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神竜の乙女



 邪魔臭い幾重にも布が重なった足元まであるパニエを剣で切り、ミニスカートに変えている私を、ヴィルヘルムは何か言いたげな目でジイッと見ていた。

 私はドレスと切り取ったパニエを重ねて作った寝床に、かろうじて下着ではない姿で寝転んでみる。

 ふかふかして良い感じ。

 あとは屋根さえあれば、拠点は完成。

 ルーベンス先生は木々の間にハンモックを張って寝ることもあるので、屋根的なものがなくても良いといえば良いのかもしれないけれど、不意の雨でも眠ることができるぐらいの耐久性は、欲しいものよね。


「リコリス、お前はそのような姿で毎日を過ごすのか、これからの、毎日を」


「何か問題でもありましたか」


「不憫だ」


「良いですか、ヴィルヘルム。ここには私一人しかいないのですから、下着姿であろうと全裸であろうと特に問題はないのですよ。ヴィルヘルムも同じようなものではないですか、服を着ていません」


「竜だからな」


「竜ならば全裸で良く、人であれば全裸は不憫というのは、妙な話だと思いませんか」


「お前は俺の契約の乙女となった。契約とは不滅。であれば、お前のために俺が力を使うのは、やぶさかではない」


「余計なことはしないでくださいよ、これはソロキャンなので。ソロキャンとは、大自然の中、一人で自然と向き合うことなのです。なるだけ、魔法は使いません」


「火起こしは良いのに?」


「使えるものは使って良いと、ルーベンス先生は言っています」


「その辺りの線引きが俺にはわからん。ならば神竜の乙女の力は、使えるものだと思って良いのではないか」


 ヴィルヘルムがしつこい。

 そんなに今の私は不憫に見えるのかしら。

 丸太トーチはあるし、綺麗な海と砂浜の上に、元ドレスだった豪奢な布を敷いて座っているのだし、そこまで私は哀れではないのだけれど。

 日差しは肌を焼くほどではない程度に暖かくて、肌を晒しているから涼しい。

 このぐらい、水着に比べたら肌の露出とは言えない。

 ヴィルヘルムは水着を見たことがないのかもしれないわね。


「リコリス、俺との契約により、お前は神竜の乙女となった。神竜の乙女とは、剣をその身に宿すだけではない。俺の力を好きなように使えるということだ」


「具体的には?」


「好きなように戦闘服を変えることができる」


「まぁ。つまり、フォームチェンジが自由自在にできるということですね」


「ふぉーむちぇんじとは」


「昨今の魔法少女物のアニメでは定番です。アニメ、知りませんか、ヴィルヘルム。王国で機械技術が盛んになってからというもの、映像作品もかなり様式がかわりました。昔は本のみでしたけれど、それが動く絵となり、今では各ご家庭にあるモニターに届けられ、好きな時にドラマやアニメ、ニュースなどを見ることができます」


 私の妹などは、魔法少女の出てくるアニメが好きでよく見ていた。

 私がキャンプドキュメンタリーに番組を変えると、よく怒ったものである。


「そうか、よくわからないが、俺がほんの少し僻地で眠っている間、王国も変わったのだな」


「ヴィルヘルムの少しとは、どのぐらいですか」


「百年か、二百年か、そのぐらいだな」


「まぁ。……それはともかく。魔法少女とはフォームチェンジをするものです。つまり、衣装替えのことですね」


「それならば衣装替えと最初から言え。リコリス、胸に手を当ててみろ。そして言うと良い。白竜の乙女の力よ、目覚めよ、と」


「それは最早、魔法少女ですね」


 まぁ良いか。

 ヴィルヘルムとこれ以上衣服の話をしていても仕方ない。

 服装に特にこだわりなんてないので、ヴィルヘルムがそうしろと言うのなら、従っておこう。

 竜には礼儀正しく、好意には素直にこたえるべきだと、ルーベンス先生も言っていたし。


 私は立ち上がると胸に手を当てた。


「白竜の乙女の力よ、目覚めよ!」


 爽やかな海辺のソロキャンの拠点で叫ぶような言葉ではないのだけれど。

 少々の恥ずかしさを感じながらやり切った私の体が、燃えるように熱くなるのを感じる。

 手を当てている胸から、するすると白く光るリボンのようなものが私の体にまとわりついていく。

 それは私の頭から手先までをくすぐるようにしてふわりと包み込んだ。

 衣服が、形作られていく。

 乱れていた髪が艶やかにとかれて、白い薔薇の髪飾りで飾り付けられる。

 手には薄手のレースの手袋、リボンとフリルがたっぷり使われている、少女趣味なアイドル風メイド服に似た、白と黒の衣装。

 スカートは膝上で、足は剥き出し。

 膝丈のブーツを履いた私の姿は、どこからどう見てもやっぱり魔法少女だった。


「ヴィルヘルム……」


 私はヴィルヘルムを見上げた。

 ソロキャンをしに来たのに、いつの間にか私は魔法少女になっていた。


「私、もう十七歳なのですけれど、この姿は少々痛々しいのでは……」


「似合っているぞ、リコリス。その白竜の乙女の服は、ただの布に見えるかもしれないが、戦闘服としての優秀な機能を有している。耐火に優れ、少々の斬撃でも傷つかない。むき出しの肌の部分も、守護の防壁がはられているので、怪我をすることはまずない。例えば、崖の上から落とされたとしても、巨人に踏まれたとしても、お前は無事だ」


「魔法少女じゃないですか」


 私はスカートを引っ張りながら、ため息をついた。


「まぁ、良いです。誰に見られるわけでもないですし、確かにヴィルヘルムの言うとおり、不快な暑さも寒さも感じませんし。本当はタープをはるところまですませてしまいたいのですけれど、お腹が空いてきましたね。食材を探しにいきましょう」


「ようやくだな」


 うん、うん、とヴィルヘルムは首を動かした。

 それから少し考えるようにして、目を伏せる。


「この姿では、お前の作った食事を味わうことは難しい。なんせ一口どころか、ひと舐めで終わってしまうだろう」


「ヴィルヘルムは大きいですからね」


「俺も姿を変えるとしよう」


 ヴィルヘルムが言い終わると同時に、その巨体がぼんやりと薄く霞み始める。

 眩く光ったと思ったら、そこにはパタパタと羽ばたいて宙に浮いている、私の腕にすっぽりおさまるぐらいの大きさの、ふわふわした毛皮に包まれた子犬に似た竜が浮かんでいた。


「まぁ、可愛い」


 私はヴィルヘルムに手を伸ばして、その体を腕に抱き込む。

 ふかふかして、ひんやりしている。

 こうして魔法少女となった私は、使い魔まで手に入れたというわけである。



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