黄昏ています…
「お嬢様、何を黄昏ているのです?シャキッとなさって下さい」
リシャール様がお帰りになったその日の夜。私は一人、ベッドの上で頭からシーツを引っ被っていました。多分、生まれて初めて本当の意味で落ち込むという状況に陥った様に思います。言うまでもなく、リシャール様に呆れられてしまったからです。あの後、両親たちのいる応接室に戻った私達でしたが、その日は婚約の話には至らず、マルロー子爵は持ち帰って再度検討してお返事します、と仰いました。それはつまり…
「…だって…生まれて初めての失恋なのよ…」
「はぁ?」
「きっとリシャール様に呆れられたんだわ。だって、いきなり結婚して欲しいなんて、女性から言う言葉じゃないもの…」
そうです。我が国はまだ男尊女卑の風潮が残っているので、結婚に関しては女性から求婚するなんて一般的ではないのです。そりゃあ、貴族なら政略絡みで女性側から持ち掛ける事はありますが、それは親の仕事です。当の本人が、令嬢が求婚するなんて、かなりレアなケースと言えましょう。
しかも圧倒的に我が家の爵位が上なのに、持ち帰られてしまったのです。これはもう、断る方向にマルロー家が舵を切ったとしか思えません。あの場ではっきり言わなかったのは、たぶん我が家の面子を傷つけないためなのは明らかです。商売人であるマルロー家ですから、きっと我が家と私が傷つかないよう、やんわりと、でも明確に断って来るのでしょうね。初恋がこんな形で終わったら、誰だって落ち込むと思うのです…
「最初は断られても諦めない。私を好きになってもらえる様に努力する!と仰っていたのはお嬢様でしょ?」
「それは、そうだけど…」
「だったら!そんな風に鬱陶しくしていないで、次の作戦でもお考えなさいまし」
「酷いわ、鬱陶しいだなんて…」
恨みがましく思いながらシーツからのぞくと、コレットがやれやれと言いたげに頭を振っていました。
「まだ失恋したと確定した訳じゃありませんでしょう?お断りされていないのですから。これくらいの事で落ち込んでいたら、彼に群がる女性に対抗できませんわよ。いいんですか?こうしている間にも彼狙いの女性が押しかけているかもしれませんよ?」
「だ、ダメよ、そんなの!!!」
「そうは言っても、あの方は店のオーナー。女性を邪険には出来ないでしょうからね」
「そ、そんな…」
コレットの言葉に、私はありありとリシャール様に女性が群がるのが想像出来てしまいました。そうですわ、あんなに素敵な方ですし、しかも女性向けの人気の服飾店のオーナーなのです。客の立場を利用して彼と親密になろうとする女性なんて、掃いて捨てる程いそうです…
「さぁさ!落ち込むのは後ですわ。本当にお好きなら、本気で振り向いてもらえる様に頑張るしかありませんよ!」
「そ、そうね…」
コレットの勢いに押された私でしたが…確かにコレットの言う通りです。このまま他の女性にリシャール様を奪われるなんて、絶対に嫌です。振られるとしても出来る限りの事はしたいです。
「コレット、私、頑張るわ」
ええ、このまま不戦敗なんて私のプライドが許しませんわ。振られる日が来るとしても、振り向いてもらえる様に努力を怠たるなんて敵前逃亡と同じですものね。




