百日紅⑤
腰あたりまで伸びた、豊かな黒髪。
薄桃をまとった白い肌。スラリと長い手足。
花びらの様な口許に、柔らかな薄紅の頬。
一目見れば、誰しも呼吸を忘れるような美しく華やかな珠々子。それ以上に、慈しみ育まれてきたのが溢れ出ている少女。
そんな彼女が、当主の椅子に着座している。
座敷にいる大人たちを圧倒する、静けさで。
「お集まり、ありがとう」
珠々子が労いを伝える。
大人たちは、彼女の労いに様々な反応をこぼしている。
その反応に、珠々子は心の扉を閉ざした。
「望月か大石、それか京都の藤野ですかの」
珠々子をよく知る大人が、彼女を援護するように言った。
その声に、座敷が冷水を撒いたかのような静まりを見せた。
「結城のお姫さんぞ!?」
一人の大人が声を上げた。
その男は、珠々子の祖父の父の最後の弟子で、結城家家臣の家に生まれた老人だった。
その言葉に、大人たちが小さな声でざわめく。
「ただ一緒に育っただけです」
珠々子がその老人を見つめ、静かに言った。
その真実を知っている者など、ほとんど居ない。
彼女の眼差しと声に、老人は口をつぐみ、視線を落とした。
渡辺と珠々子の乳母は、少女と老人の言葉ではなかったやり取りを見つめ、密かに胸を痛めていた。
「大石はいくらなんでも年が離れすぎてましょう、医者としてはいい跡取りじゃが」
「京都の藤野は血も歳も良いけど、遊びにうつつをぬかしがちだからのお」
「望月は、一番優秀な五男坊が七つほど上やったかの?」
「東京で勉強しとる久か」
年寄りどもが、俄にざわめいている。
「祐輔さんの弟子じゃろ、望月の五男坊は」
その言葉が、結論となる。
年寄りたちの目が、珠々子に集まった。
「・・・」
言葉なく、珠々子が頷く。躊躇いもせずに。
南部鉄器の風鈴の音。
珠々子はそれだけを、耳で探していた。
正面を見据え、微動だにせず。
どれ程時間が経ったのか、少女が視界に気をやった時、座敷に集まっていた者たちが全て、いつの間にかに去り終えていた。
閉じられた襖。
両側にそれぞれ控えていた、乳母と渡辺も居ない。
そう知った刹那。
少女の眉間と頬に強ばりが走る。
「・・・瑛ちゃ・・・んっ」
珠々子の呼吸音に混ざった声。
かすかに乱れる湿った呼吸。
それでも、彼女は涙を押し留めていた。