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はじめての水中戦



 見た目はただの可愛い水着のようなのだけれど、体に新しい力が巡るのが分かる。


「神竜の魔法少女、ソロキャンアイドルリコリス、あなたに恨みは無いけれど、ユリウス様を助けるためにあなたを倒します!」


 水中戦仕様の戦衣に着替えたわたしは名乗った。

 ユリウス様が「リコリス、なんと愛らしい姿だ……!」と感極まったように言った後、顔を赤くして視線をそらした。


「駄目だ、来るなリコリス! そのような姿で戦っては、その、色々良くない、俺が……!」


「ご安心をユリウス様、これは水着であって水着ではないのです、いうなれば戦乙女の衣装!」


「そんな防御力が低そうな……! 何故です親父殿、露出が多すぎるのでは……!」


「俺に聞くな。おそらくラキュラスの趣味だ。そういう仕様だ」


 ユリウス様、クラーケンに纏わり付かれながらも結構余裕があるわね。

 吸盤のある太い足がユリウス様に絡みつき、水面から高々とその体を持ち上げる。

 それからその足が、海中に凄い勢いで潜り始める。

 クラーケンはいただきます、という感じで、ユリウス様を海中に引きずり込んで食べようとしている。

 私は神竜のサバイバルナイフを細身の剣に戻して、海の中に入った。

 海中戦だからか、私は裸足だ。

 裸足の足が、水面を駆ける。

 戦衣の力で張られた防護壁が、水を弾くようにして、水中を歩けるようになっている。


「リコリスの真心を無碍にはできない。仕方あるまい」


 ユリウス様は海中に引きずり込まれながら頭を振った。

 一瞬のうちにユリウス様を包んでいたクラーケンの足が、ぶつ切りのタコ足のように輪切りにされてバラバラになる。

 クラーケンはイカだけれど、見た目がタコ刺しっぽい。

 ユリウス様の両腕から、鋭い刃がはえている。

 その刃はクラーケンの足を簡単に切り裂いた。

 けれど痛みを感じないのか、クラーケンはじろりとユリウス様を睨み付けて、残りの足を振りかぶる。

 ユリウス様は叩きつけられる足を踏み台にして、空中に飛び上がった。

 水面を太い足が叩き、台風の時の荒波のように、大きな水飛沫が上がる。


「俺はユリウス・ヴァイセンベルク! お前の命を奪う者の顔と名を、良く覚えておけ!」


 水飛沫を浴びて濡れて輝くユリウス様の逞しい体から、私は恥ずかしくなって目をそらした。

 どうしよう、格好良い。

 状況が許せば頬に手を当てて「きゃー」と言いたい。 

 こんな気持ちは、ルーベンス先生の逞しい裸体ピンナップを部屋の壁に飾ったとき以来だ。


「リコリス! 集中しろ、思春期は後にしろ!」


「ちょっと黙っていてください、おじいちゃん!」


 両親に恥ずかしいプライベートを覗かれたようないたたまれなさを感じながら、私を応援するヴィルヘルムに私は文句を言った。


『クラーケンの弱点は、二つの大きな目だ! 足や体は攻撃してもあまりダメージは入らない、細切れにするなら別だが、まずは目を狙え、リコリス!』


 私の脳内のルーベンス先生の幻が、ヴィルヘルムよりも余程有益なアドバイスをしてくれる。


「リコリス、俺がクラーケンの気をひく! リコリスは弱点の目を!」


 ユリウス様が追いすがってくるクラーケンの足を切り払いながら言った。

 私は頷くと、剣を構える。

 それにしてもクラーケン、さっきからユリウス様ばかりを狙っている。

 私よりもユリウス様の方が美味しそうなのかしら。

 確かに私がクラーケンだったら、私よりもユリウス様を食べたいと思うわね。食べるところが多そうだし。

 私は水面を蹴ってクラーケンに向かって走る。

 振り下ろした剣の切っ先が、クラーケンの瞳に突き刺さる。

 はじめて痛みを感じたように、クラーケンが残りの足を海面に叩きつけた。

 私の剣が突き刺さったまま、その巨体が海中に沈んでいく。

 剣を掴んでいた私の体を、引き戻された足が拘束する。

 私も一緒に海中に引きずり込まれていく。

 どぼん、と私の体は海に沈んだ。

 一瞬視界が暗くなったけれど、それは私が衝撃で目を閉じていたからだった。

 瞼を開くと、透明度の高い海の中をくっきりと見渡すことができる。

 エメラルドグリーンに輝く海を、お魚さん達が泳いでいる。

 海の底はかなり深いようで、下を見ても暗いだけで底までは見下ろすことができない。

 海中深く沈んでいくクラーケンは、海中の方が得意らしく、二本の足で私を拘束し、残りの足を大きく広げている。

 剣が刺さっていない方の瞳が爛々と光り、私を睨み付けている。

 突き刺したままの剣を、私は抜いた。

 息苦しさは感じない。

 私の体には薄い空気の膜のようなものが張られている。どこまで持つのかは分からないけれど、水上でも水中でも戦えるようになっているみたいだ。

 剣を抜いた私をクラーケンは食べようとしているらしい。

 蠢く足の中心に、巨大な口がある。

 その口は、鍾乳洞のようにぽっかりと開き、無数の小さな歯がはえている。

 私は足の拘束から抜けようと、剣を足に突き刺した。

 すっぱりと足は切れたけれど、すぐに他の足が私を掴む。切られた足は、瞬く間に再生していく。

 ユリウス様と同じぐらい、クラーケンは再生能力が高いみたいだ。

 切っても切っても、足は私に絡みついてくる。

 次第に呼吸が苦しくなってくる。水中呼吸は、時間制限があるようだ。

 やっぱりクラーケン捕獲師の資格が無いのに、クラーケンと戦うのは良くなかったのかしらね。

 酸欠で頭がぼんやりしてくる。

 海の底へ、底へと、私の体は沈んでいっている。

 クラーケンの大きな口が、私の眼前に迫る。


「リコリス!」


 ユリウス様の声が聞こえた気がした。

 海面から、海中までを貫くような長く太い光の槍が、クラーケンを真っ直ぐに突き刺した。

 串刺しにされたクラーケンは力を失い、私の拘束もするりと解ける。

 光の槍が一瞬で消えて、クラーケンは海の底へと落ちていく。

 私の体は力強い腕に抱えられた。

 空気の気泡が、海面に上がっていく。

 海の底から見た海面は、遠くゆらめき、輝いていた。


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