24. 初めての経験
次の日は朝から調子が良くなかった。
昨日あれだけ色んなことをやったのだからしょうがないと言えばしょうがない。
魔力切れを起こしたのも久しぶりだ。気が緩んで風邪をひいてしまったのかもしれない。
なんかお腹の奥が鈍く、重く、握りつぶされるように痛い。世界を一枚薄紙を挟んで見ているように頭がぼぅっとする。
ヒールを何回かしてみたが、痛みが丸くなるぐらいで、鈍さの芯はとれなかった。
「うーん、風邪でない? なんだろこの怠さは‥‥」
魔術師は健康に無頓着だ。病気なんて魔法で治せばいいぐらいにしか考えていない。
ただ重い病気や怪我の場合はヒールでも治せないことはあるし、もし魔力回路に関する問題だとすると専門の治療院に行かなければ治らない。
ただそんなのは普通一生に一度あるかないかだ。
ちなみに俺は既に3度はお世話になっている。やっぱヤンチャしすぎなのかもしれない 笑
今日はやる事がたくさんあって、いつまでもダラダラしているわけにはいかない。
着替えをしながら、何が原因なのか悩んでいたら、お腹の下の辺りから熱いものが来る感覚があった。
そして、それが、どろっと出てきた。
「うげあぁぁ!?」
俺はつい叫び声をあげてしまう。
自分の声なのに自分でないかのよう。
その声を聞きつけたキュリアさんが部屋に飛び込んでくる。
「どーしたの!?」
キュリアさんは一目でさっと状況を把握し、顔を柔らかくして、
「ちょっと待っててね」
と言い残して部屋を出て行った。
部屋の向こうではボレルさんやゲイルが「どうした?どうした?」って騒いでいたが、キュリアさんが制止して向こうに追い返してくれたようだった。
そのままお湯と何枚かの布をもって戻ってきてくれる。
「初めてなの?」
脚についた血を拭きながらキュリアさんは優しく尋ねてくれる。
一瞬何が!?って頭が混乱したが、冷静に考えれば話は一つだった。
生理のことだ。
「はい‥‥‥」
俺はまだ認めたくない気持ちでいっぱいだった。
俺は男だ。男の俺が生理?
なんで!?
おかしくないか?
理屈がない!
壊れている!
どうしても理不尽だと思ってしまい、イライラした感情が沸々とこみ上げてくる。
「そう。じゃあ色々教えてあげるね」
キュリアさんはキレイにしてくれながら、優しく色々なことを話してくれた。
俺はただ黙ってキュリアさんの話を聞いている。
病気でもなんでもないこと。
月に一度は訪れること。
数日間は血が出るからあまり外を動き回らない方が良いこと。
でもあまり動かないと血の流れが悪くなって重く感じるようになることもあること。
重くて痛いときは温めると少し楽になること。
そして動きたいときは布を腰と股に巻いて股の所に使い古した布をあてておけば万が一出ても汚れることは無いこと。
布は頻繁に洗わないと雑菌が繁殖して臭くなるし、病気の元になること。
人によっていろいろ違うけど、気持ちまで重くなることがあること。等々。
あまりに怒涛な内容で、俺はとにかく戸惑っていた。
ある程度は知っていたけど、同時にほとんど分かってなかったことに気付かされる。
これから毎月これに悩まされると思うと目の前が真っ暗になる。
どうやって旅を続けたらいいんだ、これ‥‥‥。
火口に辿り着いて、やっと取り戻したはずのものが ―― また指の間から零れていく気がした。
「そしてこれは大事なことだからちゃんと言っておくね」
「イルの中にこれからは赤ちゃんの種ができたということなの。だから無暗に男の人に近づかないようにしないとね」
これは、元男の俺の方がよく分かっている。
男には強い性欲があり、同年代の女がいると目で追う。
胸や尻の線で、簡単に興奮する。
止められない“オスの衝動”。
魔法軍の仲間内でも、下品な話で盛り上がっていた。
俺も一緒に笑っていた。あの頃の自分を思い出して ―― 胃がひやりとする。
‥‥‥俺は、今 “狙われる側” なのか。
それは恐怖というより、今の俺には "屈辱" ‥‥‥。
キュリアさんが立ち上がる。
「今日はこのまま部屋の中でゆっくりしててね。じゃあ何かあったら呼んでね~」
「あっあっ、あのっ‥‥‥」
「ん、なに~?」
「他の皆には‥‥‥」
「分かってる、分かってる。ちゃんとうまくごまかしておくから」
「‥‥‥すみません」
キュリアさんはそういうと部屋を出て行った。部屋に残された俺はどこに座るかから悩んでしまう。
ベッドは汚しちゃうしな~。となると椅子の上に布を引いて座るしかない。
椅子の上に ――― ちょこんと座る。
自分が、急にちっぽけになったよう。
俺はどのくらいの頻度でどれぐらい出るのかも全くわからなかった。不安を紛らわすかのように、とりとめもなく考え事を始める。
これからどーしよ。
次の聖地には絶対向かいたい。まだ土と水と風が残っている。
生理が終わったあとなら多分問題ないはずだ。
ただこれ以上ゲイルを連れていくのは酷だし、無理がある。
お金を稼ぐ手段がない今、いつまでも雇い続けられない。
ゲイルと離れるのは寂しくて辛くてとにかく嫌だ!と思う自分もいる。一人旅は大変すぎる。
でも他方でダメだ!自分の都合に人を巻き込むべじゃないということも理解していた。
それにいまならまだ戻れる気がする。
そのまま何時間経ったのだろうか。
気付いたときには体全体が熱くなり始めていた。
最初は生理の影響かなと思っていたがなんか変だ。
自分の深いところにある魔力回路が意図せず動いている感じがする。
なんかヤバイ?
その度合いは加速的にひどくなってきた。
ぼんやりするだけでなく、頭がグワングワンまわり始めた!
一緒に世界までぐるぐる回り始める!
ヤバいっ! 意識が飛ぶっ!
「‥‥‥っ!」
キュリアさんに助けを求めようと声を出した気がするが、ちゃんと声になっていたかは分からなかった。
俺は椅子から転げ落ち、そのまま意識を失ってしまったのだった。
そして三日三晩寝込むことになる。
――――――
後から思い出せば、以前にも似たようなことがあった。事故後、身体が小さくなったあの時だ。
あの時も耐え切れないぐらいの高熱が出て、体中がピキピキきしんでいる音がしていた。
寝込んでいる間のことはずーっと曖昧。
ただずーっと悪夢を見ているような。
ただ気持ち悪さと戦っているような。
今回もあの時と似たような感じだった。
そして次、目が覚めた時は同じ部屋のベッドの上に寝かされていた。洞窟のゴツゴツした低い天井が見える。
まだ頭がぼーっとする。
なんとなく身体の節々が痛くて、体全体が重い。
「う、う~ん」
「あっ、目覚めたーっ!みんなイルが目を覚ましたよーー!」
横からキュリアさんの明るい声が聞こえてくる。ベッドの横でキュリアさんが椅子に座って俺を見ていてくれていたのだった。
その目には涙があふれ、心の底から喜んでくれている。
俺は大丈夫と右手を上げようとして ――― 戸惑う。
腕が伸び、手が遠く重くなったような感じがする?
『イル~~~~』
『心配してたんだぞ―!』
扉がバタンと開いてゲイルとボレルさんが飛び込んできた。
二人とも俺の上げた右手を握りしめて泣きながら喜んでいる。
「だ、だいじょうぶだから。」
声が、少し低い。
自分の耳に届く音が、自分の記憶とズレている。
えぇ‥‥?
強い違和感が俺を襲う。
頭に霞がかかっているようであまり考えがまとまらない。いろいろ聞かなきゃいけないようなこともあったような気がする。
ぼんやり皆が泣き笑いしているのを見ていたら、あれがまた出てきた。
まだ終わっていないみたいだった。
「ぁっ‥‥‥」
「あっ?! どうした!?」
ゲイルが過剰に反応する。俺は助けを求めるようにキュリアさんに視線を送った。キュリアさんはすぐにその意味を気付いてくれた。
「さぁさぁ、まだ病み上がりだからね! 男共は外に出る!」
「ええぇ~~、早くね~か~? 俺達も散々心配してんだぞ~」
扉が閉まる。
キュリアさんがゲイルたちを部屋の外まで追い出したことを確認して、体を起こして自分できれいにしようとした。
まだ体が重いし、頭がクラクラするけど起き上がれないことは無い。汚しちゃう。
バサッ、銀髪が自分の視界を覆い隠す。
なんか髪が異様に伸びている‥‥‥。
「あーもう、まだ無理しちゃだめよ!」
部屋に戻ってきたキュリアさんが、慌ててベッドのそばに駆けよってくる。
どうやらベッドの上に敷物を敷いてくれているようだった。ベッドを汚した心配はなさそう。
髪を後ろに払い、血をきれいにしようと自分の股に手を伸ばしたところで気付いた。
なんか肩の皮が引っ張られる。
重い‥‥。
育っていた‥‥‥胸が、体を曲げて下に垂れる物体に気付く。
というか体全体が‥‥育っている。
身体全体に丸みを帯びていた。
なんだろうこの違和感は、どんどん心の中の俺が身体に置いてけぼりにされていく感覚。
魂が剥がれてしまうような恐怖‥‥‥。
当て布を変えるときに下腹部に少し毛が生えているのが見える。
本来の年齢に身体だけ戻ったようで、性別は置いてけぼりにされたままだった。
俺は男だ。少なくとも男のつもりだ。
俺は今、元の自分のままで居られているのだろうか。
それとも俺は何か他の者になってしまったのだろうか。
あの頃のようにヤンチャして戦いを挑んでいく世界から、家で子供を護る世界に変わらなきゃいけないのだろうか。
もうリオは俺を男友達として認めてくれないのだろうか。
数々の問いが、胸の奥でどんどん膨らんでいく。答えは出ないのに、不安だけが形を持っていくのだった。
漠然とした恐怖に、ただ飲み込まれ続けているのだった。
"俺は、俺なのか?"




