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第一話 俺は魔王じゃない

 俺は普通の家に生まれた。ごく普通の父と母。普通の家庭、普通の暮らし。みんなと同じように普通に生きてきた。

 ある時、当たり前だと思っていたことが、当たり前ではないことを知った。その時の俺を誰も理解できなかったように、俺もみんなが理解できなかった。

 唯一、普通に育ってきた俺が、同じように普通に育ったみんなと違ったこと。


 俺には前世の記憶が残っている。

 ————5000年前にこの世界を完全に滅ぼした、魔王の記憶が。


「エルス様、食堂に行きましょう!」


 そう話しかけてきた金髪の美少年はメリアス・アイリーフ。女性に見間違えるほどの、美しさと可愛らしさを兼ね備えた少年であり、俺にとっては初めての友人でもある。

 本人は下僕のつもりらしいが、俺は対等な友だちだと思っている。なんせ、今の俺は魔王の記憶を持つだけのただの学生だ。世界を恐怖に陥れる悪の権化なんかでは決してない。誰かを虐げるような人間には絶対にならない。


「様はやめろって言ってるだろ。あと敬語も」


 無気力に俺はメリアスに返した。


「いいえやめません! 下の者が上の者に敬意を表すのは当然のことではありませんか」


「俺達は同じ学生だ。学校も学年も、クラスも同じ。俺らの関係にはこれっぽっちの差もねえよ」


 俺達は同じ、王立エンデリシア高等学園魔法科の生徒だ。国中から貴族や王族の集まる中、数少ない平民の生徒として在籍している。

 貴族たちは、俺達平民とは別校舎。つまりこの校舎の生徒は皆平民。貴族を平民と同じ環境に置くと貴族たちがうるさいんだろう。

 まあようするに、能力も身分もほとんど違いのない俺達に、上下関係なんてあるはずがないんだ。


「私は、エルス様に命を救われました。そのときにこの命、私の人生はあなたに捧げると決めているのです」


 大げさな。いじめられているところを助けてやっただけじゃないか。こいつにとっては、些細なことじゃなかったかもしれないが、命まで救ったつもりはない。


「ああもうわかったから。じゃあせめてもう少し手加減してくれ」


「手加減、ですか?」


「その口調だと、俺とお前が主従関係にあるみたいに見えるんだよ。せめて貴族ごっこに見えない距離感の話し方に変えてくれ」


「仕方がありませんね」


 不満そうにメリアスは頭を抱え込む。こいつはこいつなりに俺のことを慕ってくれているんだろう。その気持ちまで否定するつもりはないし、少しはこいつの気持ちも汲んでやりたいとは思っている。


「じゃあエルスくん、早く食堂に行きましょう。とっくに混んでる時間ですよ」


「ああ、そうだな」


 敬語のままだが少しは仰々しさがなくなっただろうか。

 俺は重たい腰を上げて、メリアスの後ろをついていった。


 食堂に行くとすでに大半の席は埋まっていた。

 王立ということもあり、かなり大きな学園なのだが、座席の数はギリギリだ。これが貴族校舎なら話は別だろうが、平民校舎ならこんなもんだ。

 味は俺達からすればかなりうまいし満足している。貴族階級からすれば味は薄いし量も全然足りないのだろうが、別にそれくらいのことで不満に思ったことなどない。これでも平民の食事にしては豪華なくらいだ。


「どこの席にしましょうか」


「どこでもいいよ。適当に座ろう」


 空いているを探していると、すぐ近くの席から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「おや〜? そこの美男子と冴えない男子はメリアス殿とエルス殿ではありませんか〜?」


「お、ほんとうですね。なんだかイケナイ香りがします、クンクン」


 傍らの席からそんな女子の声が聞こえてきた。赤い髪の元気そうなのがクレナ、青い髪のおっとりとしたのがホムラだ。


「クレナ、訂正しろ。エルスくんは冴えなくない。それとホムラ、僕達はそんな汚れた関係ではない。エルスくんに失礼だぞ」


「ああごめんね? メリアスくんはエルくんの騎士様だもんね。気分悪くしたなら謝るよ」


 そんなことを言いながらクレナとホムラは自分の隣の席を開けてくれた。俺達はそれぞれ二人の隣に座った。

 別にメリアスは俺の騎士ではないけどな。そう言おうとしたが。


「いや、わかってくれてるならいいんだ」


 メリアスは否定することなく、むしろ騎士と言われて嬉しそうにしていた。多分ちょっとした皮肉も入っていると思うが、二人が悪気があって言ってるわけではないことはわかっているから、何も言わないでおくことにした。


「でもそう思ってない人も多いんじゃないかな? 特に、二人を見る女子の目は好奇の眼差しですぞ?」


 ホムラは俺に指を立てて言った。


「え、俺達ってそんなふうに見られてたわけ?」


「みんながそうってわけじゃないけど、でもメリアスくんはファンクラブもあるくらい美系だし、主人に仕えてる感じとか、すごくこうくすぐられるわけですよ」


「全然そんなつもりは無いんだが…………。でも、それで周りから変な目で見られるのは考えものだな」


 知らないところでそっちの気があるとは思われたくないし、俺だって女の子が好きな普通の男子なんだ。もしかするとそんな偏見のせいで、女の子に避けられたり嫌われたりしているのかもしれない。それだけはなんとしても避けたいところ。きっとメリアスだって女子に嫌われたくはないはず。少しは悩ましく思うに違いない。そう思って俺は正面の騎士様を見た。


「僕はこの身を一生エルスくんに捧げると誓った。他人がどんな目で見ようとそこに変わりはありません。僕の願いはエルスくんの幸せのみ。僕はそれを壊すようなやつから、エルスくんを守るだけです」


 そう言って俺に向かって恭しくお辞儀をした。多分そういうのが良くないんだろうな。他の席の女子の輝く視線が痛い。相変わらずモテモテだな。

 そんな姿がクレナのいたずら心に火をつけたようで。


「じゃあもしエルくんがメリアスくんを求めたらご奉仕しちゃうんだ?」


「んな! そ、それは、エ、エルスくんが僕を求めてくれるのは嬉しいし……それが命令であれば、僕はそれに従う、まで…………」


「キャー!! ねぇホムラ聞いた? やっぱり怪しいよこの二人!」


「これは凄まじい破壊力です! 鼻血が止まりませんな! ハアハア!」


 二人だけじゃない。周りからも黄色い声が聞こえてくる。てか盗み聞きするなよ。あと飯時に気持ちが悪いのでやめてください。メリアスも満更でもなさそうな感じ出すな。


「馬鹿なこと言ってんな。俺達はただの友達だ。どんな間違いが起きてもそうはならないよ。俺はちゃんと女の子が好きなんだ」


 そうだ、俺は女の子が好きなんだ。男なんて最悪だ。ましてメリアスなんて……。いや想像するな俺!


「ふ〜ん? でもその割に、私のこと全然女の子扱いしてくれないよね?」


「あ、私もされたことないかもです。疑惑の眼差しですよエルスくん? ジロジロリ」


 それは二人のことをそういうふうに見ていないから、とは言わないほうがいいのか? 女子は誰であろうと男子に女性として見られてないのはショックだろうし。

 でも正直なところ二人とも可愛いし、実際男子たちの間ではかなり人気が高い。

 そんな二人を女子扱いしてないとなると、いよいよ女子に興味がないと思われても仕方がないか。もしかするとそのせいで女子たちは俺達のことを誤解しているのかもしれない。


「別に二人のことを女の子扱いしてないとかじゃなくてさ、そういう恋愛みたいなのとかよくわかんないんだ。だからどういうふうにすれば女の子扱いしてることになるとかもよくわかんないし、男がいいというわけでもない。だからといってメリアスや二人のことが嫌いというわけでもないんだよ」


 まあこれは本当だし嘘はついていない。多分そのへんは前世の記憶、経験があるからかもしれない。

 この三人以上にそういう経験も積んできたしその中には失敗だって混ざっている。きっと前世の魔王ならその経験も活かせただろう。でも俺は魔王じゃない。魔王の記憶があるからと言って、俺が魔王であるわけではないのだ。

 この記憶が気づかないうちに俺の枷になっているのだ。


「まあ、女の子として見れないってわけじゃないなら許してあげる。でもちゃんと女の子の扱い方しらないといつか後悔しちゃうぞ?」


 クレナの顔が悪い顔をしている。でも本当は俺のこと心配してくれてるんだろうな。たしかに、一生独り身ってのも嫌だしな。本当に好きな人ができたときに、後悔しないようにはしておきたいな。


「エルスくん、そろそろ戻りましょう。次の授業まであまり時間がありません」


「お、もうそんな時間か」


 メリアスに続いて俺も立ち上がる。


「私達もいこ、ホムラ」


「アイアイ」


 クレナが立ち上がり声をかけると、ホムラはぴしっと手を上げて鼻歌交じりに後ろをついてきた。

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