19. 地が足につかない?!
朝起きてから夜寝るまで好きな人と一緒にいるという状況は、はてはて本当に嬉しいことなのか。
もしまだ付き合っていないのに、好きな人と同棲した経験がある人がいたら、
ぜひ私にその体験を聞かせて欲しい!
翌日、朝から、私は、もう、ふわふわしっぱなしだった。
身体はちゃんと起きて、ちゃんと朝の支度をしているのに、心だけずっと昨日の続きを引きずってる。
「お、おはよ~」
自分でもびっくりするくらい、気の抜けた声が出た。
今日の食事当番は私なので、早起きして食事の準備を進めている。
定番のラクレット・ふかしたジャガイモ・ピクルスの三点セットに、
なんとなく鮭のムニエルとコーンサラダまで付けてしまう。
好きな人に食べてもらう朝ごはんって、なんでこんなに張り切ってしまうのか。
いや、そもそも “好きな人” って心の中で認めている時点で、もうおかしくなってる‥‥。
「今日は豪華だね~、お祭りの残り物?」
「ん、‥‥‥うん」
本当は違ったんだけど、
浮かれているのがばれるのが恥ずかしくて、そういうことにしてしまう。
なんとなく前髪が整えてしまう私。
ディストルが席に着いたところで、
フォークを机の上に用意していないことに気づき、後ろの棚から取り出して彼に渡す。
フォークを渡すときに一瞬彼の手に指が触れたせいで、心臓が一瞬跳ね上がる。
もう少しでフォークを机の上に落とすところだった‥‥‥。
さすがに立派な大人なんで、
そんなドジは踏まない‥‥けど。
こ、これは危ういぞ、わたし‥‥‥。
たかが指先。
たった一瞬。
それだけでこんなになる!?
ディストル朝ご飯を取りながら、昨日のお祭りの話を楽しげにしているけど、
正直頭がほわほわしていて、ついていけてない。
それに今はちょっと‥‥ディストルの目を見る自信がない‥‥‥。
見たらたぶん、何かが顔に出る。
「? イリィどうしたの?」
自分でもこの急激な変わりようには戸惑うばかりだから、
彼にとってもよっぽど私は、変に見えたらしい。
「昨日頑張ったせいで風邪ひいた?」
机の上に身を乗り出し手を伸ばしてくる。
全ての動きがスローモーションのように見えて、
背が高いと机の上でも反対側まで手が届くからずるいよな~とか、
ぼんやり、彼の腕の動きを目で追ってしまっていた。
‥‥ほ、ほえ!?
お、お約束過ぎない?!
ディストルにおでこに手をあてられ固まるわたし。
衝撃に、つい目をつぶってしまう。
温かくて大きな手を、前髪とおでこと、
目をつぶった眉で思いっきり堪能している。
なにこれ。
ちょっと待って。
近い近い近い。
でも逃げたくない‥‥‥、
むしろもう少しこうしてて欲しいとか思ってる自分がいて‥‥‥もう、制御不能!
「う~ん、熱はないかな~。ま、今日はあまり無理しないで良いと思うよ」
あっ‥‥手が‥‥離れていく‥‥‥。
本当に風邪を引いたときの様に頭がぼーっとする。
「うん、じゃあ『ヒール』」
なにも、変わらない。
もしこれで治ったら恋って病ということになるのかな~とか、くだらないことばかり考えている。
分かってる。
一日経って治ってないのならこれは病じゃなくて、本当の患いなんだと。
しんどいのに、気持ちいい。
落ち着かないのに、嫌じゃない。
「いくら魔法があるといっても無理しないでね~。じゃあ畑に出かけて来る」
「は~い‥‥‥」
彼が家を出て、ようやくいつもの自分が戻ってくる。
はぁーーー。
ここまでとは、私は恋愛というものを、何も分かっていなかったのかもしれない。
でも決して、嫌じゃない‥‥‥。嫌じゃないのだ‥‥。
いや、どちらかというと、私という境界が溶けていくのが心地いい。
とはいうものの、このままでは家にいられない。
今日は、お祭りの後片付けという村の仕事がある。
女衆は場を乱す、空気を読まないということに異常に厳しい。
特に私は若手扱いなので、サボるわけにもいかなかった。ミレイとロンドにも迷惑がかかる。
結局その日はなんやかんやで、夕方近くまで駆り出され、忙しい一日となったのであった。
朝のあの調子の悪さが嘘のように、今日はてきぱきこなせて、全てが順調だった。
おかげでいろんな人からもお礼の言葉をもらえたぐらい。
あとあのお祭りのショーがかなり好評で、
今まで冷たくされていた年配のお母様方にも、一杯話しかけてもらえるようになっていた。
ミツルっていう人のせいとは言え、洗い場で冷たくされるのは、正直心に響いていたところだったので、単純に嬉しかった。
片付けの手を動かしながらも、ふと考え事をしてしまう。
私はどうなってしまうのだろう。
正直こわい‥‥‥。
このままどこにでもいる、村の娘に変わっていくのだろうか。
それが悪いということじゃない。そうじゃない。
むしろ心地いい。
心地いいからこわいんだ‥‥。
私が今まで必死にこだわってきたものが、少しずつほどけていく。
魔術師としての自分。
王国の貴族だった自分。
イルだった自分。
イリィとして傷つき、必死で頑張っていた過去。
でも私を形作る根幹に、やはり魔術師という自負はある。
そして男であったという負い目も、現にそこに存る。
それはディストルも知っていることだから、逃げるわけにもいかない。
もう何が正しいのかなんて、わからない。
ただ一つ言えることは ―――
私は自分の感情を、
自分の身体を恐れるのは、
やめる。
女であることを受け入れたその瞬間から、
この身体とこの心に向き合う決心をしたのだから。
この、「全てを根こそぎ拭いとられてしまいたい!」と思わせる激情がどこに向かうのか。
思いっきり、私は、私であることを楽しんでいく!
片付けが終わった私は、夕食の準備のため、急ぎ家に戻ってくる。
扉を開けた瞬間から分かる、美味しそうないい香り。
「あっ、イリィ忙しそうだったから、僕の方で作っておいたよ、夕食。体調は大丈夫だった~?」
彼の少しつり目がちな奥二重のクールな目が細められ、目尻が下がって本来の優しさを醸し出している。
ズキューーーーーン。
もともと、料理含めた家事一般なんて男の頃、ほとんどしていなかったし、そもそも今でも料理は下手な方なんだけど、なんなの! これっ!
‥‥本気で‥‥ 撃ち抜かれる‥‥。
もちろん申し訳なさもすっごいあるんだけど、
もーーーーーダメでしょっ 笑
お嫁に来てほしい!!
あっいや、お婿か 笑
その大変さを分かっていて、彼も最近料理を始めたばかりで慣れてなくて、
なおかつ、それを私のためにしてくれるなんてっ!
愛おしさと、
嬉しさと、
情けなさと、
頼もしさと、
尊さで。
かけがえのなさに、抱きつきたくなる気持ちを抑えるがギリギリ。
嬉しくなるとつい抱きつくのは子供のころの私の癖。
でも今抱きついたらもっとヤバくなるのは請け負い済み。
多分心臓は破裂寸前まで行くっ!
「ありがと~~~~~!!」
すきっ、好きっ、好きぃ~~~~~~~~!!!!
自分の中にこんな気持ちの塊があったことが不思議でしょうがないぐらい、
頭の中がたくさんの気持ちで占領されてしまう。
今鏡が目の前にあれば完全に目の瞳が ”はぁと” になっている自分が見える自信がある。
それぐらい心地よくて、気持ちよくて、ただその幸せに浸っているのであった。
こんなに誰かの一言や仕草で生きた心地になったり、
逆に世界が終わったみたいになったりするなんて、前の自分では考えられなかった。
恋はやはり合法的な麻薬なのかもしれない。
一日のうちでこんなにも感情が色んな所へ行き来するなんて、前の自分では考えられない‥‥‥。
エピソードタイトルの正しい慣用句は ”足が地につかない” です。
誤用されなきよう 笑。




