10. イリィ一座の立ち上げ
私達は村をあとにし、街道を東に向かった。
歩きはじめは平原が続き、空は広く、風もまだ優しかった。けれど一日半ほど進んだころ、遠くに見えてきた街並みの輪郭は、どこか「境界」の匂いを帯びていた。
平原最後の街 ―― ロギース。
ここまでの旅では、なだらかな土地と温暖な気候に助けられてきた。だがロギースを境に、景色は急に荒れ地へ変わる。街の外れに立って東の空を見た瞬間、私は小さく息をのんだ。
空が、濁っている。
霞というより、砂と灰を混ぜたような薄い膜が、地平線から盛り上がっているように見えた。
今の時期、晩秋~冬の間は街と砂漠との境にとんでもない嵐が居座っていて通れないらしい。
そう言われれば東の空があまりよく見えない。
「一応、ちょっと様子見に行ってみない?」
私の提案で皆で、本当に通れないか様子を見に行く。
魔術師が三人 ―――
そんな自惚れが、胸の底で小さく熱を持っていたのも確かだ。
歩き始めて一時間ほどで、風が変わった。
強くなった、というより肌を刺す、唇が乾く。
息をするたび、喉の奥にざらつきが触れた。
二時間も経たないうちに、砂が舞い始める。
喋った瞬間、口の中に砂が入り、歯の間がじゃり、と鳴った。
小さな不快が積み重なるだけで、気持ちは簡単に削れていく。
暴風だけならまだ強硬突破できたかもしれなかったが、もっとたちが悪かったのは雷だ。
砂嵐のせいで太陽の光が届かなくなってうす暗くなり始めたぐらいから、
ピカッ!ドンッ!ドドンッ!って雷が複数発生し始めた。
常時どこかで雷が落ちていて、光というよりその止まらない轟音に足が震えてくる‥‥‥。
怖いのは、雷そのものというより、「いつ落ちるか分からない」という理不尽な気配だった。
そして、実際近くに落ちる!
『ドーーーンッ』
破裂音と共に眩い光が瞼の裏にまで届いた気がする。
全身の毛穴が一斉に開く感覚。
その一瞬、私は生き物として「逃げろ」と叫ぶ。
結局、私たちは逃げ帰るように街まで戻ってきたのだった。
「パンッ! パンッ!」
「フローラ、ダビ、すごかったよね~!」
「パンパンッ!」
「私なんか雷が白い妖精に見えたぐらいよ!」
髪の毛から服の中からあらゆるところにまで砂が入り込んでいた。
私もフローラも服の砂をはたきながら話をしている。
「すっごい光だったもんね~。私もまだ瞼の裏に残像が残ってるよ~」
「パンッ! パンッ!」
「師匠のせいですよ! ぼくはもう二度とゴメンです 泣 パンッ! こんな砂だらけになるし!」
ダビは涙目。
「きゅーん 泣」
砂だらけになった床の上で、ロウも両耳を伏せてダビに賛同している。
ごめんなさい、安易に考えすぎていた 笑
結論は出た。
これは冬の終わりを待って嵐が弱まるまで待つしかない‥‥‥。
そうなると多分あと4ヶ月はかかる。
そして本格的に現実問題に向き合う必要がでてくる。
そう‥‥‥、問題はお金!マネー!!
4ヶ月宿に泊まると4×30×3×銅貨30枚。
銅貨10,800枚!
銀貨で108枚、金貨で11枚足らず。
ワオ!
思わず声が漏れそうになる。笑えない額だ‥‥。
宿に泊まり続けるのは無理。
これは家を借りた方が絶対に安い。
それでも金貨2枚はかかると思う。
食事代も考えると旅という以前にどう生きていくか、
それが問題だった。
残酷な現実を認識した私は、皆を呼び集めた。
「皆さん、いいですか?」
皆をベットや床に座らせ解説する。
「この先必要なのは、1にも2にも ――― お金です」
‥‥‥。
皆、無言。
そりゃ無いのは皆分かっている。
だからどうするという話。
皆、自分で金を稼いだ経験はない。
所詮ぼっちゃん、じょうちゃんたちの集まり、手に職があるわけでもない。
街の仕事は、あるとしても売り子とか安い仕事しか残されていない。
お金になる力仕事ならこの街でもそれなりの需要はあるが、唯一の男手であるダビだけに期待するのは酷な話だった。
私は息を吸って、
――― 言った。
「ということで、イリィ一座を立ち上げようと思います」
皆ポカンとした顔で私を見つめてくる。
いや、唯一、フローラだけが律義に反応してきた。
「いりぃいちざ? なにそれ?」
「大道芸一座」
「大道芸!?」
そこでダビが反応してくる。
「あー魔術師伝統の芸ですね! 前の師匠もお祭りの時には大活躍でしたよ!」
目をきらきら輝かせて熱く語っている。
そう、私自身は見たことがないんだけど魔術師といえば大道芸が定番もの。
ダビが見たことあるなら頼もしい!
「それって私達にもできるものなの~?」
フローラはそれでも疑心暗鬼だった。
「うまく領主の目に止まったら、一攫千金も狙えるし。うちにはなんて言っても経験者がいるからね!」
皆がダレ?という疑問符を頭の上に浮かべる。
私はなにも語らず、ただロウを目で追いかける。
ロウはただ嬉しいそうにしっぽ振って「はっはっはっはっ」と息を荒らげていた。
人の言葉を理解しているかのような反応だ。
『ええぇー!? ロウがー!?』
二人の声が揃う。本当に仲が良い 笑
「そう、シリィの街ではロウが見世物小屋の看板役者だったからね!」
心なしかロウが自慢げに見える。気のせいか?!
『ええぇー!!』
ここまで揃われると逆に疎外感を感じる 笑
きっと性格が似ているせいでもあるんだろう。二人とも人の気持ちを汲み取るのが上手。
私にはない美点で少しだけ羨ましい‥‥‥。
「まっ、そういうことなんで明日から皆で練習ね!」
――――――
そこからは本当に苦労の日々だった。
噴水の前で魔法を使った色んな芸を披露してみた。
私はヘイストをつかってダビと戦う演舞を、フローラは初等魔法であるヒールとファイアを、ロウはファイアブレスを‥‥。
やってみて分かったことだけど、
必ずしも派手な魔法が受けが良いという話ではないということだ。
一度だけごく小規模のファイアストームを唱えてみたが、観客が逃げ惑うぐらい大惨事になってしまった。
普段見て見ぬふりをしてくれていた自警団からも、きついお叱りを受けてしまった。
ただ結局、ロウ以外は受けが悪い‥‥‥。
ダビと私の演武はそもそも両方とも強そうに見えない。
フローラは魔法はしょぼい。
フローラの可愛さと私の見た目でどうにかなるんじゃない?って思っていた下心は早くも砕かれていた。
‥‥‥そんな簡単なもんじゃない。
いつもショーの最中に「早く狼のショーを見せてくれ」ってヤジを飛ばされて私たちは毎回落ち込む羽目になっていた。本当に心が折れそう‥‥‥。
あまりの出来の悪さに近くの拳法の道場主が、「うちで鍛えればもう少し見栄えが良くなるぞ」って誘ってくれたぐらいだ。
これじゃ全然! 何の足しにもならない!
私は結構焦っていた。
自分から言い出したことなんだからどうにかしないと‥‥‥。
人の気持ちを動かすことは、やはりそんな簡単じゃない。
こちらも中途半端じゃなくて、本気で取り組まないと!
そこで私とダビは、誘っていただいた道場に通う!
逆に道場代がかかってしまうが、大事な初期投資と思って割り切るしかない!
若い頃は自分に投資するのが、一番効果的って聞くし、
やっぱ身体が一番の資本だよねっ!
もう魔術師の領分じゃない気もするけど 笑
もちろんただ特訓するだけじゃなくて、魔術師ならではの裏技も使う。
『アハモーメンツ』
これは意識の覚醒を促す魔法だ。
何かを学ぶときにスランプに落ちづらく、コツを素早く獲得する効果がある。
出来ることは何でもやる!
私はダビと一緒に毎日腹筋・背筋・腕立て50回を始めることにした!
少しは演武のキレが良くなって、迫力が出るんじゃないかという期待で。
ただ、これが‥‥‥、
この身体だと、びっくりするぐらい出来ない‥‥‥。
男の頃の感覚との違いに、相当戸惑う。
ダビは数週間後には50回1セット出来るようになっていたけど、
私は自分なり頑張っているのに、いまだに50回出来ていないのだ。
道場での修行でもあっという間に差がついてきた。
最初の頃は一緒に負けてばっかりだったダビが、私を差し置いて、めきめきと強くなっていく。
男の頃の ”感覚” で動こうとしても、力の入り方が違う。反応が違う。
ダビは数週間で伸びていく一方で、私は置いていかれるのだった‥‥。
悔しい。
悔しいのに、言い訳できない。
努力しているのに届かない現実が、むしろ私の心を削る。
道場では、道場主ディマさんの娘のウーリャさんから、
「動きが甘い! 頭で考えているから遅くなる! 体重の載せ方がなってない!」
って怒られてばかりいる‥‥。
ある日、耐えきれず弱音を吐いた私に、彼女は意外なほど真剣な目で言った。
「私はそこら辺の男に負ける気はしないよ。女でも鍛えれば絶対強くなる! 力で抑え込まれるなら力を使わせないように体をずらしたり、反射を利用したり、相手の動きを読んでこちらの動きに引き込まないと!」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
悔しくて泣きそうな熱さと、救われたような熱さが混ざり合う。
ショーでも言われる。
女なのに。
女のくせに、みっともない。
それは男の観客からだけじゃない。女の観客からも飛んでくる。
そして広がる、くすくす笑い。
胸の奥がきゅっと縮み、胃のあたりが冷たくなる。
理不尽‥‥‥。
私だってこんなはずじゃ! って思ってるし!
男の頃はそりゃー騎士相手には勝てなかったけど、
魔法軍の中ではそこまで弱い方じゃなかったし 泣
思わず目頭が熱くなり目に涙を溜めて悔しがっていたら、
慌ててウーリャさんにフォローされた‥‥‥。
「ごめんね‥‥。イリィの吸収が早くてついつい期待しちゃって先走っちゃうのよ。この街の女の子は誰も強くなろうとしないから」
悪い人じゃない。ただ女らしさから飛び出した、結構大変な生き方をしている‥‥‥。
私もちょっと共感できる。
それでも私は、結局皆のためにも、頑張る以外の選択肢はないのだ。
そして元男なので、案外「女なのに」と言われても「元男なんで 笑」と思えば大概のことは耐えられる。‥‥‥耐えられる‥‥そうだと思っている‥‥。
そうこう努力した成果もあって、私達の演武にも、少しづつお客さんも集まり始めたのであった。




