25. 危険な渡河
百名近くの兵士で、どう川を渡るか。
それがまず最初の難題だった。
『アイスウォーク』を全員にかけるわけにもいかない。
かといって、こんな広い川をすべて凍らせるのは不可能だ。
魔法だけでどうにかするのは難しいので、
まずは町の人にも協力を仰いでいかだ作りから始めてもらう。
川の流れがゆっくりしているので平時ならそのままでも渡れそうだ。
ただ向こうには遠距離兵器の弩が複数あるし、いかだは操舟が難しくなおかつ素早く動けない。
何か策を考えないと、いい射撃練習用の的だ。
そして向こう岸へたどり着いたとしても、その先にあるのは高さ5mの城壁。
こちらには攻城兵器はないし、あったとしても川を渡らせるのは難しい。
ディケイが昔から難攻不落だったのは、ちゃんと理由がある。
アレクサンドリア様が抜け出してきた隠し通路を逆に侵入に使う手もあったけど、
大人数には向いてないし、見つかって封鎖されている可能性のほうが高かった。
「川の上にバーッて橋をかけてしまえばいいんじゃないですか?、魔法で」
アレクサンドリア様が思い付きでおっしゃられる。
『うーん‥‥‥』
魔法を使える3人が、そろって黙り込んでしまう。
魔法は万能じゃない。
例えば川の上に岩の橋をかけることはできない。
水属性魔力が強すぎて他の属性の魔法は威力が弱まってしまうからだ。
結局私たちは、いかだをいかに上手に使うかを中心に議論を進めて
どうにかこれならいけそう、という作戦をひねり出したのであった。
試行錯誤で考えること、5時間以上‥‥‥。
ほんとーに、つ、疲れたーーー。
頭の芯まで使い切った自信がある‥‥‥。
――――――
いかだは数日でどんどんできあがり、
東岸は、まるで木の船着き場みたいに、
いかだで埋め尽くされていた。
敵はそのあいだも不気味なほど静かで、
籠城の構えを崩すこともなく、ただ静かに我々の活動を眺めているのだった。
そして、
――― 時がくる。
朝の寒空の下、騎士達は川辺に皆、整列している。
「本隊の到着でも待っているんですかね~?」
作業を終えたダビが、
不安に耐えきれず、
迷いを言葉にする。
寒さで口元に手をあてて話しているため、
指の隙間から白い息がもれている。
アトム川は戻ってきた寒気の影響で、
朝から川霧がかかっていた。
この時期としてはかなり珍しい。
今朝は本当に寒い。
「たしかに可能性はあるかな」
「そもそも、なにも街に要求していないということは、金銭目的ではないということだし」
騎士達は皆、フルアーマーの上に防寒着を着ていまかいまかとその時を待っていた。
あちらこちらから白い息が揺れている。
「いずれにしろ、できることはやったんだから、あとは運命を信じて進むしかないんじゃない?」
もうすぐ朝日が昇ってくる。
私たちの運命の朝だ。
目の前に見えるのは、一晩で作った、土の浮き橋。
霧に隠れて見えないが、橋は中州の岸まで続いている。
私は、騎士団長様に準備が整ったことを知らせ済み。
もうあとはタイミングを待つばかり‥‥。
戦いの前は、いつも心臓の鼓動が高まり、うるさくてたまらなくなる。
騎士団長様は霧の向こうから差し込む、朝日の光に目をやった。
そして ―――
後ろに控えた百名近くの騎士達に、右手を上げる。
”出発の合図だ”
その瞬間、空気が一段とひりつく。
ザッ‥‥、
ガチャッ、ガチャッ。
全軍前進‥‥。
言葉もなく、ただ鎧の擦れる音が聞こえてくる。
私たちは、騎士達に先立ち、音を立てずに川を渡り始めるのだった。
太陽が登り始めても、
川面に広がる霧はなかなか晴れない。
霧が邪魔して、相手の様子は、なに一つ見えない。
ただそれは敵も同じ状況。
どこまで気づかれずに近づけるか。
その一点にこの計画の全てがかかっていた。
川の半分まで到達したときには、
もう数十分は過ぎているように感じていた。
敵兵に ―――
まだ動きはない。
昨晩から続く緊張感の中での作業で、
もう私たちの脳みそはへとへとになっている。
ここまで順調だと、逆に不安を覚え始めているぐらい。
”実はすでに敵の罠にはまっている!?”
今、私たちは、橋の上にいる。
逃げ場なんてどこにもない。
射られたら終わり。
落とされたら終わり。
”何か見落としていることがない!?”
疲れた頭の中で、何度も同じ思考がループする。
そして、川の3分の2を越え ――― 、
城壁がうっすら見えたところだった。
待望の声が聞こえてくる!
「て、敵襲だー!!」
その瞬間、私は逆にほっとして思わず笑ってしまう。
やっとこの作戦の決着がついたのだ!
敵は気付いてなかった!
奇襲は成功!!!
「つっこめーーー!」
『うおおおおおおお』
騎士団長様の合図で、全員残りの距離を駆け抜けていく!
まだ城壁までは20m ある!
ここからは敵との時間勝負だ。
弩の狙いを定めるには数秒はかかる。
向こうの兵器の死角に入ってしまえば、
こっちのもの!
私は一足先に、走りながら城壁の破壊を試みる。
『ロック』
「ドグワァッ!」
城壁の土台に岩を創出して、
持ち上げて壊そうと試みるが、
城壁が重すぎて、数mmしか持ちあがらない。
崩れてはいないが効いてはいる!
もう何回か、やれば崩れるか!
そう思って、もう一度魔法を唱えようとしたそのとき、
想定していなかった、敵の攻撃が襲いかかってくるのだった。
『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』、‥‥‥
突然、城壁にも反射しながら響きわたる、
幾重にもの多層の魔法詠唱っ!!
突如現れる十を超える火の玉の数々!!
その小さな火の玉たちは、
我々に向かって飛んでくる!
”くっ、スピード重視のクイック詠唱!”
”早いっ!”
数が多すぎて、私は対応が間に合わない!
目の前まで火の玉が迫り、
その熱線で顔の皮膚がひりつく!
ダメだ!当たる!
つい目を閉じた、その瞬間 ―――
『アイスウォール』
ダビの発動した氷の壁がギリギリ間に合った。
「ドンッ、ドドンッ、ドンッ、ドっ」
爆発音が、壁の向うから鳴り響き、
その振動が私を揺らしている。
これが直撃していたらと思うと、ぞっとするのであった。
本当に、死んだかと思った‥‥‥。
敵は氷の壁にひるまず、『ファイアボール』を連発してきている。
そのせいで、我たちはそれ以上一歩たりとも前に進めない。
相当手練れの魔術師たちだ。
戦い慣れている。
しかしダビの氷壁は、それだけの連撃を受けてもなお持ちこたえている。
本当にすごい。
でも ―――
「ベキベキベキッ」
そのとき、壁の向こうから嫌な音が聞こえてきた。
あれは橋の下にある土台のいかだが壊れた音だ。
私たちはいかだを連結して川に渡し、その上に土を固めることで補強していた。
向こうの方が手数が多くて、こっちはにっちもさっちもいかない。
こっちは敵の位置がわからないし、一方の向こうから、こっちは丸裸。
態勢を立て直そう。
これ以上無理だ。
「騎士団長様、いったん退避を!」
「分かりました!」
『皆引け~~~~~!』
私たちはダビの氷の壁に守ってもらいながら、元の東岸まで戻るのであった。
――――――
川向こうで敵が、魔法を使って我々の橋を破壊しているのが見える。
魔法は遠くまで届かないのでここに居る限りは安全。
ただ川霧も晴れていて、奇襲は二度と通用しない。
「はーはー‥‥‥」
「ど、どうします?」
重装備で川を往復したせいで、騎士団長様はかなり息を切らしていた。
「そうですね‥‥‥」
橋はまだ三分の二近く残っている。
土で補強していたおかげだ。
つまり、今ならまだ渡れる。
さっきは突然の魔法攻撃で体勢を崩しただけ。
形勢が完全に向こうへ傾いたわけじゃない。
むしろ今こそ好機だ。
さらに、西岸へ回した別動隊のこともある。
このままぐずぐずしていたら、あちらが全滅するかもしれない。
ただ私には、別の個人的事情ができていた。
うっすらその可能性は感じていた。
けど、いざ目の前に現れると、やはり躊躇してしまう。
――― 我が故郷である王国に、仇をなすかどうか。
あれだけ魔術師を集められるのは、王国筋以外ありえない。
正規の魔法軍や王国軍ではない。どこかの家の私兵部隊。
王国の誰かが、この街を狙っている。
そしてそれは、ほぼ成功しかけている。
ディケイがどれほど重要な戦略拠点かは、私も知っている。
私たちが手を貸さなければ、この街は王国のものになるだろう。
いいの?
王国に歯向かって。
いいの?
王国に残る家族や友人を落胆させるようなことをして。
でも本当にいいの?
親しい人々を見殺しにして。
フローラやダビから目を背けて。
頭の中で思いが、
ぐちゃぐちゃに絡み合う。
‥‥‥。
理屈じゃない。
私が何を選んだとき、
自分を一番嫌いにならずに済むか。
それだけだ。
黙って悩んでいる私を、フローラとダビがじっと見ている。
‥‥‥。
‥‥‥決めた。
「行きましょう」
「もう一度!」
口に出した瞬間、不思議と腹が決まった。
私は目の前の人たちを優先する。
仲間たちを優先する。
私はもう、ただのアイテールじゃない。
今の私は、イリィなんだから。
イリィは自分だけを優先しない。
そんな私の決意が伝わったのか、
今まで後ろについてくるだけだったフローラが、ひょいっと前へ顔を出してくる。
「じゃあ、私が先頭にたつね!」
一瞬の沈黙。
『えええええーーーーー!?』
周りの騎士たちが、いっせいに驚きの声を上げる。
そりゃそうだ。
「フローラさん! 危ないですよっ!」
慌てた騎士団長様が、フローラに近付き、止めに入る。
でもフローラは、
まっすぐ前を見て、言い切った。
「大丈夫です。私はタキオン教神官ですっ」
「魔法は私がすべて受け止めます!」
おお‥‥‥。
一瞬、本当に預言者っぽく見えた。
これで川を割れれば神話に出てくる預言者そのものなんだけどなー 笑
さすがに神の奇跡も魔法と同じでこちらの都合を考慮してないかー。
当たり前だという声がどこからか聞こえた気がした 笑
「で、でも ―――」
騎士団長様は責任感に駆られ簡単には引き下がらない。
彼には味方を、街の住人を、守る使命がある。
『大丈夫です! 私を信じてください!』
格好いい‥‥‥。
ちょっとだけ、嫉妬する。
私だって、四元素魔法全て使えていたら‥‥‥。
ううん。今はそんな仮定のことを考えても仕方ない。
やれることをやる。
そしてやると決めたのは、他でもない、この私なんだから。
「フローラを先頭に再度川を渡りましょう」
「大丈夫です、私たち二人でサポートします」
私が話をまとめようとしたところで、フローラがさらに付け加える。
「あっ、ひとつだけ。『神の無慈悲』にも範囲があるので、皆さんなるべく固まってください」
あーなるほど。
百名近くを一気に守るのは無理があるかー。
「では我々の旗を持ってもらうというのはいかがでしょう」
騎士団長様はまだ納得しきれていない顔をしていたが、
いまさら異論をとなえず、新たなアイディアを提案してくれたのだった。
「皆には旗の後ろ側に隠れるよう伝えますから」
確かに。
敵と旗の延長線上を飛んでくる魔法だけ弾けばいいということだから、なかなかいいアイディアだ。
他にもっと良い案も出なかったので、そのまま採用することになった。
「橋が欠けているところはダビの水属性魔法でお願いね!」
「分かりました! 任せてください!!」
これで準備は整った。
我々三人がそろえば大概のことはやってのけられる!
(ロウは引き続きお留守番!)
そしてその後、騎士団長様の掛け声で解散となったのであった。
私は一人で装備品の点検をしている、騎士団長様に後ろから話しかける。
前々から気になっていたんだけど、
どうしてもタイミングが合わなくて聞けていなかったこと。
「騎士団長様、ひとつだけうかがってもよろしいですか?」
騎士団長様は手を止め、きちんとこちらに向き直ってくれた。
「なんでしょう? 何なりと」
「あ、あの‥‥‥騎士団長様のお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか」
いまさら感が半端ない。
つい上目遣いしてしまう私。
一瞬固まる騎士団長様。
「‥‥‥あっ。あーっ!!」
「これはこれは大変失礼しました」
「お会いしたときに名乗っておらず大変申し訳ございません」
「私は ”フリュンゲル・スターツ” と申します」
「フリュンゲル様、改めまして ”アイテール・オルペ” でございます」
「引き続きよろしくお願いします 笑」
なぜか今ここで握手を交わす二人。
見つかった周りの人にまで笑われてしまって、ちょっと恥ずかしい……。
でも、ちゃんと聞けてよかった。
私は、一緒に戦う仲間の名前を知らないなんて、おかしい気がしたのだ。
名前を知っているからこそ、私たちは共に支え合って、共に戦えるのだ。
その後我たちは、ディケイ騎士団の旗を持ったフローラを先頭に、再度川を渡り始める。
今度こそ、
ディケイの街を取り戻す!




