23. 女の対決
再び気付いたときには、元の洗い場の前に立っていた。
太陽が頭上の頂点に達し、ちょうど昼時になっている。
たしか探し回っていた時は朝方だったから、もう数時間も経ってしまっていた。
‥‥あれ?
思ったより普通‥‥‥。
もっとこう、神界から戻りました感みたいなの、何かないの?
神託を受けたフローラみたいな。
そんなくだらないことも思ったが、身の回りに、何の変化も起きていないようだった。
‥‥あっ、いけない!
今日は、私が食事当番!
急がないとディストルが昼食をとりに帰ってくる!
私は急いで家に向かって歩き出す。
昼に向けて、急激に気温が上がってきたみたいで、汗がすぐに吹き出してくる。
もう真夏がそこまでやってきていた。
歩きながら、自分の身体だけじゃなく、魔法回路を見回してみたけど、
本当に変わったところはどこにも見当たらない。
翼が生えたり、壮大な神の魔法を使えるようになるのか、
期待していた自分が少しバカみたい。
だってフローラは『フローティング』の魔法を授かったんだから、
私だって何か特典があってもいいじゃない! まー私は信者ではないけど 笑
ただ下腹のあたりに小さな灯がある、あの感覚だけは残っている。
エレーミアン神も大したことないのねって呟きそうになって、
怒れる彼女の声を思い出し、黙っておくことに成功した。
あぶない、あぶない!
聞こえてるわよって声が聞こえた気がする 笑
村の広場近くは、色んな家から、昼時のご飯を作っている美味しそうな匂いが漂ってくる。
村の人は一人も外を歩いていなかった。
ちょうど村長さんの家の前の道を通り過ぎようとしたとき、たまたま扉から顔を出したエレジアさん(村長の息子のネジュさんの奥さん)と目が合う。
「こんにちは~。暑くなりましたね~~」
私は手を顔の上にかざして、日陰を作りながら笑顔で挨拶をする。
ちょっと距離が離れていたので、少し大きめな声になってしまった。
エレジアさんも笑顔で挨拶を‥‥‥
返してくれない。
‥‥?
顔が凍り付いて、手に持っていた水桶は、水をこぼしながら足元に転がっていた。
『ギャアアアアアアアアアアアア!!!!! イリィーがっ、 イリィーがあああ! 生き返ったああああああああ』
耳をつんざく悲鳴。
蒼白な顔をして水で濡れた玄関にへなへなと座り込むエレジアさん。
その悲鳴を聞いたネジュさんとネグルスさんがすぐに飛び出してきた。
そして彼らも人の顔を指さしてわなわな震えながら、
「ば、化けて出たーーーーー!」
「う、恨みに出たーーーーー!」
ちょっと! ちょっとー!
いくらなんでも生き返っただの、バケモノだの失礼じゃないっ!
村長にはよくお世話になっているとはいえ、私も怒りますよ!
って思ったんだけど、ただそんな心の声を口に出すのもはばかられるぐらい、
のどから心臓が飛び出す勢いで、本気でひっくり返っている。
「ジュニア! み、皆を呼んでこい!! ディストル! ディストルからだーー!」
ジュニアとはネジュさんのことだ。
本当の名前はネグルス・ジュニアだから、ネグルスさんだけはジュニアと呼んでいる。
「あ、あのぅー‥‥‥」
ちょっと状況が呑み込めないので、話しかけようとするものの、
『ヒィーーーーーー、喋ったあーーーーーーー』
揃いもそろって後ずさりし、近づけさせてくれない。
そ、そんな奇抜な格好していたっけ?
自分の身なりをもう一度確認してみるものの、朝着て出たままの、村の女性がみな着ている普段着だ。
半袖の若草色のワンピース上から薄いベージュ色の前掛け。
どちらかというとかなり抑えめの方だと思うんだけど、うーん顔に何かがついているとか?
残念ながら鏡がない外では、自分の顔は確認しようがない。
とりあえず二人が落ち着くのを待ってと思っていたら、ネジュさんが声をかけまくったせいか、村の人たちがぞろぞろ集まりだしてきた。
皆、信じられないものを見るかのように、距離を置いて私を見ている。
危ない人を取り囲むかのようにして近づいてきてくれない 泣
ひ、ひどい‥‥‥。
そうこうしているとオレンジ色の髪をした、背の高い男が凄い勢いで走り寄ってきた。
一瞬誰?と思うくらい顔がやつれて、
切れ目の中に浮かぶ琥珀色の瞳だけがきらきらと輝いている。
「あっ、ディストルー!! ちょっと聞いてよー、みんなひどいんだ‥‥よ?‥‥」
彼はそのまま強い力で私を抱きしめると、皆の目の前にも関わらず、
なにもはばからずに大声で泣き出してしまった。
「イリィ、イリィ、イリィイイーー」
いつもは控えめで、周りを見て、感情を抑えているディストルが、
こんなふうに人目もはばからず泣くなんて、とんでもないことが起きている。
そしてそれは私に起因しているってことが、ようやく、胸にストンと落ちたのだった。
――――――
その後皆が落ち着くのを待って、事情を聞いたら、
驚きの声をおさえられなかったのは、こちらの方だった。
神隠しに遭って、一ヶ月ぐらい私は姿を消していたらしい‥‥‥。
あまりに突然のことで、湖や山まで捜索隊が出された。
それでもなんの痕跡も見つからず、ディストルに冷たくされた反動で、
入水自殺してしまったのではないかと結論づけられたとのことだった。
ひどい‥‥‥私が傷心自殺するようなタマかーーー!? 笑
‥‥‥って、笑い飛ばしたい。
笑い飛ばしたいんだけど‥‥、
みなの深刻そうな顔を見ていると、そんなレベルの問題じゃないことを改めて思い知らされる。
ディストルの次は、ロンドとミレイにまで泣かれて、
慰めるのにそれはそれは大変な思いをした。
私にとっては、ほんの数十分か一時間前の出来事なので、気持ちを同調させるのに苦労する。
私は、神隠しについて、皆にはしょって説明し安心させる。
まったくはた迷惑な神様だこと‥‥‥。
げっそり瘦せこけたディストルを見ると、
申し訳なさと同時に、ちゃんとしっかりしなきゃいけない!という思いに晒される。
これは、この問題の発生源と、ちゃんと話を付けに行かないと、ダメだ。
そうして私は、こうしてミツルの小屋の前に立っている。
私は軽くノックしてみるけど中から反応がない。
一応もう一回強めにノックしてみたけど、やはり反応はなかった。
居留守ね‥‥‥。
「入りますよ~~~」
私は問答無用で扉を開ける。
扉は鍵がかかっておらずスーッと中に開いた。
小屋の中はいきなり小さな丸いテーブルの上に水晶が置かれた応接室となっていて、どうやらここで接客をしているらしかった。
ただそこにミツルの姿はない。
「ミツル‥‥さん、話をしましょう。居るのは分かっています」
「先ほど他の方が出てこられたところを見かけましたから」
すぐには反応が無いものの、奥に人がいる雰囲気がする。
「ミツルさんっ!?」
ちょっとだけ語気を強めてもう一度呼びかける。
ちょっとして覚悟を決めたのか、奥のすだれから赤い被り物をかぶった祈祷師ミツルが、ようやく顔を出す。
その顔は完全にこわばっていた。
「な、なんですかっ!? わたしには、よ、用事はございません!」
恐怖のあまり、声が裏返り、言葉が途切れ途切れになっている。
私は思いっきり、作り物の完璧な笑顔で応えてあげる。
「その割には、ちょっかいをかけることにはご執心でしたよね~」
「なな、なんのことですかっ」
「良いんですよ? 笑 エレーミアン神にお伺いしますか?」
「ヒィィッッッ」
「な、なんでこんな奴に、大巫女様でもないこんな奴に! 我が神は祝福を!」
エレーミアン神は恋愛と豊穣を司るけど、元々は嫉妬や妬みの神様でもある。
ミツルの祈りを聞き届けていたのは、そういう側面があったからだと思う。
ミツルがどこまで操作していたかはよく分からない。
ただ色んな人や色んな所から、彼女の魔力の残り香を感じていた。
もしかしたら彼女自体は、何も意図して動いていなかったのかもしれない。
ただ祈りを捧げていただけかもしれない。
それでも自分の望む結果が得られることに、喜びを感じていたことは間違いない。
私が来るまでは特に。
清廉潔白に生きろとは、私も思わない。
魔法軍では私自身、色々な経験をしてきた。
でも悪だくみはいつか、ツケを払わないといけなくなるのだ。
これは汚濁にまみれた人を救い出すことにもつながる。
この人の世で、いつまでも悪事は続けられない。
「このままおとなしく過ごすのなら、私はこれ以上あなたに関わらない」
「でもこれ以上むやみな関与を続けるのなら、私はあなたを片付けるしかなくなる」
ちょっとだけ凄みの聞いた声でミツルに語りかける。
ここで怒鳴り散らして、終わらせることだって出来る。
たぶん、その方が今の私の感情には近い。
でもそれで終わるなら、
きっと私は、ここまで引きずってこなかった。
「ま、まま、待って!! 私だって生きていくのに必死だったのよ!」
「この世で独り身の女が生きていくことが、どれだけ大変なことか、あなただって想像できるでしょ!」
知っている。
この世が、この国々が、どれだけ女に対して従属的な扱いを強いているか。
子供を産むことだけを強く求めているか。
その人らしく生きることを、どれだけ制限しているか。
皮肉にもその最たるものは、我が母と妹ダリーユだ。
父上の想いに巻き込まれ、その大事な命まで無下に扱われた。
私は、たとえ私のためだったとはいえ、父上を許してはいけないのだ‥‥‥。
同時に、それは ―――
父上を、家族を、そこまで追い込んだ、
私に刻み込まれた一生救われることのない、
どこまでも、どこまでも重い、私の存在自体に対する罪。
わたしは永遠に、私自身を罰するしかない。
こんな思いを他の皆には背負って欲しくない。
誰か虐げたり、犠牲にしたり、不幸を願ったりする生き方なんて、
いつかつらくなるだけ‥‥‥、終わりがないもの。
ミツルの言葉が自分の心に突き刺さり、
忘れられないあの記憶と、忘れてはいけない後悔を思い出させる。
そしてあふれ出す感情は、言葉にせずにはおられない。
「分かる‥‥、分かります」
「あなたが語らなくてもどれだけ大変だったか、私には分かります。あなたの悔しさが、あなたの恨めしさが、あなたの憎しみが‥‥」
私はこの部屋で初めて、本当の笑みを浮かべてミツルに話しかける。
諦めと共感と、祈りが全部混ざったような笑み。
「でもミツル、あなたにはエレーミアン神の加護があるじゃないですか。あなたは豊穣を祈り導くことができるはず」
笑みを浮かべながらも、自分でも理解できないほどの衝動がつき上げてきて、目の端から涙がこぼれ始める。
「それを使いなさい。村人もあなたに感謝の気持ちを届けるはずです。今までと同じように。そしていつまでも同じように」
ミツルはそれでも、憮然として、
どうして! どうして私だけが! という顔をしていた。
彼女は生まれ故郷のゴルドアで、元夫からひどい仕打ちをうけて逃げてきたと、ディストルから聞かされている。
いつか分かる時が来ると私は信じるしかない。
彼女も人の幸せに寄り添いながら、人の不幸を願わずに済むような生き方が、できるようになることを。
私はどこにでもいる16歳の小娘のはずなのに、偶に自分でも経験したことがない色々な想いが、
自分の中に流れ込んでくる。遠い未来、あるいは、遥か過去から。
今まで不思議に思ったことは無かったけど、このときばかりは涙を流しながら、
自分の想いに戸惑いを感じずにはいられないのであった。
私は言いたいことを一方的に話をして、そのままミツルの小屋の後にした。
ちなみに、最後、忘れずに宣戦布告だけはしておく 笑
「ちなみにディストルは別だから。絶対に譲らないから!」
「もしディストルを欲するのなら、どんな汚い手でも使って全力でかかってきなさいっ!」
彼女がどう思ったかは定かではないけど、このあと、誰かがよく転倒するなど ――― 不思議な話は聞かなくなっていったのだった。




