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性別が変わっても俺は私  作者: 蘭熊才王
第三章 水の章
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10. 魔法事故

それは遠い昔の想い出。

最近よく出てくる夢の中の話。


俺たち3人は親同士が仲が良かったというのもあり、よく近くの広場で一緒に遊んでいた。


もともとは、リオと二人で遊んでいたところに、

あとから「一緒に遊んであげて」と言われて加わったのが、

赤毛のエミリーだった。


少し内向的で、俺たちより少し小柄な女の子。

小さい頃は、声も控えめで、目が合うとすぐに視線をそらしてしまうような子だった。


最初は面倒臭いと思って、あまり関わろうとも思っていなかった。


男の遊びなんて、チャンバラとか乱暴のものばかりだ。

エミリーも付き合わされているだけに見えたし、実際そんなに楽しそうにも見えなかった。


だから、別に無理して仲良くしようとも思っていなかった。


けれど、ある時からその関係は変わった。


たしか、どっちが高いところから飛び降りられるか競争していた時だったと思う。

リオがいきりすぎて、高い塀から飛び降り、着地に失敗したのだ。


足をくじいて、その場にうずくまるリオ。


言い出したのは多分俺の方で、

その責任を感じながら、どうしたらいいかよく分からなくて、

ただただ泣くことしか出来なかった。


そんな時。

エミリーは、自分も同じように泣きながら、

リオを『ヒール』で治療してくれたのだった。


俺たちより小さいくせに、

俺たちが使えない魔法を使えるエミリーのことが、

そのとき初めて格好良く見えた。


怪我自体は大したことはなくて、

泣き声を聞いて駆け付けた親たちが処置をして、

大事にならなかったんだけど、

俺たちのエミリーに対する印象は180度変わった。


「エミリー、今日からは俺達の3号な! 仲間にしてやるっ!」


「‥‥うんっ」


「俺の1号はゆずらないけどな!」

「イルずりーぞ!お前より高いところから飛んだんだから、1号は交代だろ!」

「ヘヘーン、ちゃんと立てなかったんだからノーカン!」

「ずるっ!じゃあおいかけっこで勝負だ!」


「ま、まってーー」


あの頃の笑い声は、

今思い出しても胸の奥がきゅっとなる。


リオと魔法学校に入ることになったあとも、

エミリーとは家に帰ったときに良く一緒に遊んでいた。

リオと2人の、かわいい妹みたい存在になっていた。

その頃にはエミリーも、

俺たちの影響でだいぶ活発的に女の子になっていた。


「いいなぁ~、私も魔法学校いってみたいな~」

「しょうがないだろー、女の子は入れないんだから」

「2人だけ楽しそうでずるいっ! 私も魔法学びたい~」

「治療院なら女の子も入れるらしいよ」

「それ大人になってからでしょ? 私は今勉強したいの!」


それからことある度に、2人でミニ授業を開いて、

競うようにエミリーに魔法を教えていた。

どっちの説明の方が分かりやすいか張り合って。

エミリーが上手くできるたび、自分の手柄みたいに得意になって。


彼女は筋が良かった。

魔法のイメージを丁寧に組み立てるのがとても上手くて、覚えも早かった。


その成果もあり、のちに治療院からスカウトされて、

治療士としての道を歩み始めることになる。


そうそれは、

運命に導かれているかのような、

強き、強き導きであった。


――― もし。


もし、その導きの果てに、あの魔法事故の時、彼女が命を落とすことになったのだとしたら。

私は、何をどう言えばよかったのだろう。

何をもって、許されると思えばよかったのだろう。


――――――


魔法事故に遭った瞬間のことは、正直あまり覚えていない。


ルクソンの城外で、魔法軍の訓練をしている時だった。

その日も新しく入ってきた新人を交えて、集団魔法の仕組みを説明しながら、その実演をしていた。


発動自体は成功して、

あとは終了のフェージングを行うだけだった。

毎日やっている失敗しようがない、いつもの手順。


それが、突如として膨大な魔力が流れ込んできて、

意表をつかれた俺はその流れを制御できなくなり、

そのまま意識を飛ばしてしまったのだ。


光輝く圧倒的な魔力の奔流。

その中を俺の意識はどこまでも流されていく。


あまりの勢いに、肉体とのつながりがぶちぶちと引きちぎられていく感覚がある。


ああ‥‥俺は‥‥死ぬんだ。


俺は魔力酔いに晒され、思考がほとんど定まらない。

どこか現実感のないまま、そんなことをぼんやり思っていた。

怖いという感情すら、どこにもなかった。


そんな時だった。


誰かが、俺の手をガシッとつかむ!


途端に、魔力の暴流が身体にぶつかり、

激しく俺を揺さぶり、いたぶりはじめる!


‥‥‥っ!?


存在を消し飛ばそうとするぐらいの勢い。

そこから俺を引き止め、

流れに逆らって引き上げようとしてくる強い力。


息をしているわけじゃないのに。


息ができないように、

ただただ苦しいっ!


「何してるの! しっかりしなさい! 死にたいの!?」


その声を聞いた瞬間、私は我に返った。

そこで初めて、死の恐怖をはっきりと理解した。


俺が死ぬ?

死んでしまうのか?


そこから先の俺は、みっともないほど必死だった。


その手にしがみついた。

ただただ、しがみつき、

その手をつたって流れから抜け出そうとする。


溺れる者が藁を掴むように。

その手の持ち主がどうなろうと、

自分だけは助かりたい、その一心で。


その細い手から全てを奪い取るようにして、

おれはあの暴流から抜け出したのだった。


やっとのことで魔力の流れから外へ出られた時、

気づけばその手の主はいなくなっていた。



あれは、やはりエミリーだったのだろうか‥‥。

もしそうだったなら、私は、あの時のお礼を言えていない。


いや ――― 違う。


お礼じゃない、

謝罪だ。


あの時の私は、自分が助かりたいということしか考えていなかった。

それが、何より苦しい。


そして次に目を覚ました時、私は既に治療院のベッドの上にいた。


体の変性、魔力回路の荒廃を調べるのに、

さらに1ヶ月かけられたが、

結局その原因は何も判らず、

そのまま退院となったのである。


退院して家に戻ってからも、頭の整理をつけることは出来ず、

あまりに怒涛な話の展開に、目の前の現実を受け入れられずにいたのだった。


だってそうでしょう、


何もかも変わってしまったのだから。



そして、家で、優秀な治療師二人の命を奪ったという話を聞いた俺は、

いてもたってもおられず、半信半疑のまま、

エミリーの実家である、近所のゴートレス伯爵家を訪ねてみることにしたのだった。


リオを含めあらゆる人に、

今はご両親も混乱しているから、行かない方がいいと言われた。

でもどうしても、自分の目で確かめないと、自分の気が済まなかったのだ。


本当に、彼女はいなくなったのか。


それも、俺のせいで亡くなったというのは本当なのか。


玄関を開ければ、彼女は顔を出してくれるんじゃないか。



――― それは、玄関の扉が開いた瞬間だった。


飛び出てきたゴートレス伯爵に、私は思いっきり ”殴(・)り(・)飛(・)ば(・)さ(・)れ(・)る(・)”。


そんなことが起きるとも予想していなかった俺は、

受け身もとれず、真後ろに吹っ飛んでいく。


身体が地面に背中から叩きつけられ、

全身を駆け巡る激しい痛みと共に、

一瞬、呼吸すら出来なくなる!


『よ、よ、よくも!! お、おめおめ、この家に、顔を出せたなーー!! このバケモノがーーー!!』


「あなたっ! 相手は侯爵家の長男よ!」


慌てて追ってきた伯爵夫人が、身を挺して伯爵を止めている。


『知るかーっっ!! こいつのせいで! こいつのせいで!! こんな奴のためにうちの子は!!』


その顔を、俺は一生忘れられない。


人がここまで怒りに染まることがあるなんて‥‥‥俺は、知らなかった。


あまりの衝撃に、痛みすら感じる余裕がない。


『なんで、こんな奴のタメにっ!なんでっ!なんでだーーーっ!!』


「お願いだから私たちの前から姿を消してっ! お願いだから出て行ってーー!!」


唖然、


茫然、


呆然。


私はなにも、

このときも、

そして今も、


知らないだけかもしれない。


逃げ出すように門に向かって、

走っていく。



私は出来損ないの人間で、

いや人ですらなくて本当は化物に過ぎない、

なんかなのかもしれないと?!


こんなに周りの人を不幸にするしかない何かが、

此の世から存在していいのだろうか。



燃える家の中で母とダリーユが絶叫する。


2人の声が世界を切り裂くように響き渡る。


『アイテールッ!! あなたのせいで! 私は私はーー!!!』


『お兄様ぁ~~~! 助けてって言ったのに~~! 私が何をしたというの!!』



氷のような冷たい笑みを浮かべて、蔑んだ声色で唾棄するかのように言葉を吐きつけるフローラ。


「所詮、色物の女ね 笑 ダビの事たぶらかそうとしてたんでしょ。魔女はこれだから、人の気持ちを持て遊ぶことしかしないよね 笑」



暗い夜の中、私の口をふさぎ覆いかぶさる黒い男の影。


「お前が! お前が俺を誘惑したんだっ! お前が魔法で誘ってきたんじゃないかっ!」



次々と場面が切り替わる。


声が重なる。

責める。

罵る。

断罪する。


違う!


違っ!違っ ―――!


私は、そんなつもりはっ!!!


ひとかけらもそんなつもりは無かったというのか、お前は。


お前はあんなことをしておいて、こんなことになって、

それでもまだ、そんなことを言うのか。


違う!


違う違う違うーーーっ!


それでも‥‥‥、

結果は、こうじゃないか。


――――――


全身から汗が吹き出していた。


濡れた前髪が鬱陶しく、顔に張り付いてくる。


自分の荒れた呼吸が、やかましい‥‥。


目の前には、洞窟の中で焚火の番をしているディストルがいて、

目が覚めた私を心配そうに見つめている。


その背中、洞窟の外では、山の上から吹き降ろす吹雪が激しく吹き荒れていた。


心臓は激しく鼓動し続けていて、

自分が現実に連れ戻されたことに気付かされる。


焚火の木が燃える匂い。

火が爆ぜる音。


母も、妹も、男も、誰もここにはいない。


現実に戻ってきたはずなのに、身体の中の渦巻く熱は一向に消えてくれない。

出口を求めて全身を、内側から暴れまわっている。


「はーっ、はーっ、はーっ、はーっ‥‥‥」


自分の吐く息だけでは、到底間に合わない。


周りの空気は凍えるほど冷たいのに、

火照りはどんどん籠り続けて、行き場を失い、

しまいには内なる私を壊し始める。


私は、本当に魔女なのかもしれない。


私は、皆を不幸にする存在なのかもしれない。


私は、生きていてはいけないのかもしれない。


私に、生きる価値なんて ――― 。



それは、無意識。


肌に張り付いている、

身体を覆う布がひどく邪魔に思えて、


私は、一枚ずつ脱ぎ捨てていく。


「イ、イリィ‥‥さま!?」


ディストルが目を見開いている。

けれど、その反応すら、私には遠く感じる。


最後の一枚まで脱ぎ捨てた私は、

一糸まとわぬ姿で、ディストルに迫っていく‥‥‥。


「わたしを‥‥わたしを‥‥こわして」


焚火の熱でうっすら汗ばんだ白肌が、

炎に照らされ薄桃色がかかって艶めかしく、

汗に濡れて、いやに艶めいて見える。


頭の熱は、耳から噴き出してしまいそうだった。


私は‥‥‥何をしているの?


潤んでとろけた視線で、ディストルを煮詰めようと、見つめている。


「イリィ様、おかしくなってる!? ちょっ!ちょっとーー!」


そのまま私は、座っているディストルの上に倒れこむように、しな垂れかかっていく。


ディストルは慌てて立ち上がり、私の身体を下から受け止める。


私の胸が押し付けられて、柔らかく形を変える。


腰に回された彼の手のひらの感触が、私の火照った肌に直接触れ、

生々しいほどに心地いい‥‥‥。

ひんやりしていて、

彼は、ひどく‥‥‥心地よい。


ごくり。


彼の喉が鳴るのが分かった。

お腹に、彼の硬くなった熱を感じる。


サイテーだ。

‥‥‥ほんとうに、わたしは‥‥‥。


心のどこかで、まだ女としての価値は残っていると、


そんなことを思ってしまっている自分がいた。


狂おしいほどの劣情が、身体の中心を焦がしていく。


私を見て、

私に触れて、

抱いて、

抱きしめて、

愛して、

壊して、

めちゃくちゃにして、

何も考えなくして。


そして、このまま、いっそ ―――。


いろんな感情が限界まで膨れ上がり、弾けそうになったその時だった。



ディストルが、

子供の時のように、


ぎゅうっと、抱きしめてきた‥‥‥。


ただ、包み込むだけの優しい抱擁。


ただ、受け止めてくれるだけのがっしりとした腕。


ただ、心をほどかせる、あの温かい手。


あっ、あの‥‥、

甘くて懐かしい匂いがする‥‥。


その香りが鼻をかすめた瞬間だった。


あれほど心の中を占領していた黒く尖った感情が、霧が晴れるみたいに、さあーっと一気に消えていく。

代わりに押し寄せてきたのは、絶対的な安心感だった。


私は全身の力が抜けて、そのままディストルの腕の中へ崩れ落ちる。


「イリィ様‥‥‥大丈夫ですから」


「大丈夫ですから‥‥‥」


低く落ち着いた声が、頭の上から降ってくる。


「‥‥‥うん」


そう答えたのか、ただ漏れただけなのか、自分でも分からなかった。


私はそのまま、再び夢の底へ沈んでいった。

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