何やら訳アリです!!~有能侍女は王女様の代わりに『戦場の鬼神』の花嫁候補になる~
「やってくれましたね……、あの馬鹿王女っ!!!」
ストリアナ王国の第二王女付きの侍女である、アメリアは、ガランとした王女の控室を見て、声を荒げた。
ツェルニー・ストリアナ第二王女はこの度隣国のイヴァルノ・シュトリアス王太子の花嫁候補として、見合いの場に赴く筈だった。
シュトリアス王国は屈強な軍事国家であり、その影響力は大陸随一である。王太子の花嫁になるべく各国が花嫁候補を送り合いしのぎを削る中──
「わたくし、誰かと争うなどできませんわぁ。それに軍人など恐ろしくてぇ~。この縁談、わたくしじゃなきゃダメですの?」
頭のネジが何処かに飛んで行ってしまったかのような発言をするツェルニー王女にアメリアは何度眩暈を覚えたことか。
我儘放題で甘やかされてきた末っ子王女の頼みでも、今回ばかりは国王も頷かず、やや強引にこの花嫁選考も含めたシュトリアス王国主催のパーティーに参加が決められた。
顔だけは天下一品のツェルニー王女を、何とかイヴァルノ王太子と引き合わせれば全ては上手くいくだろうと国王は信じて疑わなかった。その為、入念な準備かなされ王女が何か問題を起こさないように周りは手練れで固められることとなった。
不運にも、王女宮侍女の中でも信頼が厚く、有能と評されるアメリアが付き添いとして選ばれてしまったのだ。
何とか無事にパーティーを乗り切らなくてはと、厳重な注意をはらって王女の傍に付き添っていたが、一瞬の隙を突いて王女は姿を消してしまった。
思えば護衛騎士と仲良さそうにしていた。恐らく彼と共に盛り上がって駆け落ちでもしたのではないか……。
そう予想が付き、くらっと眩暈を覚える。まさか、隣国まで来て逃げ出すなんて馬鹿なことをするとは思ってもみなかった。
それにしたって、アメリアにとってこのシュトリアス王国は鬼門であるのに──。
現実逃避をしかけたアメリアに追い打ちをかけるように、気配を消していた隣の存在を思い出した。
「これは……。王女殿下はいらっしゃらないようですね。おや、ここに置き手紙が……」
アメリアの隣に居るのは、パーティーの段取りの説明に来た、イヴァルノ王太子の側近ネオラルドである。整った容姿に眼鏡が良く似合う頭の良さそうな彼は、クイっと眼鏡を上げ、『真実の愛を貫きます。捜さないでください』と書かれた紙をアメリアへ差し出した。
「っ……!!!」
──ああああ、何てことなのっ!!!
アメリアは何とか誤魔化そうと思考をフル回転させるが、ネオラルドは腹黒そうな顔で微笑んだ。
「見合い前の王女が消えるなど…我が国に対する侮辱とも受け取れますね。ストリアナ王国との今後の交流は──……」
「ももももも、申し訳ございません、何でもしますから、どうか、どうか寛大な沙汰を……っ!!!」
土下座する勢いで謝り倒すアメリアに、ネオラルドは目を細めた。値踏みされるように見られているのは気のせいだろうか……。
「アメリア・フォート侯爵令嬢。貴女が代わりに出席してください」
「ふぇっ!?」
信じられない言葉が聞こえ、アメリアは吃驚しすぎて素っ頓きょうな声を上げてしまった。
──今、目の前の男は自分に王女の代わりにパーティーへ出席しろと言ったのだろうか!?この、没落しかけた貧乏侯爵家の私に──っ!?
「我が主はとても繊細でしてね。花嫁候補が逃げたなんて知ったら……友好国である隣国といえどもすぐさま戦争を仕掛けかねません。それはとても面ど……いえ、此方としては避けたいので、貴女が王女殿下に代わりパーティーへ出席してくだされば助かります」
丁寧な言葉遣いだが、脅しとも言える内容にアメリアは顔を青くさせる。
頷くしか道は残されていない。
「わ、わかりました。尊大なご提案……感謝いたします」
何とか言葉にした返事に、ネオラルドは満足そうに頷き帰っていった。
こうして、アメリアはツェルニー王女の代わりに、花嫁候補の集まるパーティーに出席することになってしまったのであった──。
◆◆◆
「あの馬鹿王女っ!!不敬罪で処刑になったら末代まで祟ってやるんだから!!」
アメリアは急遽決まったパーティー参加の所為で、只今バタバタと準備中である。ドレスや装飾品は王女の残していったものを身に纏うしかない。幸い体つきは王女とそう変わらないので、何とかなりそうである。
しかし自分がストリアナ王国の王女の代わりなど勤まるだろうか。侯爵令嬢といっても、フォート家は没落寸前の貧乏侯爵家だ。侯爵令嬢であるアメリアも、お金のために最も過酷と言われ誰も長続きしないと遠巻きにされるツェルニー付きの侍女として働きに出されているくらいだ。
死に物ぐるいでしがみ付いた就職先であったが……。
まさかこんなことになるなんて……とアメリアは頭を抱えた。
出来る側近ネオラルドの取り計らいで、元よりストリアナ王国より選出された花嫁候補はアメリアであったと招待状が書き換えられた。もう後戻りは出来ないのだ。
──今世こそ、普通に、長生きしたかったのにぃぃぃ!!
このままではまたこのシュトリアス王国で命を落としかねない。
「絶対に、乗り切るわっ!大丈夫、花嫁候補から落とされればいいのよ。そうしたら直ぐに帰れるわっ!!」
何せ各国から花嫁候補の令嬢達が集まっているのだ。その中で目立たなければ花嫁候補から除外され、無事帰国できる。このパーティーでイヴァルノに気に入られてしまえば最終選定まで残らなければいけないらしい。
そんなことは有り得ないけど。
「今の私の目標は、無難にパーティーを乗り切って、祖国へ帰る!!!それ一点よっ!!!」
アメリアは気合を入れてパーティーの支度を進めるのであった。
◆◆◆
シュトリアス王国──。軍事国家であり、最強の武力を誇る。王位は一族で一番強い者が継承すると言われ、現在王太子として君臨するイヴァルノ・シュトリアスは歴代最強の戦士として恐れられている。
しかし、その容姿は息を呑む程美しく、銀色の髪が敵の血で朱色に染まる姿に見惚れている内に命を奪われ、『戦場の鬼神』と噂される程だ。
花嫁選考の場であるパーティー会場に現れたイヴァルノを見て、令嬢達はうっとりと息を吐く。
そんな中でアメリアは気配を消し、壁際に立ち、令嬢達に囲まれる『戦場の鬼神』を観察していた。
──あの方がイヴァルノ王太子殿下なのね。確かに、身に纏う闘気が尋常じゃないわ。さすが、シュトリアスの血と言ったところかしら……。
ズキズキと胸の辺りが痛む気がした。何度も何度も思い出す。灼けつくような痛み。憎しみの籠った視線と、踏みつけられた想い──。
『わたくし』の記憶──。
ブンブンと頭を振ってアメリアは思考を遠ざける。今の自分はアメリア・フォートなのだから。
イヴァルノが主賓の席に着き、令嬢達が一人一人挨拶をすることになっており、アメリアは自分の番が来るのを生きた心地がしないまま待っていた。
「お次はストリアナ王国、フォード侯爵家令嬢、アメリア嬢──」
名を呼ばれ、アメリアは心を無にしてイヴァルノの前まで歩を進める。無意識に片膝を地面につくほど下げ、ドレスの裾を持ち上げる礼を取ってしまった。所謂カーテシーよりも重心を低めに取る方法はもう今は使われることの少ないシュトリアス王国特有の挨拶である。
誰よりも美しい礼に周りの視線が集まる。しかしアメリアはその視線に気づくことなく、何も言葉を発せず頭を下げたままだった。
イヴァルノがアメリアを見つめながら、
「許す」
とポツリと言うと、アメリアは顔を上げ、そのまま前に二歩、歩を進めた。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。ストリアナ王国より参りましたアメリア・フォードでございます」
「……」
無言でアメリアを見つめるイヴァルノに、ニコリと微笑み、そのまま再度礼を取りアメリアは御前から退席する。文句のつけようのないシュトリアス王国式の挨拶に、イヴァルノの隣に居たネオラルドはほう…と感心したように息を吐いた。
この旧式の挨拶は王族の年中行事の際しか行われない。そして完璧にこなせるのは妃教育を受けたことのある令嬢だけである。
一体、急に代役になった彼女が何故……?
ネオラルドの視線に気が付かないアメリアであったが、貧乏侯爵家で育ったが故にデビュタントもまだ終えておらず、今の礼儀が自国のものと異なるなど知らずに呑気に壁際で気配を消していた。
──ああ、無事に終わって良かったわ。今の所順調ね。ああ、早く帰りたいわっ!!
一国でも早くパーティーから解放されることを祈っていたアメリアであったが──
「アメリア・フォート。お前は残れ」
パーティーの最後にイヴァルノにそう告げられるなど、思いもよらないのだった──。
◆◆◆
──え?今、私が呼ばれたの!?
帰る気満々だったアメリアは目を丸くして、檀上のイヴァルノを見つめ返した。他にも花嫁候補の令嬢は誰か呼ばれたのであろうかと見渡すが、アメリアしか呼ばれていない。
「フォート嬢。こちらへどうぞ」
ネオラルドに呼び寄せられ、アメリアはどうにか歩を進めた。
令嬢達の冷たい視線を感じる。
──い、いいえ。選ばれたわけではない筈だわ。不敬罪で罰せられる可能性の方が高いわ。そ、そうよ、罰せられる為に呼ばれたのだわ!
呼び寄せられた理由を思いつき、アメリアは更に気が重くなった。しかし、イヴァルノは、アメリアの手を取り、そのまま手の甲に口付けた。
「お前を選んだ」
「っ!!!」
まさかの、最終選考をかっ飛ばし、イヴァルノの婚約者に選ばれてしまったのだった。その事実を飲み込めないアメリアは目を白黒させる。
そして、そのまま気を失ったのであった──。
◆◆◆
「ディトリア・エレクシア公爵令嬢。貴様はシュトリアス王国の王子妃に相応しくない。その罪を己の死をもって償うがいい!!」
「待ってくださいませっ!!わたくしは、無実ですっ、殿下を心から愛しているからこそっ──」
「見苦しい。我が剣でお前を神の御許へ送ってやろう」
胸が灼けるように熱い。
愛する婚約者が自分を憎しみの籠った瞳で見下ろしている。わたくしは、本当に何もしていないのに──。
ヒューヒューと喉が鳴り、呼吸が出来なくなり、水面でもがくように苦しくなる。誰よりも、この国を、婚約者である殿下を愛していた筈だったのに。伸ばした手は虚しく宙をきり、視界が霞んだ。
「悪女、ディトリア・エレクシアは滅した。これで平和は訪れる──」
最期に聞こえた声は、誰の声だったのか──。
エレクシア公爵家に生まれ、シュトリアス王国の王太子殿下の婚約者として生きたわたくしの人生はここで終わった。
筈だったのに──
「あら、可愛い女の子ですね」
「本当に。アメリアと名付けましょう。生まれてきてくれてありがとう、アメリア──」
アメリア・フォードとして生まれ変わったのだ。ディトリアの記憶を持って──。
前世と違って、貧乏でお金の無い没落寸前の侯爵家だったけれども、両親や兄弟に愛され、初めて温かな家族を知った。このまま幸せに、平凡に人生を終えるはず予定だった。
それなのに、まさか……
「アメリア・フォード侯爵令嬢をイヴァルノ王太子殿下の婚約者として迎え入れます」
どうしてこうなってしまったのでしょうか!?
◆◆◆
「す、素晴らしい。お妃教育は全て教えることがもう無いほど完璧です」
アメリアに付けられた教師が思わず感嘆の声を上げる。あのパーティー以降、目まぐるしくアメリアの環境は一変した。
まず、祖国であるストリアナ王国では、ツェルニー王女の失踪を揉み消すかのようにアメリアの婚約を猛プッシュしてきた。実家であるフォート侯爵家を盾にされては逃げ出すことも出来ずに、アメリアはイヴァルノとの婚約を承諾するしかなかった。代わりにフォート侯爵家には多大な支度金と援助が約束されたので、それは良しとすることにした。
あのパーティー以降、イヴァルノと会うことは無く、王太子妃教育だけが施されていたのだが、前世で完璧にしていたアメリアは、近代の知識を入れるだけで直ぐに王太子妃教育を終えることができた。
知識も教養も立ち振る舞いも完璧なアメリアに教師陣は稀代の才女だと脱帽するばかりである。
本人だけが無自覚のため、自分の凄さに気付いていなかった。
「え?もうお妃教育が終わりなのですか?」
──おかしいわね、前世では血反吐を吐くくらいに過酷だと思ったのだけど……。
首を傾げるアメリアに、様子を見に来ていたネオラルドは苦笑する。
「これは思わぬ掘り出し物でしたね。只の侍女だった貴女がここまで有能とは」
「え?有能?!」
前世では全く褒められることなどなく、出来て当たり前という前提でやっていたため、アメリアは驚いてしまった。
「あとは、殿下と仲良くなるだけですね」
「えっ!?」
うんうんと頷くネオラルドはその足でイヴァルノとのお茶の席を準備してしまった。
パーティー以来久しぶりに顔を合わせたイヴァルノは、無表情でお茶を啜っている。
会話など皆無であった。
──き、気まずいわ。でも、なにが破滅に繋がるかわからないし、大人しくしておきましょう。
なんせ前世に冤罪で殺されているのだ。目の前のイヴァルノはあの王太子では無いとは分かっていても、どうしても身構えてしまう。
終始無言でお茶会は終った。
◆◆◆
「生きた心地が……しない」
アメリアは机に突っ伏して魂の抜けかけた表情でイヴァルノとの交流を思い出す。
あれ以来、毎日イヴァルノと一日一回は顔を合わせ、お茶をしたり、食事をしたりと交流を持っているのだが、いつも無言だった。
むしろ今ではイヴァルノの顔にある黒子の数も把握できているくらいだ。あの陶器みたないすべすべの肌も、無駄に長いまつ毛も、全て観察済みである。
シュトリアス王国の礼儀として、目上の者の許可がないと発言は失礼に当たる。そして、イヴァルノが言葉を発しないとアメリアは何も言えない。なので無言になる。そう、悪循環なのだ。
もしやイヴァルノの理想の婚約者は『空気』なのかもしれない。もう無になるしかない。そう思いながらお茶を啜ってると、目の前のイヴァルノと初めて目が合った。
そして、目を離すタイミングがつかめず、お互いに無表情で見つめ合っている。甘い空気など皆無である。これは視線を外した方が負けな気がして、緊迫した空気が流れ落ちる。
「殿下、急務が入り……何やってるのですか?」
ネオラルドが来るまで続いた戦いは引き分けで終止符が打たれた。
「…………。不器用すぎませんか?」
「…………」
まさか二人でそんな会話をしているなど、思いもしないアメリアなのであった──。
◆◆◆
「アメリア様、何をされているのですか?」
「え?副業……ではなく、刺繍よ。孤児院にでも寄付しようかと思って」
つい、実家の借金を返すために日々空き時間に刺繍をして小金を稼いでいた習慣で、大量の刺繍済みのハンカチが積み上げられていた。
侍女は感心したようにハンカチを眺めていた。
「本職のような綺麗な刺繍ですね。アメリア様は本当になんでも完璧なのですね、子ども達も喜ぶでしょう。孤児院に贈る手配をしますね」
「ええ、お願いするわ」
有能な侍女に任せて、刺繍の続きに取り掛かろうとしていると、侍女に高級そうな布を渡された。
「殿下もきっと喜ばれますよ」
「えっ!?」
満面の笑みに何故か逆らえず、銀色のハンカチに蒼い糸で王家の紋章を刺繍した。イヴァルノがこのハンカチを使用するとは思えないが、婚約者っぽいこともした方が良いのかもしれない。
丁寧に刺した刺繍は夕暮れには完成した。今夜は夕食をイヴァルノと共にする予定なので渡してみようと決意する。
今日も無言で黙々と食事を共にする。イヴァルノに直接話しかけるのは諦め、傍仕えを通してハンカチを渡してみた。
「これは……?」
初めてイヴァルノが口を開いた。発言を許す素振りにアメリアはニッコリ微笑む。
「殿下を思って刺した刺繍です。どうぞお納めくださいませ」
「…………」
孤児院へ寄付するついでに刺した刺繍とは言えず、誤魔化したアメリアに、イヴァルノは黙り込んでしまった。
──こ、これは地雷踏んだかしら?!
ビクビクしていると、何故かイヴァルノはハンカチを見ながら黙り込んでしまった。
「…………………」
「…………………」
こうして夕食は終了したのだった。
◆◆◆
「えーっと、もう贈り物はやめましょう」
うんうん、とアメリアは今日のイヴァルノを思い返して反省する。前世の婚約者だった王太子はお喋りな性格で社交性抜群。令嬢達にも人気が高く何人も愛妾候補として侍らせていた。
婚約者としてどのような彼でも愛そう、受け入れようとしていた。
そんな王太子と比べて、イヴァルノは何を考えているのか全く分からない。しかし、何故か前世の婚約者よりもイヴァルノの方が信頼できる気がする。
無言の空気も慣れてしまえば、無理に話さなくて良いのだから楽かもしれない。
それに──
「思っていたより、恐ろしい人では無い気がするのよね……」
ポツリと思っていた言葉が出てしまう。そうなのだ。『戦場の鬼神』と恐れられる人なのに。共に過ごせば過ごすほど、恐怖心は薄らいでいった。
ニコニコ微笑み、裏切り、最後には剣を振り下ろした前世の婚約者とは違う。
そんな気がした──。
◆◆◆
「アメリア様。孤児院の子ども達からお礼のお手紙が来ていますよ。御覧になりますか?」
「まあ!勿論よ」
可愛らしい絵や、一生懸命書いたであろう手紙を嬉しそうに眺めながら、アメリアは、フォート侯爵領で領民の子どもたちに文字を教えていた頃を懐かしく思った。
「ふふふ。可愛らしいわね」
今のアメリアには自由は無いと理解している。次期王太子妃として以前のように孤児院を自由に訪問したり、畑を駆けまわったりは出来ない。
大きな責任を伴いながら、国を、婚約者であるイヴァルノを、支えていく使命があるのだから。
寂し気に手紙をそっと撫でるアメリアを侍女は見つめ、そっと温かい紅茶を淹れなおしてくれた。
そして翌日──
「…………」
「…………」
何故かイヴァルノと馬車の中で揺られているのであった──。
◆◆◆
無言。
シーンとした馬車の中で、アメリアはどうしてこうなったんだっけと朝の出来事を思い出していた。
「……出かける」
そう朝食の席で言われ、
「いってらっしゃいませ」
と返したアメリアは、何故か支度をされイヴァルノと共に馬車に乗せられていた。
何処に、何のために行くのか。
全く分からず馬車の中は沈黙が続いていた。
考えても行先など見当も付かないのだから、悩むのは止めにしたアメリアはこの馬車の旅を楽しむことにしてみた。
王家の馬車の豪華さを観察してみたり、外の景色を眺めているイヴァルノの黒子の数を数えてみたり、色々と楽しんだ。
そして辿り着いたのは、王家の支援する孤児院だった。刺繍入りのハンカチを寄付し、お礼の手紙を貰った孤児院だ。
「世話になる」
「ようこそいらっしゃいました。急なお越しで大したおもてなしができず心苦しいですが」
ビクビクした院長が二人を出迎える。終始無言なイヴァルノの代わりにアメリアが院長や子ども達の対応をする。
すぐに子ども達と仲良くなったアメリアはイヴァルノに気を遣いつつ子ども達と遊び始める。その姿をじっとイヴァルノは眺めていた。
「アメリア様はお姫様みたい」
「絵本のお姫様かと思いました!絵本読んでくれますか?」
子どもでも気遣って相手を褒めることが出来るのね、偉いわ、と微笑ましく思いながらアメリアは絵本を読んだり、歌を歌ったりと楽しく過ごした。
あっと言う間に帰る時間になり、惜しまれつつ孤児院を後にする。
「…………」
「…………」
帰りの馬車の中も無言だった。怒られるかもしれないけど、話しかけてみたい。そうアメリアは意を決する。
「あ、あの、殿下。発言の許可をいただいても?」
「……許す」
案外簡単に許されて、アメリアはホッと息を吐いた。もっと、早く一歩踏み出してみれば良かった。ここは前世ではないのだから。慣習にとらわれ過ぎていた自分に気付き苦笑する。
「ありがとうございました。ご一緒させていただいて。子ども達と過ごせて、とても楽しかったです」
この孤児院への訪問は、アメリアの為に計画されたのではと、そう密かに思っていた。多忙なイヴァルノが時間を空け、一緒に行ってくれた。それだけで、何故か心が温かくなった。
「そうか……」
ポツリと返事を返してくれたイヴァルノにアメリアは微笑み返す。相変わらず無表情で、会話も続かないけれども。いつもよりも距離が近くなった気がした。
こうやって、少しずつ歩み寄っていければいい。
前世のしがらみから、アメリアは少し抜け出せた気がしたのだった。
そんな中、ガタンと馬車が大きく揺れ動いた。
「っ!!?」
弾みでイヴァルノに抱き着いてしまい、アメリアは声にならない声を上げてしまった。
しかし、イヴァルノはアメリアを気にする様子もなく、外の気配に気を張り詰めているようだ。異様な空気に顔を上げると、イヴァルノは険しい表情になり、剣の柄に手をやる。
「……中にいろ」
そう言ってイヴァルノは停車した馬車の外に出て行った。外では悲鳴と只ならない大きな音が聞こえ、そっと窓のカーテンの隙間から見ると、大きな魔獣と対峙するイヴァルノの姿が目に入った。
「で、殿下っ──」
人の三倍はあるような大きな狼の形をした魔獣にアメリアは震える。いくら『戦場の鬼神』と言えども、魔獣相手では……。
心臓がドクドクと嫌な音を立てる。
イヴァルノに怪我をして欲しくない。
危険な目に遭って欲しくない。
イヴァルノを……失いたくない──。
アメリアは自分の中に強い思いが生まれるのを自覚してしまった。この想いは──。
「ギャオオオオオオン」
耳を劈く様な魔獣の声が聞こえ、次の瞬間、魔獣はパタリとその場に倒れていた。
イヴァルノの銀色の髪が魔獣の血に染まり、朱色に輝く。まさに『戦場の鬼神』の風貌にアメリアは息を呑む。
ストリアナ王国の騎士であれば数十人がかりでやっと討伐できる魔獣をイヴァルノ一人で倒してしまったのだ。
怪我人も居らず、イヴァルノが馬車の扉を開けた。魔獣の血に染まったイヴァルノに恐怖する心は生まれなかった。ただ、無事で居てくれてよかったと、安堵の気持ちが溢れる。
「…………すまな─」
「ご無事で……良かった」
感情のままイヴァルノに抱き着いてしまう。
「……汚れるぞ」
「いいのですっ!殿下がご無事ならっ!!」
そのまま王宮へと帰り、返り血で染まったイヴァルノとアメリアを見てネオラルドや使用人たちが卒倒しそうになったのは別の話である──。
◆◆◆
「殿下。発言の許可をいただいても?」
「……許す」
孤児院を訪問した後から、二人に変化が起こっていた。
終始無言の二人の時間であったが、それを打ち壊すかのようにアメリアから話しかけることが増えたのだ。
イヴァルノの無表情も、会話が続かないのも変わらない。
しかし、二人の間には温かな空気が流れていた。
「良かったですね、殿下。一目惚れを拗らせた甲斐がありましたね」
ネオラルドのポツリと零した言葉に、アメリアとイヴァルノは固まった。
「え……──?」
アメリアが前世を思い出せなくなるほど、イヴァルノに溺愛され、『戦場の鬼神』が、伴侶にだけ見せる蕩けるような甘い顔に翻弄される未来を──
アメリアはまだ知らない──。
END
最後までお読み頂きありがとうございます(*^^*)!!
アメリアさん、これから大変そうですね笑
もし宜しければ広告下の『☆☆☆☆☆』でご評価いただけますと作者の励みになります!!
どうぞよろしくお願いいたします♪♪