22. クォーレ火山の火口
坑道の中はところどころに蝋燭が灯されていて、歩く分には十分な明るさとなっていた。
ゲイルは無事逃げおおせただろうか。あの攻撃で何人やられたのだろうか。
色々気になることはあったが、今の俺はただ皆に従うぐらいしか出来ない。
振り替える余裕はみな無い‥‥。
いくつもの分かれ道を辿って1時間ぐらい歩いただろうか。
とある曲がり角を過ぎたとき、それは突然目の前に現れた。
明るい日の光が見え、鼻をつく強い硫黄のにおいがしてくる。
暗さに慣れた目だと明るすぎてその先に真っ白に色塗られ何があるかまるで見えない。
俺は目の前に手をかざしながらゆっくりその出口に近づいた。
そこはすり鉢状になったまさに火口の内側であった。辺り一面砂と大きな岩ばかりで草一つ生えていない。
はるか下の方では白い煙と赤いマグマがうっすら見えている。
坑道の出口には先に避難してきた村人が疲れてあちらこちらで座っていた。
疲れ切った顔。蒼い顔。泣き腫らした目。
誰も声を出さない。声を出せない。
‥‥なのに俺だけ、
場違いに息を弾ませ目を輝かせてしまっていた。
ようやく!
ようやく、だ!!
火口にたどり着いた!!
俺はこの火口にすべてをかけて王国を飛び出してきたんだ!
もう自分を止めることが出来ない。
そのまま滑るように火口へ駆け下りていく。
「イル! ダメよ!! 危ない!! 火口は毒を持っているのよ!」
もし俺が以前の俺で、火口に近づくバカが居たら俺もそう声かけていただろう。
でもこれが、生き残るための、以前の俺を取り戻すための、人生最大の賭けなんだ。
ごめんっ!
キュリアさんや周りの制止の声を無視して俺は一気に下へ下へと滑り降りていく。
あっと言う間に火口近くまで降りてくる。
それはすべり落ちるというより転がり落ちるといった方が近いかもしれない。
深い砂地が駆け下りる俺をやわらかに受け止める。
ただ火口に近づけば近づくほどマグマで熱せられた水蒸気の熱気が濃い硫黄濃度と共に喉や肌に襲い掛かってくる。
「ゲホゲホゲホッ」
喉が焼ける痛みが半端ない‥‥‥。もう空気じゃない‥‥。
これ以上近づくの危険だと頭では分かっている。
それでも俺は歩みを止めない。目の前に見えているんだ俺が望んだものが!
『ヒール』
治癒魔法をかけながら一歩一歩、マグマに近づいていく。
下に近づくと喉だけでなく肺の痛みやめまいもするようになってきた。
俺をここまでかきたてるものが何なのかもはや自分でもよく分かってはいない。
ただただ、マグマに近づくことで何かを得られることだけは自分の身体が理解をしていた。
高熱で肺が焼けて息ができない、鼻の奥も焼かれてしまい匂いも感じられない。
身体機能の回復が間に合わなくなりそう。
マグマはもう目の前にあるが、高温に熱せられた水蒸気のせいで前をまともに見ることもできない。
俺は満身創痍のこの状況でも、痛みをほとんど感じず、止めようのない喜びだけを全身で感じていた。
ついに!ついにこの時が来たのだ!
マグマの灼熱の熱さが間近に迫っている!
求めていたものがついに!ここにっ!!
そして、それが、
火の形をまとったオレンジ色の火の妖精が、
自分の中に飛び込んできた!
”ただいま”
それが聞こえた気がした。
自分の中でその妖精の存在を意識した途端、その力は元からあったかのように自分の中を巡り始める!
懐かしいオレンジ色の熱い魔力!
おかえり!
『フ゛ァイアス゛ト゛ーム』
喉が焼け、声としてはまともに発音できなかった魔法詠唱だが、俺の魔力回路は完璧にそのイメージを形作っていた。
オレンジ色に光り輝く8つの柱がうねり絡み合う旋風のイメージ!
今度こそ俺の魔力回路がイメージ通りに反応する!
そこに自らの火属性魔力を流す。
『ドンッ』
突如現れた炎の竜のような巨大な火柱が、耳をつんざく轟音と共に俺の上に一気に吹き上がる!
その炎は、砂を、岩を、そして水蒸気や空気までも周りにあるすべてのものを巻き込みながら、上へ上へとさらっていく。
久しぶりの火属性魔法に自分の防護まで気が回らず、自分の服も一部燃えだす。
そうこれが ”火災旋風” だ。
とある大都市で発生した大火事では、この火の柱が何千人もの命を一瞬で奪ったと聞く。
火災旋風は金が溶け始める温度にまで達する。溶解炉が自然現象となって外に表れているようなものだ。
炎は渦巻ながらどんどんその高さを伸ばしていく。
それはまさに火山噴火そのもののようであった。
この瞬間に、あらゆる思考や溜まっていた思いがすべて吹き飛んでいった!
全身の毛が全て逆なでされているようで体中がゾクゾクする!
あぁ‥‥っ!
ついに!ついに!!俺は!!
俺はーーーー!!!
――――――
全てを吹き飛ばしてスッキリした俺は、『ファイアストーム』を終了させ、少しづつ現実に戻ってきた。
周りで火炎旋風で巻き上げられた岩や石が空からぱらぱらと落ちてきている。まずは皆の所に戻らないと。
興奮が冷めてくると少しずつ体中の痛みが戻ってきた。
引き続き息はほとんどできていなし、身体のあちらこちらが大やけど状態。
興奮で痛みが麻痺していた分、全身を針で突くような痛みが身体中をなぶる。
俺はふらふらしながらゆっくり、空気を求めて上に戻り始めた。
上の方からみんなの叫ぶ声がぼんやり聞こえる。
ふとその中に低い聞き慣れた男の声が聞こえたような気がした。
遠く上の方から誰かが叫びながら滑り降りてくる。
砂を蹴って、無茶な速度で。
――― ゲイルだ。
「あ゛‥‥‥あ゛ぶな、ぞ」
喉が治っていなくて、声が形にならない。
俺は必死に手を振り、近づくなと伝えようとする。
ようやく周囲の気温も下がってきて、『ヒール』で徐々に戻りつつあるが、まだまだ色んな所が高温で焼けただれたままであった。
でも自分の足も、砂に取られて思うように登れない。崩れてくる砂に焦りだけが増す。
どうにか村人たちの顔を判別できるところまで戻ってきた。
坑道の出口に集まっている村人たちが祈るように俺たち二人を見ているのが分かる。
俺は手を上げて、大丈夫なことを示すために笑う ―――――― 顔が引きつってうまく笑えない。
はははは‥‥‥。
思った以上にひどい状態。
ここまで登ってくれば普通に息はできる。
そして何よりゲイルの降り方が危なすぎる。転べば終わる。
‥‥‥感動の再会、なんて甘いものじゃなかった。
ゲイルが目の前に来た瞬間、怒りの気配が風圧となってぶつかってきた。
「や、ゃぁ」
情けない声しかでない‥‥‥。
ゲイルはとても怒っているようで、何も返事をしてくれない。
いや‥‥本気で怒ってる。
「ごめんなさい‥‥‥」
しゅん、と項を垂れた瞬間、ゲイルは自分のマントを羽織わせてくれた。
そこで初めて気づく。
――― 服は修復できていない。
俺は全裸に近い姿で皆の前を歩いて‥‥‥た?
恥ずかしさが全身を駆け巡って、耳まで熱くなる。
やばい、やばい! めちゃくちゃ恥ずかしいっ!!
緊張の糸が切れたのか、膝の力が抜け、そのままへなへなと座り込んでしまう。
俺はマントを両手で抱え込み、顔も上げられない。
ふわっ‥‥。
「ぇっ!?」
急に自分の身体が宙に浮く感覚がして、視線が高くなる‥‥。
ゲイルが俺を抱え上げている。
それもお姫様抱っこだ‥‥‥。
「ゃ、ゃめぃ」
声がちゃんとでない‥‥。
全身火照った茹でダコ状態になり、心臓が暴れ出している。
ゲイルはまだ怒っているようで何も言わない。。
俺は俺で、ゲイルの腕を振り払うほどの元気は残っていないのであった。
俺はただただ恥ずかしくて、ゲイルの胸元の服を掴んで顔を隠すだけであった。
ゲイルは俺をそのしっかりした太い腕で抱えて、皆の元までゆっくり戻っていく。
俺は恥ずかしいような嬉しいような複雑な気持ちに、いつまでも自分に戸惑っていた。
見た目はどうあれ、中身はまだ男のつもりなのに――。
ようやく皆の前に戻ると、村人たちが輪を作って寄ってきて、泣きながら喜んでくれた。
キュリアさんは震える手で俺を抱きしめ、なかなか離してくれなかった。
俺はなんていうか、ただただ別の意味でも恥ずかしかった。
こんなに皆に心配をかけて、自分勝手な行動をとって、なんでこの人達はこんなにも優しいんだろうか‥‥‥。情けない‥‥。
そして同時に‥‥‥正直にいうとなんか‥‥嬉しかったのだ。
なんか皆に認められているような気がして、とても、とても嬉しかったのだった。
事故で女になり、関係あるのかはっきりとは分からないが基本四元素の魔法も使えなくなってた。
”女魔術師は基本四元素を使えない者ばかり”
でもそれは女という生物的要因なのか、魔法学校にいけないという環境要因なのか、そもそも女が四元素魔法を使うことを好まれないという文化的要因なのかそれは分からない。
はっきり言って真実は誰にも分からない。
ランダム化比較試験でもやらない限りは。
実は、もう使えなかったらどうしようと不安に怯えた夜は何度もある。
そうなったら俺に何の価値があるのかと。
それでも信じたかった。
性別が変わったからって、俺が俺じゃなくなるはずがない、と。
俺は俺だ。
女になろうと俺は俺なんだ。
男であった俺が俺で、女になった私が私じゃないなんてあるわけがない。
そして ――
このクォーレ火山で、それは “体で” 証明された。
火属性魔法は、戻ってきた。
俺の中に、確かに戻ってきた。
”男だろうが女だろうが、人は人だ”
―― それは、俺がこの身体で掴んだ ”答え” だった。




