだかゲームをしているみたいだ。
物音がしない廊下を歩くのは抵抗があったが、人影もなかったので、進んでみることにした。誰かと出会ったら道に迷ったことにしようと心に決めて内心ドキドキしながらも小走りで廊下を進む。
しばらく歩くと先ほどの研究員と合わせて3人程の人が顕微鏡を見ながら作業をしているようだ。
私は音が出ないように設定をしてスマホのカメラを起動した。
ちなみに録音はスマート時計で会社に入る前から起動していた。
青空さんのスパームと一致しました。
先ほどスパムと聞こえたがスパームと言っているようだ。
確認ありがとうございます。と先ほどの研究員が受けとる。
今回はいくらで売れるんでしょうね。
本当にそれね!これだけで一生あそんで暮らせるくらいお金出す人もいるんだから。
世の中にはとんだ金持ちがいるのねー。
じゃあこれ、販促課に持っていきますね。
やっぱり。青空の精子を売っているんだ。とその会話をまた聞けた上に録音まで出来たのだからかなり付いている。
だが、まずい早く隠れなきゃ。私は辺りを見渡し隣の誰もいない部屋にさっと忍び込んだ。
パタパタと小走りで戻っていく研究員の音が聞こえる。
暫くしてあたりが静まったのを確認すると、私はさっと部屋を出て元きた道を戻った。
どうにかバレずに戻れた。と思い静かに扉を閉めて、元きた廊下を歩き出すとなんと突然目の前に鈴木秘書が現れた。
私はまさかの人物に思わずわっ、と声を漏らした。
あれ、杏梨さんなぜこちらに?
私はびっくりして一瞬言葉を詰まらせたが、気を取り直し、ちこりを渡しに来たのですが道に迷ってしまって。方向音痴なんですよね。と苦笑いを浮かべた。
そうだったんですか。
昨日は青空さんとのお仕事でしたよね。
トップアイドルとのお仕事いかがでしたか。
え、えっとやっぱりオーラが違いました。きらきらしていると言うか。
私が無難な感想を伝えるとちょうどよかったです。青空さんのことで少しお話がありまして、お時間よろしいでしょうか。
青空のことで、一体なんだろうと不安を感じながらもはい、大丈夫です。と冷静を装った。
私は内心ドキドキしながら鈴木秘書に付いていく。
まさか私たちの計画がばれてしまったのだろうか。
部屋に入りお互い向かい合って椅子に座ると、早速ですがと鈴木秘書が話し始めた。
以前アイドルの中に非恋愛依存の方がいるとお伝えしましたが、その方は青空さんであることをまずお伝えさせていただきます。
私は本人から直接聞いてはいたが、事前に聞いていて良かったことだったのか分からなかったので、はぁと曖昧な返事をした。
今回なぜこのことをお伝えしたかと言いますと、杏梨さんには彼専属のドル隊になっていただきたくお話しをさせていただきました。
同じ非恋愛依存なので杏梨さんの同意が取れれば問題なく進めさせていただこうと考えているのですが、いかがでしょうか。
まさか昨日の今日で話が進むと思っていなかったので、対応の早さに驚いた。
青空さんも良い方だったので、私は問題ないです。と伝えるとそうですか。よかったですと鈴木秘書はほっとしたようだった。
杏梨さんもご存じの通り、彼は親会社の一番の稼ぎ頭ですから、彼からの要望は可能な限り応えているんです。
なので、杏梨さんが了承してくださったこと、感謝いたします。と頭を下げた。
いえいえ、そんな。あんなトップアイドルの方に気に入っていただけたようで嬉しいです。
と当たり障りのない言葉を伝えた。
ちなみになのですがご存じの通り青空さんは多忙スケジュールなのでできる限りの日程は彼に合わせていただきたく思います。
もちろん、お給料はその分アップさせていただきたく思いますので、こちらの金額で如何でしょう。
そういって鈴木秘書は持っていた紙を差し出した。そこに書かれていた提示額は今の給料の2倍だった。
それほど青空にお金をかけているということだろう。
こんなにいただいていいんですか?
まだ学生の私にとっては、かなり大きな金額のため不安を覚えた。
勿論です。
青空さんの都合で動いていただく形になるので今回の提示額が妥当であると会社で判断した結果です。
そうですか。
私自身今後自分がどうなるかわからないし、稼げる時に稼いでおいた方がいいのかもしれない。
ありがとうございます。お仕事頑張ります。
鈴木秘書は私をじっと見つめ、そうですか。杏梨さんがやる気のある方で安心しました。と微笑んだ。
少し間があったのが気になったが、私は愛想笑いを浮かべた。
突然引き止めてしまってすみませんでした。
ご予定もあるでしょうし、今日はお帰りください。出口までお送りします。
鈴木秘書に別れを告げ、無事に会社を出れたことに安堵した。
しっかり証拠も取れてラッキーだった。早速そのことを青空に連絡し、その足取りで久しぶりに向かった先は、前のバイト先だった。
突然バイトを辞めるような形になってしまい、まだ挨拶もできていなかったのだ。
バイト先に着くと、シェフがいつものように仕込みをしていた。
こんにちは。私が声を掛けると、え!杏梨ちゃん!どうしたの?と嬉しそうな笑顔で駆け寄ってきた。
なんだか突然辞めるような形になってしまってご挨拶もまだ出来ていなかったので、と私は道中に買った菓子折りを手渡した。
わざわざ、いいのに。忙しい中ありがとう。
よければ何か飲んで言ってよ。何がいい?
ありがとうございます。そしたらホットコーヒーで。
オッケー。好きなところ座ってて。
シェフはサッとコーヒーをマグカップに注ぎテーブルに座っている私の前にそっと置いて、自分も腰を掛けた。
仕込みは大丈夫ですか。と私が尋ねると、今日はちょうどディナータイムが遅めだから少しゆっくりできるんだとコーヒーを口にしながら答えた。
ところで杏梨ちゃん、藤田さんのところでバイトを始めたんだって?
シェフは聞いても大丈夫なのかなと様子を伺う感じで、私に質問をしてきた。
まぁ、そんな感じです。と答えると、そっかぁとシェフは肩を落としたように見えた。
本当は杏梨ちゃんには卒業までうちで働いて欲しかったんだけどね。
お客さんからも杏梨ちゃんの接客は好評だったし、実は杏梨ちゃん目当てで来ていたお客さんもいたんだよ。
と悲しげに言った。
そうだったんですか。私も出勤最終日があの藤田さんが来た日で最後になるなんて思っても見ませんでした。
なんだかすみません。
そんな杏梨ちゃんが謝ることないよ。鈴木秘書にどうしても杏梨ちゃんをお貸しくださいと言われちゃってさ、大事なお客様でもあるし断るに断れなくてさぁ。
お給料も全然違うだろうし、そこは杏梨ちゃんに決めて欲しいって伝えたんだ。
そうだったんですか。
もう働き始めてるんだよね?大丈夫そう?
シェフは私がどういう仕事をしているのか大体想像がつくのだろう。
言いづらそうにしているのがなんとなく伝わってきた。
私もなんだか気まずくなって、えぇ。まだ全然慣れてはいないですけれど、もう少し続けてみようかなって思ってます。
そうかぁ。まさか杏梨ちゃんが藤田さんの元で働くようになるとは想像もしてなかったよ。
くれぐれも無理はしないでね。
はい、ありがとうございます。
後、あの藤田さんとは二人きりにはならない方がいいと思うよ。本人にはくれぐれも言わないで欲しいけど。
え。どういうことですか?私が不思議そうに聞くと、シェフは小声で杏梨ちゃんだから言うけどと気まずそうに話し始めた。
あの藤田さんは、見て分かる通り綺麗な人が好きなんだよ。
だから杏梨ちゃんも狙われないか心配でさ。
そんな、藤田さんと私が関係持つなんて絶対にないです。
そう言うと、シェフはさらに小声になり絶対に言わないって約束してくれる?杏梨ちゃんにだから忠告しておきたいことがあるんだけれど。と真顔で私に聞いてきた。
私は何故だか少し緊張し、唾を飲み込んだ。
わかりました。誰にも言いません。最近秘密を聞くことが多いなとふと思った。
シェフは一呼吸置いて話し始めた。
他の芸能関係に勤めている社長に聞いた話なんだけれど、あの人裏で悪いことをやっているらしくて。
狙った女の子の飲み物とか食べ物に睡眠薬を入れてお持ち帰りしているらしいんだ。
え。どう言うことですか?!
私は驚きを隠せなかった。あんな大きな会社の社長がそんなことをするのだろうか。
しかもタチが悪いことに、記憶のない状態で相手の同意なしに体の関係を持ってさ、あんまり言いたくはないけれど避妊をしないらしんだ。
ええ!と私は開いた口がふさがらなかった。
そんなゲスいことする人がいるんですか!
私のあまりの驚きようにシェフの方がびっくりしているようだ。
本当に、人格を疑うよね。
しかも狙う子が杏梨ちゃんの立ち位置のような同じ会社で働いている綺麗で若い子だったり、まだ売れていない俳優やタレントのたまごの子だったりしてさ。かなり悪質だよね。
それは、かなりひどいですね。言葉も出ないです。
それでさ、避妊をしない訳だから妊娠する人も中にはいて。出来たら必ず産ませるように仕向けるんだって。
どんな脅しをしているのか知らないけれど、あれほど大きな会社の社長だからさ、権力で何でも出来ちゃうと思うんだよね。
被害にあった女性は結構いるらしくてさ。藤田さん、かなり杏梨ちゃんのこと気に入っていたから、今後絶対に仕掛けてくると思う。
二人で食事に行こうとか、どんな感じで誘ってくるかは分からないけれど。
マジで気をつけて。
シェフの目は真剣そのものだった。
そんな、言いづらいこと、私に教えてくださってありがとうございます。と私は頭を下げた。
するとシェフは、いいのいいの。杏梨ちゃんは長くうちに勤めてくれたし、親戚みたいに思ってるからさ。
もしも俺が言ったことがバレたとしても後悔はしないよ、それで杏梨ちゃんを守れたならよかったって思うことにすると微笑んだ。
私は、今教えてもらったことは、口外しませんと伝えた。
でも藤田さんはなんでそんなことするんでしょうか。
私が疑問に思うと、シェフも何でそんなことするのか俺も分からないけど、ただの性癖なのか、自分の子孫をたくさん残したいとかなのかな。異常行動すぎて俺もよく分からないや。
ですよね。藤田さんには気をつけます。私もそんなに長く勤めるつもりはありませんし。
そうなんだ。ずっと杏梨ちゃんのこと心配してたからさ、今日こうやって話せてよかったよ。ありがとう。竹内くんも心配してたよ。また会いにきてあげて。
彼が出勤するのもレアだけれどね。とシェフは笑った。
私もお話しできてよかったです。
ありがとうございました。と伝え店を出た。
私は家に帰りすぐに青空に電話をかけてみた。
確かツアー中だったけど忙しいかな。
暫く呼び出し音を鳴らしたが、電話に出なかった。
その日の夜、お風呂から上がるとタイミングよく電話が鳴った。青空からだった。
連絡遅くなってごめんと青空は電話に出るなり早々謝った。
いえ、今日は話したいことがたくさんあって。少し時間もらっても大丈夫?
勿論!と青空はいい、今日あった出来事を全て話した。るな、本当にありがとう。でも藤田さんはかなり要注意人物だね。
しかもさ、繰り返しになるけど研究者の方たちの精子売買の音声が取れたんだよね。
それ、結構証拠になると思うんだよね。
無くさないようにその音声コピーしてもらって、今度うちに来るときに持ってきてもらってもいいかな?
そしてもう一つ、るなって会社のスマホも支給されてるよね?
私がうんと答えると、それ、位置情報入っていると思うんだよね。と青空は冷静に言った。
話を聞いてると鈴木秘書の来るタイミングがるなの位置を把握してるように感じて。
確かに。タイミングとしてはピッタリだった。あんな風に鉢合わせするものなかなかなさそうだし。
そういえば正式にるなが俺の専属のドル隊になる許可貰えたから、詳しいことはまた会った時に話そう。
ツアー終わったらすぐ召集かけるから!それまでくれぐれも藤田さんには気をつけて。
うん。分かった。ツアー頑張ってね!
うん!ありがとう!
そういって電話を切った。
藤田さんのびっくりする話を聞いて、あんなに恐ろしい人だったとは恐怖の方が大きくなった。
真実を突き止めるまでに私は無事でいられるんだろうか。
その日は不安でなかなか寝付けなかった。
次の日は久しぶりの大学だった。レオと蓮斗、彩綾と学食でランチを一緒にする約束をしているので、それを楽しみに授業を受けた。
お昼のチャイムがなり、急ぎ足で学食に向かうと、レオと蓮斗が座っていた。
杏梨久しぶりー!と蓮斗が大きく手を振った。
レオとはこの間泣きながら語ったぶりだったので、少し気まずそうに久しぶりっとはにかんだ。
3人で喋っていると紗綾が遅れてやってきた。
レオがいることで、周囲の視線を感じたが、本人はさほど気にしていないようだった。
そういえばさ杏梨は就職先決まったの?
蓮斗が思い出したように私に聞いてきた。
もう11月ということもあり、ほとんどの人は就職先が決まっていた。
紗綾はメーカーの事務職として蓮斗は商社の営業職として既に内定している話を聞いていたので、私の就活問題が気になったのだろう。
私は本当のことは口が裂けても言えないなと思いつつ、そうだね、お父さんの会社に就職するつもり。とだけ答えた。
一番嘘をついてもバレにくいと思ったからだ。
そっか。杏梨のお父さんアパレル系の社長だもんね!と紗綾がすかさず聞いてきた。
うん。お父さんの会社だし融通も聞きやすそうだなっていう安易な考えなんだけどね。
嘘をついていることに少し心が傷んだが仕方がない。
蓮斗は親父が社長って羨ましすぎるなー。
容姿端麗で親社長って恵まれすぎだろー。と冗談目かしに呟いた。
レオは変わらず芸能の仕事続けるんだよね?と紗綾が聞くと、まあ、それしか今のところ考えてないかなとのことだった。
そろそろ卒業旅行のこと決めようよ。と蓮斗が言い出した。
それって俺も行っていいの?とレオが聞くと、もちろん!この4人でせっかく仲良くなったんだし近場でも良いから行こうよ!と嬉しそうだ。
せっかくだから海外行きたいなと卒業旅行について話し始めた。
紗綾は突然私オーストラリアのブリスベンに行きたいと言い出した。
イケメンが多いらしくて、綺麗な街なんだって。こないだテレビで見て行きたくなったの!
動機が軽いなと思いつつも私はオーストラリア行ったことあるけど、二人が良ければブリスベンでいいよ!
俺もオーストラリア行ったことないし、いいよ!
俺も!オーストラリアでコアラ抱っこしたい。
意外にもあっさりと卒業旅行の場所が決まった。
レオはすぐに飛行機やホテルを調べみんなに情報を共有した。
レオは蓮斗の対応早すぎ。尊敬するわと口にした。
卒業旅行楽しみに仕事も頑張れそうだと笑った。
紗綾も私も卒業旅行でいろんな所に行きたいし、お金稼がなきゃ!と言い、早速これからバイトだからバイバイと卒業旅行の話がまとまった途端そそくさと帰っていった。
腕時計を見るなりやべ。俺もバイトだ。じゃあレオと杏梨また今度と、蓮斗も突然立ち上がって帰っていってしまった。
私とレオが取り残されると、レオはずっと二人きりになるのを待ちわびていたかのようにこないだはありがとうと頭を下げた。
そんな全然。最近は大丈夫?仕事とか色々と。と伝えるとレオはうん。大丈夫!
マネージャーに相談してさ、精神科も受診してカウンセラーの人とかにも話を聞いてもらって段々メンタルも安定してきたんだと嬉しそうに言った。
そうなんだ!だったらよかった。
杏梨が話聞いてくれてなかったら今ここにいないかもしれないし、本当に感謝してる。ありがとう。と目をまっすぐ見て言うので、私はそんな大したことしてないよと少し照れ臭くなった。
杏梨は最近何しているの?
ちょっと疲れてるように見えるけど。レオが心配そうに私の顔色を伺った。
そんなに疲れが顔に出ているのかと少し不安になった。
最近はバイトばかりしてるよ。
推し活のために稼がないとだし。
そうなんだ!
ちなみに今日はこの後予定ある?
え、ないけど。
だったら俺んち来ない?
実家からさ、いくらとかほたてが大量に送られてきたんだけど1人じゃ食べきれなくて。
あ、俺地元が北海道なんだけどね。
今日もう1人友達も来るんだけど、杏梨もよければと思って。
え、嬉しい!私海鮮の中でほたてが一番好きなの!
レオは笑いだし、そうなんだ!
杏梨が喜んでくれて嬉しいよ!お酒とか買ってから行こうかなと思ってさ、買い出しも付き合ってくれる?
もちろん!行こう!と急遽レオの家に行く事になった。
レオの車に乗り、近くのスーパーの駐車場に停まった。
俺買ってくるから車で待ってて。何飲む?
私も行くよ!ていうか私が買ってくるよ!
いやいや重いし俺が買ってくるよ。本当は二人で行きたいけど周りにバレたら面倒だし。
と言い、じゃあビールでお願いしますと伝えるとおっけー!ちょっと待っててと黒いキャップを被って車から出ていった。
しばらくすると大きな袋を下げてレオが帰ってきた。
楽しくなっちゃって無駄なもん色々買っちゃったかも。と助手席に袋を置き、待たせてごめんねと後部座席に座る私を気遣った。
こちらこそ、買い出しまでありがとう。そういえばもう1人友達がくるって言ってたけど誰が来るの?
レオは少し言いにくそうに、ぎりぎりまで隠しておこうと思ってたんだけど、涼太なんだよね。
ええーそうなの!?
私は驚きのあまりスマホが手から滑り落ちた。
前杏梨がAトレインの人たちとはプライベートでは会いたくないって言ってたのは覚えてたんだけど、杏梨にきて欲しくて涼太が来ること隠しちゃった。ごめんなさい。と頭を下げた。
いや、それは別にいいんだけど。ちょっと気まずいなぁ。前連絡先教えるの断っちゃったしな。と呟くと、それは大丈夫!
杏梨が忙しくて無理そうって涼太には伝えてあったからと笑った。
さっき杏梨もくるって伝えたらめっちゃ嬉しそうなメッセージきたよとクスクス笑った。
本来であれば推しと食事が出来るなんて夢のようなことだろう。
レオに感謝すべきなのだろうけど、私の気持ちはなぜか晴れなかった。
今青空と芸能界の裏事情を調査していることもあるし、青空と涼太は芸能事務所も一緒なので、もしかしたら私の仕事も知っている可能性だってある。
そんな不安を抱えつつあっという間にレオのマンションに着いた。
部屋に入り、二人で鉄板を準備したりレオがお刺身を切ってくれたものを私が盛り付け、買ってきたおつまみも広げて良い感じに準備が出来た。
ちょうど良いタイミングでインターホンがなり、涼太がやってきた。
ちょうど準備終わったタイミングできた!狙ってきただろ!とレオが冗談交じりに涼太をこずいた。
いやいや、仕事終わって即効ここに向かってきたんだよ!
杏梨ちゃんに会えると思ったら、嬉しすぎてさ!この間ぶりだねと微笑んだ。
うん、久しぶり!と私も笑顔で答えた。
涼太は仕事終わりだからか、きちんと髪もセットされていて、私服もおしゃれでまさに芸能人という感じだった。
こんな近くで話す機会がまた来るなんてと内心思いつつ、3人でソファに腰かけてビールで乾杯をした。
まじでレオの実家の海鮮美味しすぎるんだよなー。毎年レオんちで食べるのが恒例でさ、この時期の一番の楽しみなんだよねと涼太は鉄板でほたてを焼きながら嬉しそうにしている。
レオの実家って漁師なの?と私が聞くと、魚屋さんやってる!と答えた。
お刺身も新鮮でほたて焼きも最高に美味しい。
皆で美味しい海鮮を食べながら、最近の話や、レオや涼太の仕事の話などをしていた。
するとレオのスマホが鳴った。あれ、マネージャーからだ。ちょっと電話出るねと言いリビングから出でいった。
涼太と広いリビングで二人きりになり、何を話そうと考えていると涼太から口を開いた。
あのさ、杏梨ちゃんって俺らの会社で働いてるよね?
その、ここじゃちょっと言いづらいけどドル隊として。
とまさかの恐れていた言葉を口にしたのだ。
私は突然の質問に動揺しどう答えるべきか正解か分からず戸惑いながらも、え、なんで?と聞き返すことしかできなかった。
いや、言いづらいんだけドル隊の写真を見てたら杏梨ちゃんが上がってきたんだよね。
ちなみにドル隊を選べるアイドルって少ないんだけどさ、俺らのグループは自分で言うのもあれだけど売れている方だからドル隊の顔写真とかを見てこちら側から選ぶことが出来るんだよね。
そうなんだ。そういうシステムがあること知らなかった。
最近始めたの?
うん、まだ3回目くらいかな。と伝えると、でもさもう誰かの専属になっちゃったんでしょ。
俺試しに杏梨ちゃん指名したんだけど、この方は専属担当がいるのでって断られちゃってさ。
誰の専属なの?と興味津々で聞いてきた。
まず私を指名しようとしたことに対してばらしたことに気まずくないのかなと思ったが、涼太は気にしていないようだ。
いくら涼太くんでも言えないよとだけ答えた。
やっぱ言えないよね。だけど、俺らと同じかそれ以上に売れてるアイドルってなると限られてくると思うんだよなぁと涼太は腕組みして考え始めた。
その仕事のことってレオ知ってるの?
まさか、言えないよそんなこと。
だから絶対に言わないでとわたしが真剣な眼差しで言うと、それはもちろん。
ドル隊の存在を言うこと自体ご法度だし、もしもバレたらドル隊制度がなくなるから俺らも困るし口が割けても言えないよ。
でも杏梨ちゃんがドル隊してるのは意外だったな。
彼氏はいないの?
うん、彼氏がいたらこんなことできないよ。
これ以上涼太に質問されるのは嫌だなと思っていると、タイミングよくレオが帰ってきた。
ごめんごめん。仕事の電話でさ。
なんの話してたの?
え、いや杏梨ちゃんの最近の恋愛事情が気になってさ。と涼太が言うと、え、何々?俺も気になるとレオが前のめりに聞いてきた。
そんな特に何もないよとわたしは苦笑いを浮かべる。
すると涼太はそうだ!俺の持ってきたワイン空けようよ!
1人じゃ飲まないからさ!
先輩にもらった結構良いやつなんだよ!と袋から赤ワインのボトルを出してきた。
俺ワインあまり飲まないからさ、皆で少しずつ飲もうと思って!杏梨ちゃんは平気?
少しなら。
レオはキッチンからワイングラスを3つ持ってきて机に置き、オープナーでポンッとワインのコルクを抜いた。
トクトクという心地良い音が部屋に響く。
じゃあ改めて乾杯!とワイングラスをならしみんなで飲み始めた。
これ、美味しい。ジュースみたい。わたしが驚くと本当だね!赤でも飲みやすいのあるんだとレオも気に入ったようだ。
口に合って良かった。と涼太は嬉しそうにしている。
段々とお酒が入って酔っぱらってきたのか、涼太は突然、はい!質問と手を上げた。
なんで杏梨ちゃんは彼氏を作らないの?
突然の質問に戸惑いつつも、んー、なんでかな。好きな人が出来ないからと答えた。
返答が面白くなかったのか、Aトレインは好きなんだよね?俺のことも好き?
もちろん。好きだけど、その、恋愛対象というわけでは‥と私が困ったように言うとレオは涼太、飲み過ぎと肩を軽く叩いて注意した。
だって俺本気で杏梨ちゃんのこと良いと思ってるんだもん!と少し拗ねたようにそっぽを向く。
杏梨はモテるから、ライバル多いよとレオがイタズラっぽく言うと、それはそうだろ!こんな可愛いんだからと真顔で答える。
私は酔っぱらいの二人のやり取りをただただ微笑ましく見ていた。
すると涼太は突然、ぼそっと杏梨ちゃんと仲良くなるにはドル隊使わなきゃダメなのかなとぼそっと呟いた。
え?何タイ??レオは不思議そうに訪ねる。
涼太はまずいと思ったのか、大きく動揺しあ、いや、なんでもないよ。どうしたら仲良くなれるんだうって思っただけと答えた。
私は涼太くん酔っぱらいすぎだよ!とこれ以上余計なことは言わないでと半ば強引に水を差し出した。
ありがとうと涼太は水を受け取るとグビッと一気に飲み干したかと思えば、私の膝の上に倒れ込むかのように眠り始めた。
突然の出来事で動揺してるとレオはごめん。涼太酔うと寝ちゃうんだよとほっぺをぺちぺち叩いて起こそうとする。
私は膝枕くらいいいよ。少し寝かせてあげよう。余計なこと言いそうだし。と本心を口にするとレオは思わずクスクスと笑いだし、杏梨ってたまに平然と毒吐くよねとツボに入ったようだ。
レオとは将来の仕事のことについてだったり、音楽の趣味も似ていて話が弾んだ。
涼太はさ、こう見えて繊細なんだよ。
レオは涼太を見ながらポツリと呟いた。
俺と似たところがあってさ、一人で抱え込むタイプだから相当ストレスもあるだろうし。
リーダーだからちゃんとしなきゃって言うプレッシャーもあるみたい。
そうなんだ。私は彼の寝顔に視線を落とした。
冷静に考えて、好きなアイドルが今私の膝の上で寝ている状況はやばいのではないかと思い始めた。
紗綾に言ったら絶対羨ましがられるだろうな。
いつも底抜けに明るい涼太からは想像が出来ないが、テレビの前では自分を作っているのだろうか。
俺たちの仕事は常に誰かに見られてる仕事だから、気が休まる場所が少ないんだよね。
だからこそ、薬物とか女遊びに走るやつもいるわけで。
杏梨に言う話じゃないけれど、芸能人専用のバーとかクラブがあってさ、そこで皆集まってワンナイトしてるやつらもいっぱいいるんだよね。
俺は行かないけど。涼太も行きそうに見えるけど、根が真面目だからさ行かないんだよね。と笑った。
私はふと疑問に思ったことを口にした。
その芸能人専用のバーとかってさ、記者に張られてたりしないの?
あぁ、一緒に店に入ったりはしないから二人での姿はキャッチされることはないかな。
皆そういうところはちゃんとしてるんだよね。
そうなんだ。そこってちなみにアイドルも行ったりするの?
んー、どうなんだろう。
人気アイドルはさすがに行かないと思うなぁ。周りの目もあるしあまり聞いたこともないし。
話を聞く限りだとアーティストが一番多いかなぁ。
なんで?行ってみたいの?
とレオは不思議そうに私を見つめる。
いや、違うよ。ただ気になっただけ。
そっか。珍しいね、杏梨が食いつくのと笑った。
すると涼太がむくっと起き、俺帰らなきゃと突然フラフラと立ち上がった。
ちょ、待って涼太。今タクシー呼ぶから。とレオが止めるとんー、と返事をしまたソファに座って再び寝てしまった。
こうなると大変なんだよなぁ。杏梨がいて楽しくなっちゃったから飲みすぎたのかも。
俺タクシー呼んで涼太送るから、杏梨好きなタイミングで帰ってもいいし、いてくれてもいいよ。
杏梨もタクシー呼ぶ?
ううん、まだ遅くないし電車で帰る。
そっか。なんかごめんね。
全然。美味しい海鮮御馳走様でした。またあそぼう。
そう言って玄関先に向かうと待って。とレオが駆け寄ってきた。
大学も残り少ないし、後何回会えるかも分からないなら、伝えておくけど‥
俺、杏梨のこと好きだよ。ただ付き合ってほしいとかそう言うんじゃなくて、気持ちを知って欲しかっただけだから。なんか一方的でごめん。
え、ううん、ありがとう。私もレオのこと好きだよと伝えると、え、あぁ。友達としてだよねと動揺している。
うん、そう!ずっ友でいよう!
ずっ友って古いのかなと私が小声で呟くと、レオはふっと笑い、なんか杏梨といると調子が狂うなと頭をかいた。
そして、これからもよろしくねと手を差しのべた。
うん、こちらこそ。握手を交わして家を出て暫く歩くと、電話が鳴った。
杏梨さん、ドル隊のお仕事が入りました。
すぐ迎えますか?
はい、分かりました。
今いる場所をメッセージでお送りください。すぐに迎えの車を手配します。
レオのマンション近くで居場所を伝えるのは気が引けたがしょうがない。
暫くすると迎えの車が目の前にやってきた。
割りと近くだったようですぐに青空の家に着いた。
前回と同じように、わたあめが駆け寄ってきてぴょんぴょんと私の周りを跳ねている。
私がわしゃわしゃとわたあめを撫でていると玄関から青空が顔を出し、突然呼び出してごめん。
中入ってと招き入れた。
ソファに腰をかけてさっそくだけどと青空が話し始めた。
こないだの報告、まじでお手柄だよ!
協力してくれて本当にありがとう。
青空はそう言って頭を下げた。
そんな、たまたま運が良かっただけだから。
あ、そうだ。と私はUSBを青空に手渡した。
その時の音声データコピーしておいたの。
ありがとう。俺色々考えたんだけど、やっぱり音声データだけだと証拠が弱い気がしてて。
俺の精子を買った人と繋がれたら一番早いんだけどさ。
そこでひとつるなにお願いがあって。
お願い?私が首をかしげると、青空はスマホの画像を見せた。
ここ芸能人御用達のbarなんだけど、俺の俳優友達が良く行ってるみたいでさ、この間その友達と会ったときにここのバーのオーナーとやっちゃったとか言って二人で撮った写真を見せてきたのね!
突然のぶっ込んだ話のネタになかなかついていけないがうん、うんと頷く。
そしたら、まさかのその女性が表参道で声をかけてきた女性だったんだよね。
え、そんなことあるの?!
俺もびっくりしてさ。世間って狭いなと思ったんだけど、友達曰くそのオーナーが俺についての質問を色々してきたみたいでどうにか俺と繋がりたいらしいんだよね。
青空との子供まで産むくらいだから何とかして繋がりたいんだろう。
そこで本題なんだけど、そのオーナーと明日の14時に六本木のカラオケで会う約束をしたんだけど、るなに行って欲しいんだ。
え、私?彼女と会って何を話せばいいのだろうか。
俺はリモートで参加しようとは思ってるよ!
やっぱり周りの目があるから申し訳ないけれど実際には行けないからさ。
そう言うことか。
ちなみに場所はこっちでもうおさえてて六本木にあるゴルゴってカラオケなんだけど。
本当は会員制で指紋認証で入るお店なんだけど、今回はお店の前で連絡いれてくれれば開けてくれるみたい!斎藤で予約してて連絡先は今からメッセージで送るけど行って貰えるかな。
それは良いけど、何をどうすれば良いの?
るなには事前にそのカラオケボックスに行って貰って隠しカメラをセットしておいて欲しいんだよね。
証拠を掴むってこと‥?
そう言うこと!
話しは俺がリモートで進めようと思ってるから安心して!
ちなみにるなと俺の関係を彼女に何て伝えようか悩んでるんだけど良い案ないかな?
んー、兄弟とか言ったら調べたらバレちゃいそうだし、従兄弟とかはどうかな?
それか会社の関係者とか。
そうだよねー。会社の関係者とか言って、裏で彼女に調べられても怖いし従兄弟が無難なのかな。
確かにそうかも!従兄弟にしよう!
よし、そうと決まれば少しシミュレーションしておこう!
流れ的には青空がこの間表参道で会ったときにしてくれた話をし、どういう経緯でそうなったのかを確認、最終的には子供のDNA鑑定をして貰うということで落ち着いた。
上手く行くといいけど。そのオーナーがどのような人なのかも想像できないし、失敗した時はそれこそ社長に何かされてしまうかもしれない。
多分彼女相当俺のこと好きだと思うから、心苦しくはあるけどそれを上手く利用すればきっと大丈夫!
るなは普段通りに対応してくれれば問題ないよ!
うん、分かった。不安だけどやるしかないね。
それから私たちは何度か練習を重ねて、解散した。
翌日私はいつもより早めに目が覚めた。
まるでこれから悪いことをするみたいに胸がドキドキしてしまう。
リビングに降りると珍しく母が朝ごはんを食べていた。
おはよう。今日は早いわね!
うん。なんか目が覚めちゃって。
私はコップに水を注ぎ、ごくごくと喉を潤した。
そう言えばあなた、お父さんの会社での仕事はどうすることにしたの?
あぁ、まだ考えてる。
母も一応は気になってくれているみたいだ。
あら、そうなのね。
もしもお父さんのところで働くって決めたなら、一言言ってちょうだいね。
うん。分かった!
私は今日のこともあり、なんだか居ずらくなりそそくさと自分の部屋に戻った。
昨日の青空と練習した流れをひとりブツブツと唱えていると、電話が鳴った。
青空からだった。
るなおはよう。
朝からごめん。今大丈夫?
うん、大丈夫。
青空は隠しカメラの位置や何かあったときの合図などを何度も私に伝えてきた。
かなり慎重派なのだと青空の話し声を聴きながら思った。
青空との電話を切り、行く準備をし、リビングに降りた。
母は自分の部屋にいるようだ。
ほっと胸を撫で下ろし、そっと家を出た。
電車で六本木駅に向かい、駅を降りると青空に教えて貰った住所へ向かった。
大通から外れた細い道に入った場所に大きめの建物が見えてきた。
恐らくこのビルが会員制のカラオケなのだろう。
外観はモノトーンで無機質な感じだ。
大きな扉の横には指紋認証のインターホンがあり、青空が言っていたのはこのことだろう。
事前に教えて貰ってきた連絡先に電話をかける。
はい。と男性の声が電話口で聞こえた。
あの、予約している斎藤です。今着きました。
あぁ、はい!今開けるのでお待ちください。
すぐに大きな扉が開いた。
お待ちしておりました。こちらへどうぞ。
スーツに身を包んだ男性が部屋へ案内してくれた。
部屋に入るとかなり広々としており、モノトーンでシックな感じだ。
部屋の隅に大きな観葉植物があり、まずは隠しカメラをセットしてみる。
いい感じでバレなさそうな配置にセットできた。
私は持ってきたパソコンを立ち上げ青空にコンタクトを送った。
ビデオ通話が起動し接続も大丈夫そうだ。
るな準備ありがとう。カメラは設置できた?
うん、いい感じに出来たと思う。
けどなんだか緊張してきた。
俺も。なんかこんなことに巻き込んじゃってごめんね。
協力してくれて本当に感謝してるよ。
ううん、全然気にしないで。上手く行くといいけど。
そうだね!二人で頑張ろう!
約束の時間の10分前、先程の男性がお連れ様がお見えです。とやってきた。
カツ、カツとヒールの音がし、黒髪ロングのスタイルの良い女性が現れた。
私は立ち上がりはじめましてと頭を下げた。
その女性は私をみてきょとんとしながら、工藤ひとみです。と会釈した。
あ、私は竹森のあです。
青空のいとこです。
いとこの方?なぜ?と工藤は首をかしげている。
今日は青空さんも来るのよね?
私は言いづらそうに、今日はここには来れなくて、リモートで繋がってます。
え、今日会えると思ってきたのにと工藤は大きくため息をしてソファにどかっと座った。
青空が来ないと聞いて急に態度が豹変するものだから恐ろしい。
するとひとみさん、こんにちは。とパソコンから青空が挨拶をした。
工藤はびっくりしたようにソファから飛び起き、え、繋がってるの?!こんにちは。青空さん!工藤ひとみです。前に表参道で会ったこと覚えてますか?
工藤は急にテンションが上がったようで、パソコンを前のめりに覗き込んでいる。
もちろん、お会いしたかったです。
青空がにっこり笑うと工藤は見るからに嬉しそうに私もと小声で呟いた。
すると青空は早速話始めた。
以前表参道で会ったとき、ひとみさんが連れているお子様が僕との子と言ってましたよね?
工藤は目を見開き、え‥と一瞬時が止まった。
そして悩むように私をチラッと見てえぇ、まあ。と言葉を濁した。
すると青空はもしも本当に俺の子だったら会って話をしたいんです。と答えた。
すると工藤はパァッと表情が明るくなり、もちろん!空も喜びます!とニコニコしている。
すると青空は会う前に確認したいことがあると答えた。
単刀直入に言いますとどうして会ったことのない俺との子をひとみさんが産めるのですか?とストレートな質問を投げ掛けた。
工藤は少し困ったように、それは‥言ってはいけない決まりなんです。と俯いた。
すると青空は声のトーンを落とし、ひとみさん。と声をかけた。
そこを正直に話して貰えないとこちら側も信じられませんし、直接ひとみさんと空くんに会うことはできないです。
もしもそれでも話すことが出来ないのであれば今後一切お会いすることは出来ませんと語尾を強めて言った。
すると工藤は暫く沈黙して考えているようだった。
私もドキドキして見守る。
すると、ふぅと小さな呼吸をし、それではお話ししますと青空を見て答えた。
簡単に説明すると私は青空さんの精子を買いました。
藤田社長さんからと衝撃の言葉を発した。
藤田さんとは元々仕事を通して知り合いで、何度か食事をしているうちに私が青空さんの熱烈なファンであることを話したんです。
そうしたら、いい話があると言われて、、それが精子提供のお話しでした。
と工藤は顔色を変えずに話続ける。
私はまず耳を疑いました。そんなことできるのかと。
でも話を聞いているうちに大好きな青空さんの子供を産める可能性があるなら産みたいと思ったんです。
もちろん、精子を提供して貰っても上手く受精して妊娠する確率は低いです。
なので出来るだけ多くの精子を欲しいと言いました。
そしたら9個の精子提供ができると言われて。
それが9000万円でした。
9000万!?私は思わず声を漏らした。
青空の精子1個1000万円‥
工藤は私を睨んでまた淡々と話始めた。
最初は高くて無理と思ったんです。
だけど、早くしないと他の人に取られちゃうとか、こんなおいしい話なかなかないよとか色々と藤田社長に言われて、高いけれど実際払って破産するほどでもないしと思ってお支払しました。
そこから精子を直接藤田社長から受け取って、藤田社長の指定する病院で人工受精を試みて4回目で授かった子が空なんです。
なるほど。と青空は頷いた。
ですが、精子提供して貰う際に誓約書を書かされました。
もしもこのことを口外したのであれば、5億円の罰金を藤田社長に支払うという内容でした。
そんな、、5億なんて。と私が言うと工藤は頷いた。
そう。もうすでに9000万円も払っているし、正直5億円なんて用意することはできません。
藤田社長はお金のためなら手段を選ばず何でもする人ですから、私が裏切ったとしたらすぐに潰されちゃいます。と肩を落とした。
すると青空は今までの話を聞いて思ったんですけどと口にした。
その精子提供って俺の精子だって証拠、取れているんですか?
すると工藤は一応紙で貰いましたけど。証明書みたいな形式のものを。
良ければ空くんと僕のDNAが一致するかDNA鑑定しませんか。
それではっきり分かると思うんです。
なるほど。確かに。これでDNAが違う場合騙されてたことになるし、訴えられるかも。
そう!
だからDNA鑑定することはひとみさん側にもメリットがあると思います。
DNA鑑定‥、確かに、受けてみてもいいかも。
そうと決まれば早速、空くんの髪の毛を取りに行きましょう。
僕のいとこが一緒に行きます!
えぇ、私?
うん、申し訳ないけれど持ってきて。
まあ、しょうがない、分かったよ。
ちなみに工藤さんはこの後大丈夫ですか?
私は大丈夫ですけど。
よかった!そうと決まればすぐに行きましょう!
そうして青空とのテレビ電話を切った。
行く前にお手洗い行かれますか?と私が工藤に促すと、確かにちょっと行ってきますね!と部屋を出た。
そのタイミングで設置していた隠しカメラを回収。なんとか撮影はバレずに上手く行ったようだ。
工藤が戻ってくると二人で空のいる保育園に向かった。
保育園の前に着くと子供たちがちょうど外で遊んでる時間のようだ。門の前に立っていると、あ、空くんのままだ。と近くにいた子達が気づき、空くんと呼びに行ってくれたみたいだ。
すると空が小さな体を揺らして全速力で走ってやってきた。
ママ今日はお迎え早く来てくれたんだ!嬉しい!
待ってて。先生呼んでくる!とまたすぐにパタパタと戻っていった。
暫くするとリュックを背負った空と先生が手を繋いでやってきた。
空くんまま今日は早めのお迎えですね!
はい、ありがとうございました。
いえいえ、お気をつけて帰ってください。空くんまた明日ねー。
先生、さようなら。
そうして門を出るとすぐに、空はこのお姉さん誰?と私を指差した。
こら、人を指差しちゃダメでしょと注意する。
私は微笑みながらのあです。空くんよろしくねと握手した。
ほら空ちょっと髪の毛1本頂戴。と工藤は突然空の髪の毛をわしゃわしゃと掴み数本引っこ抜いた。
ママ痛いよ。なんでそんなことするの!と空は少し顔を歪めて怒っている。
ごめんごめん、調べもので空の髪の毛が必要だったの。
もうしないよー!と優しくなだめた。
そしてついさっきコンビニで買ったジップロックに髪の毛を入れ、これでよろしくお願いしますと頭を下げた。
分かりました。結果がで次第すぐにお知らせします。
ありがとうございます。
工藤さんと無事に別れ、予定通りに話を進められたことにほっとした。
青空に電話をかけて、無事に工藤さんの子供の髪の毛を受け取って解散したことを報告した。
するとすぐにでもDNA鑑定したいから一度家に来て欲しいと言うので、私はそのままの足で青空の自宅に向かった。
仕事以外はドル隊とアイドルの接触はご法度なので、周りを気にしながらタクシーに乗り込み家の近くでおろしてもらった。
家に裏口があるとのことだったので、私は裏からこっそりと青空の家に入った。
青空に連絡するとすぐに勝手口が開き、突然ごめんね。来てくれてありがとう。と家に招き入れてくれた。
今日は本当にお疲れ様!工藤さんが理解のある人でよかったよと青空はほっと胸を撫で下ろした。
ほんとだね!空くんも可愛い子だったよ。
青空に似てるかは分からないけど。
そっかそっか。と青空はソファに腰をおろし、私も腰かけた。
これが空くんの髪の毛で、これが録画しておいたビデオ。
とテーブルの上に置く。
なんかDNA鑑定って初めてやるからドキドキするなと不安そうな顔を浮かべる。
そうだね。ちなみにどこの病院でやるの?
俺の親戚がお医者さんで、そこで出来るみたい!
バレずに出来るから安心だよ!
そっか、それは良かった。
結果は一週間くらいに出るみたいだからまた分かったら連絡するね。
うん、分かった。
そしてるな、これ。と白い封筒を私に差し出した。
それを受け取り中身を見ると札束が入っている。
え、これ。私が動揺すると今回の報酬!すごい助かったからさと青空が頭を下げる。
こんなにたくさん受け取れないよと私が返すと、受け取ってくれないと俺が困ると返してきた。
でもこれいくら包んでくれたの?と私が恐る恐る聞くと、んー、ぴったり3桁と青空がにっこりと微笑んだ。
え、ひゃ100万ってこと?という私の問いに青空は静かに頷いた。
今回はバレずに上手く行ったからよかったけど、バレたらるなの身の危険もあったわけだし、俺的には少ない気もしてたんだけど。
いや、全然。むしろ多すぎるよ。まだ学生なのにこんなに貰っちゃってたら将来ろくな大人になれない。
と私が札束をみてまじまじ言うと、え!そうなの?
100万なんて海外旅行行ったらすぐなくなるじゃん!と青空は笑った。
トップアイドルは金銭感覚が違うんだろうなと内心思った。
るな、もうすぐ大学卒業でしょ?卒業旅行とかもあるだろうし、それに使ってよ!
本当に協力してくれたことに感謝してるんだ。と青空が言うので、私は確かに旅行するし、貰わないといつまでもこのやり取りが続きそうだなと思い渋々受け取ることにした。
すると青空は壁掛け時計に目をやりそうだ!俺このあとレッスンあるんだ!
るな来てくれたのにごめん、俺もう行かなきゃ。
うん、分かった!また連絡するね!
そう言ってまた裏口からそっと出た。
今日ほどドキドキして緊張しっぱなしの1日はあっただろうか。
私はひとり道を歩きながら無事にミッションを達成したことに心の底から安心したのだった。