その時が来ました…
その時は突然やってきました。翌日の朝、急にリシャール様から訪問したい旨の前触れがあったのです。こ、これはもしかして婚約を断るとのお返事…でしょうか…だとしたら…
(それって、傷口に塩どころか岩塩でこじ開けて胡椒を塗り込まれるのと同じなのですけれど…)
いくら返事はするものだとはいっても、現状でのそれは私には逃げ出したいものでした。こうなったら具合が悪いと言って断りを…と思ったのに…
(…お母様、勝手に快諾しないで下さい…)
何故か既にお母様によってそれは阻止されていました。しかも…
「お嬢様、シャキッとなさって下さい!そんなんじゃ幻滅されてしまいますよ!」
コレットも容赦がありません。いえ、コレットには随分心配をかけていますし、確かにここ最近の私は鬱陶しいのでしょうが…でも、もう少し言い様があると思うのは甘えでしょうか…
(生まれて初めての失恋なんだから、ちょっとくらい嘆いてもいいじゃない…私は鉄の心臓を持っているわけじゃないのに…)
何度も鬱陶しいと言われると、別の意味でやさぐれたくなります。これでも我慢していますし、ストーカーにならないだけ褒めて欲しいくらいですのに。恋愛小説では涙に溺れそうとか、食欲がなくなって倒れたなんて書かれていますが…さすがに溺れるほど涙なんて出ませんし、食欲は減ってもお腹が空くのは普段と変わりません。私はまだマシな方かと思っていましたのに…
(でも…確かにいつまでもうじうじしていても仕方ないわね)
心の奥にある重い何かを吐き出すようにため息をつくと、私は一番お気に入りのワンピースに着替えてリシャール様を迎える準備をしました。確かに最後くらい情けないところなど見せず、綺麗に終わりたいと思ったからです。
「……」
「……」
リシャール様はお父様達とお話した後、私の元にいらっしゃいました。応接室の一つで久しぶりにリシャール様にお会いしましたが…
(な、何を言えばいいの…)
挨拶はしましたが…覚悟を決めて挑みましたが、やはり直にお会いするのは心臓に悪すぎます。しかも用件が用件なので尚更です。こういう事はお手紙でよかったのですが、そうはいかないのが貴族社会ですし、お父様が代わりに…と思ったのですが、お父様は王宮に呼ばれて行ってしまったそうです。
「ラフォン嬢」
「は、はい…」
いよいよその時がやってきたようです。私は膝の上に置いた手をぎゅっと握って、その時を待ちました。断られても返事は一つ、「承りました」です。ここは潔く振られるのが私の役目なのです。取り乱したりしないよう、これ以上負担をかけないよう、私は心の中で何度も言うべき事を繰り返しました。ええ、最後くらいは噛まずにちゃんと答えられるように。
「私などに求婚して頂き、ありがとうございました。私は爵位も何もない身でございますが、それでもよろしければ…謹んでお受けいたします」
「…は、はい。非常に残念ですが…承りました。これまで…ありがとうございました」
噛まずに言い切った…と、満足感が心の中に広がりました。




