あの夜の真相
「な、何を仰るのです、アドリエンヌ様…」
「あら、何をって…本当の事でしょう?」
小首をかしげてさも不思議そうな表情のアドリエンヌ様。奇天烈姫との名が信じられないような可憐さですが…言っている事はとんでもない爆弾発言です。こんな人前で話す事ではないでしょう。いえ、もしかしたらそれが目的なのでしょうか…
「私とエルネスト様の間には何もなかったわ」
「何を仰って…」
「だって、私と契りを結んだのはエルネスト様ではなく、レオナール、貴方でしたもの」
「な…!」
「…は…?
「ウソ…」
アドリエンヌ様の告白に男性は益々目を見開き、エルネスト様は口を開けたまま固まり、ドミニク様は口元に手を当てて呆然としています。そしてアドリエンヌ様は…不気味なほどの笑顔で、この場では酷く異質に見えます。彼らを囲む私達もまた驚いて思考が停止しそうな勢いですし、私もさすがにその展開は想像していませんでしたわ…
「…な、何を仰るのです、アドリエンヌ様!言っていい事と悪い事が…!」
「あら?国は、いえ、お母様は私よりもリスナール国との関係を選んだのでしょう?正直に言えばいいじゃない」
「…な、にを…」
「私が気付かないとでも思って?あの夜、エルネスト様は酔いつぶれて眠ってしまっていた。しかもレアンドル様の部屋で。だから貴方はお母様の命に従って、彼の代わりに私を抱いた」
「…あ、アドリエンヌ…様…」
淡々と指摘するアドリエンヌ様に対して、レオナールと呼ばれた男性はいつもの冷静な態度をすっかり失っています。
「部屋を真っ暗にしていたのは、エルネスト様の姿を隠す事と、自分だと私にばれないようにするためだったのよね」
「な、なにを…」
「あら、はっきり言えばいいじゃない。私をエルネスト様に押し付けるつもりだったと」
「なんて事を…!そんな事をする理由がどこに…」
「あるわよ。嫁ぎ先のない私にそれなりの結婚をさせるためでしょう?計画ではあの部屋にはレアンドル様が来るはずだったのに、彼は酔ったエルネスト様を連れてきた。それを知った貴方たちは…計画がバレたと思って焦ったんじゃない?」
「な…」
「そこで貴方たちは当初の予定を変更して、私とエルネスト様を縁付けることにした。相手は我が国よりも国力のある王子ですもの、これ以上ない相手ですものね」
「……」
アドリエンヌ様の冷静で淡々とした指摘に、レオナール殿はただ驚き目を見開くばかりでした。彼女がこんな風に話をするのも意外ですが、それは彼にとってもそうだったのでしょうか…
「ふふっ、もう嫁ぎ先が絶望的だった私に最後のチャンスのつもりだったのだろうけど…」
少しだけ寂しそうな笑顔を見せたアドリエンヌ様でしたが…
「私、レアンドル様以外の方を夫にするつもりはないの。それくらいなら…私は…」
次の瞬間、これ以上ないほどの花のような笑みを浮かべました。
「な…?!」
「ふふっ、レアンドル様が夫になって下さらないのなら…それ以外の男と添い遂げるくらいなら、死んだ方がましなのよ!」
そう言ってドレスのスカートの中から取り出したのは…銀色に光るナイフでした。手のひらサイズの小さそうなそれはでも、人を殺めるくらいの長さはありそうです。
アドリエンヌ様がそのナイフを掲げるように高く上げるのが見えました。そのナイフが向かう先は…
(ダメ!そんなの!)
アドリエンヌ様のただならぬ雰囲気を感じ取った私は、咄嗟に走り出していました。だって、そんな事をしたら…
「いけません!」
ドレスで動きにくいことこの上もありませんが、今は一刻を争います。私は間に合うようにと祈りながら、ナイフを叩き落すために手にしていた扇を振り下ろしました。




