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性別が変わっても俺は私  作者: 蘭熊才王
第一章 火の章
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26. この旅の精算

村長の家は派手に荒らされたらしくまだドアすら壊れたままだった。

斜めに外れた蝶番。

裂けた木目。


俺は一応壊れて開いたままのドアをコンコン叩いてから中に入る。


「失礼します」


床に散らばった書類を集めていた村長が顔を上げる。その表情はどこか硬いものだったけど、


「あー、イル君! 待ってたよ~。座って座って」


俺の姿を見るとぱっと明るくなって、立ち上がり俺の方に近づいてきた。


「まずは本当にありがとう! 君のおかげだよ!!」


上機嫌の村長は俺の手を両手で強く握って握手する。

その手は温かくて、力強い。

‥‥この村を救った実感が、今さらじわりと胸に広がる。


「いえいえ! 村長のお知恵もあってこそですよ~」

「えぇ~!? 私なんかしたっけ?」


村長はキョトンした表情を浮かべる。

俺は上目遣いで、少しだけ意地悪に笑う。

 

「火口の道が通れなくなったとか~」

「はっはっはっはっはっはっはっ」


わざと豪快にした笑い。

笑ってごまかそう作戦らしい。


「忘れていませんよ! 当然報酬は弾んでくれるものだと信じてますけどね!」


自分でも分かる。

声が少し柔らかい。

同じ言葉を使っていると思うのに、女声だと綿毛をまとっているかのよう。


「いやぁ~、美人の笑みってこんな凄味があるもんなんだね~ 笑」

「いやっ、そういう問題じゃなくて!」


いや、言葉遣いが丁寧になっている気がする 笑

これがジェンダー・プレッシャーか。


「分かってる分かってる 笑 ちゃんと弾ませていただきますよ」

「ならいいです。私も、これからも仲良くしたいですからね☆」

「ははははっ」


最後は少し空笑いが混ざっていた。

俺は貸した借りはちゃんと返してもらって満足していた。


不思議なもので、格好が女性になると、自然と丁寧な言葉遣いになってしまう。

ちなみに最後の星はキュリアさんのパクリだ 笑


その後は村長と軽く世間話をする。


火口は危ないので本当に、普段は出口をふさいでいるということ。

今回家族を亡くした家には遺族年金を出すつもりであること。

ゴルドアから不干渉の約束を取り付けそうなことや交易を始めようとしていることなど。


そしてやはり秘密裏に和解金も支払われるらしい。


雨降って地固まるとはこのことだ。この村はもっともっと豊かになるに違いなかった。


「この後はどちらに向かわれるんですか?」

「次は大瀑布ローツか大断崖コルトラッシュですかね」

「またそれは、‥‥遠いですね~」


その後一息ついたら出立する旨を伝えたら、村長からかなりの引き止めを受けてしまう。


「せめて皆が落ち着くまででいいので、イル君とゲイルさんにいてもらえると嬉しいのですが ―――」


正直、心は揺れた。

この村は正直居心地がいい。優しく、俺をそのまま受け入れてくれる。キュリアさんもいる。


でも ―――

このままここに居続けたら

このままここに満足してしまいそうで怖かった。


俺にはまだ、取り戻すものがある。

俺は村長の誘いを固辞して部屋を後にする。


報酬は部屋を出るときに小袋に入れて渡された。


中に金貨6枚も入っている!

約束の倍!


いくら何でもこれは多すぎではと思っていたら村長から、


「魔導王国の方々には、ゴルドアの件は‥‥‥」


という一言があった。口止め料込みということであった。

もちろんこちらも魔導王国に追われている身だ。

わざわざ言うつもりはない。有難く受け取る。


稼ぐ手段が限られている俺にとって、お金はとても貴重なものだ。

この金貨一枚一枚が、生きるための時間。


「ゲイルさんによろしくお伝えください。ゲイルさんには既に報酬をお渡ししていますので」



キュリアさんの家に戻ってきてすぐ、決意が揺らぐ前にゲイルを部屋に呼び出す。


「いままで色々ありがとう」


俺は約束より多めの金貨3枚を手渡す。


これでも村長の給金より圧倒的に少ないため申し訳なさ感が半端ない。

本当はこんなみみっちい額じゃなくてもっと渡したい。

でもそれはそれで、お金でゲイルを買っているようで違う気がした。


「なんつーか、みずくせーなー」


ゲイルは俺の手を押し戻して、お金を受け取ろうとしない。


ただこればかりは、ありがたくというわけにはいかない。

とてもお世話になったゲイルに対して、無償というのは俺の価値観が絶対に許さなかった。


再度ゲイルの手に無理やり金貨を乗せて、絶対譲るつもりがないことを語調に込めて強く言う。


「俺の気持ちもこのお金に込めているんだ」


語気を強くしても高い女声だとやっぱり迫力がない。

その代わり、目で伝える。


絶対に、”譲れない” !


ゲイルはしばらく俺を見つめたあと、


「‥‥分かった」


と短く言った。


その一言が、胸に沁みる。


「でも途中までは同行させてくれよ。どうせ俺もナムルまで戻らないといけねーし」


俺も自然と笑顔になる。


「うん、分かった、途中までなら。でもそれ以上は絶対に甘えないようにする」


また、何を言っているんだという顔をしている。


「これは俺のケジメなんだ」


そこ言葉を口にした瞬間、すとんと自分の中で何かが固まる。


自立。


それは孤独を選ぶことでもある。

でも、俺は逃げない。

自分の足で立ち上がるために、一人、旅に出たのだから。


「はぁー、分かったよ」


自分の気持ちがしっかり伝わって、口端から嬉しさがこぼれてくる。

思いっきり力をこめてゲイルの手を握る。


やっぱりゲイルは俺の理想の兄貴だ!


非力になった俺の力でちゃんと伝わったかどうか分からない ――― 伝わっていると嬉しいな。

ほんと、身長が同じくらいなら肩を抱き合って、感謝の気持ちを伝えられるのにな~。


‥‥と思ったら握った右手を引っ張られ、いきなり抱き寄せられて、頬に軽くキス。

心臓が跳ねる。

触れたのは一瞬なのに、そこだけ熱が残った。


「なっ‥‥!」


伝わっているらしい。

悔しいけど、嬉しい。


そのまま、キュリアさんとボレルさんにもお礼をしに行く。改めてになるとちょっと緊張してくる。

俺は、手のなかに銀貨3枚を仕込んでキュリアさんと握手する。


「なにこれ?」


台所のキュリアさんは、眉間がほんの少し寄っている。


「キュリアさん色々ありがとうございました!これは感謝の気持ちです。」

「なに言ってるの!? 私達の好意でやったことなんだからこんなの受け取れないわ。それにこの村はあなたたちに返しきれないほどの恩を受けた方なのよ」


キリリとした表情でそう言って手をほどこうとするところを、両手で優しくそしてしっかり包んで離させない。


「村のお礼は村長から受け取ってます。これはお二人へのお礼です!」


おれはゲイルの時と同じく、じっとキュリアさんの目を見つめている。


「はぁー‥‥‥」

「イルは強情だもんね。分かったわ」


キュリアさんはため息をついて、しょうがないかのように笑った。


「ありがとうございます!」

「でも今晩まではうちに泊まってくれる? お祝いの食事をたくさん用意しちゃったのよー」


本当は別れがたくなるので、今日のうちに出発しておきたかった。

でもキュリアさんが譲るつもりがないことも分かっていた。

はー、どっちが強情なんだか‥‥‥笑


「‥‥‥分かりました。今晩はお言葉に甘えます」


キュリアさんはニコッて微笑むと、


「じゃあ今日は豪勢な料理にしないとね!」

「おお! やったー!! ゲイル、今日は飲み明かすぞー!!」

「おぅ! 大宴会だーー!!!」


ボレルさんまで悪乗りしてくる。

ゲイルもなにか吹っ切れたのかその悪乗りにのっかっていた。


「さーイルは、料理手伝ってね☆」

「あっ、はい‥‥‥」


やっぱキュリアさんはキュリアさんだった。

うまく丸め込まれて、”嘘つき” と文句を言う瞬間を逃してしまった‥‥。



最後の晩は本当にいつまでも忘れられない楽しい時間になった。


俺はキュリアさんの料理を手伝いながら、いろんな話をキュリアさんとする。

キュリアさんがここに来るまで、麓の街の酒場でウェイトレスをやっていたこととか。

その頃男どもにモテてしょうがなかったこととか。

色々あったけど、結局話していて一番楽しかったボレルさんと一緒になったこととか。

子宝はなかなか恵まれてないけど、これはこれで楽しいこととか。

ゆくゆくは宝石細工師になりたいという夢があることとか。

そのために少しずつ空いた時間で練習していることとか。


キュリアさんと話しているだけで、宝石のようにキラキラ輝いた人生で、何か幸せのおすそ分けをいただいているような気がしてくる。


俺はキュリアさんの人生ビジョンを聞いていて、なんか自分が恥ずかしくなって、キュリアさんにずっと胸に引っかかっていたことを吐き出す。


「キュリアさん、怒ってくれていいんですけど、俺のダメなところ聞いてくれますか?」


「な~に? 急に 笑」


「俺、自分が男だったとき、女の人って何も考えてなくて、誰かに頼ったり誰かについて行く人種だって思っていました。自分の母親がそういう人だったので。」

「そうなの~?」


キュリアさんはただにっこり微笑んで、先を促してくれる。


「でも今は、自分は母と向き合っていなかっただけじゃないかと思います」

「母がなにを考え、なにを望み、何を夢見ていたのか。俺は分かろうとしていなかったと」

「なんか女ってそういうもんだって勝手に思いこんでいた気がします」


女は血筋さえあればいい。それが王国の伝統。

自分の母を、勝手に型に押し込めていた。

理解しようともしなかった。

キュリアさんは怒らない。

ただ聞いてくれる。


「なるほどね~。で、今はどう思うの?」


「男だろうが女だろうが何が違うんだろう?って」

「俺はまだ自分が男だと思っています。男であり続けていると」

「でも男でいたいとか、女になりたくないとか、そんなんじゃない気がしてきました」


キュリアさんは料理の手を止め、俺に向き直って話しかけてくれる。


「そっかーそうだねー。‥‥‥じゃあ一つだけ」


俺の目を真正面からしっかり見つめるキュリアさんの綺麗なブラウンの瞳。


「イルは私の息子でもあり、娘でもあるの。イルが男でも女でも、私にとって大事な子供であることに違いはないわよ」

「イルは優しくて強くて賢い本当に良い子。それは私の誇りよ」


その言葉で、胸の奥が崩れた。

息子でも娘でもある。

どちらでもいい。

イルはイル。


涙が滲み、頭を下げたまま思いっきりキュリアさんに抱きつく。


前のような身長差はなくなって、もう大人になったかのような勘違いをしていた。

でも、まだまだ身長130cmの子供のままだった。

キュリアさん俺の頭を優しく何度も撫でてくれる。


この人に出会えて本当によかった、

そして自分は本当に幸せ者だ。

キュリアさん、ボレルさん、ゲイル、村長、村のみんな。

こんなにも素晴らしい人達に囲まれて、皆の優しさをこの身で感じている。


この人たちの優しさを、次は誰かに渡す側にならないといけない。

それが俺の役目だ。


――――――


その夜は晴れて成人に戻った俺にも、少しだけお酒が振る舞われた。

久しぶりのお酒で簡単に酔ってしまった俺は、あんまりはっきりとは覚えていないけど、大好きな人達に囲まれ、大好きな料理を楽しんで、この夜の匂いと温度はきっと一生忘れない。

本当にみんな大好きだ!


ただひとつ。

酔っ払ったゲイルが妙に慣れ慣れしくうざ絡みしてきたことだけ、

酔いが醒めたら文句つけてやろうって思ってたところだった 笑

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