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百日紅⑥
今回短めです。
音が聞こえるとしたら、風の音か、その風が鳴らす南部鉄器の風鈴と、ジリジリとした日差しに似た蝉たちの声。
しかしながら、今、珠々子の聴覚に響いているのは、瑛の声だった。
『姉さま。珠々子姉さま』
少し甘えた、愛らしい声。
好奇心に満ちた大きな瞳を、くしゃりと笑顔で細めて、まっすぐに珠々子を見上げる瑛の顔。
珠々子の両手に重ねる瑛の両手。
珠々子は両手の甲に、瑛の手指の感触や体温さえ感じていた。
胸に軋みを覚えながら、珠々子は細く深く息を吸い込んだ。
視線を膝に落とした刹那、珠々子の手に雫が一つ二つ落ちる。その感触に、彼女は慌てて涙を拭った。
わずかに吹き込んで来る風のにおいが変わったことに気づいた彼女は、瞬きをして居住まいを正した。
鮮やかすぎる百日紅の花。
珠々子は、その花を少し強い視線で見つめた。
己の中の記憶との決別しながら。
百日紅の章はこれでお終いです。