表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

百日紅④

珠々子の女学校を発った車が走る道。

山間(やまあい)ならではの木漏れ日がきらめく、爽やかな風景。


心を和らげるはずの、そんな風景の美しさは、少女のこれからを思い知らせるように、残酷なほど澄み過ぎていた。


やがて、濃い桃色の百日紅が眩しい、大きな屋敷が見えて来た。


藤野家屋敷。


珠々子(すずこ)は、既に車窓から視線を正面に移動さていた。乳母はそんな彼女を、見つめていた。


車門を入った、珠々子を乗せた車を待ち構えていた者たち。いつも居る者たちでなく、亡き先代の周りについていた者たちだった。


「『お帰り』なさいませ」


藤野家屋敷を取り仕切る初老の渡辺が、車のドアを開けた。


珠々子は、渡辺の顔を見上げた。

祖父にいつも付き従っていた頃よりも、白髪が増え、目もわずかに落窪んだ渡辺。


渡辺が珠々子に手を差し出す。


「ありがとう」


差し出された手に自分の手を乗せ、珠々子は車から降りた。


祖父が亡くなって以来、足が遠のきがちだった藤野家屋敷。珠々子は渡辺と乳母を従え、凛とした空気を纏い歩み出す。


長い廊下の先。

彼女が辿り着いた座敷。


祖父の応接部屋であった場所。


かつて、祖父が座り、応接と執務を行っていた椅子に、珠々子は座った。


座敷にすでに集まっていたのは、藤野家の年寄りたちや藤野家で働いている年寄りたちだった。

珠々子を初めて見る者たちさえ少なくない。


ヒソヒソと耳打ち会う者たち。

座敷の中の空気は、その者たちの心境や思惑を映し出したように、落ち着きなくざわついていた。


珠々子(すずこ)の乳母兼藤野家女中頭がチラリと、主人である少女を見やった。


ざわついている、いい大人たち全体を静かに見つめている、茶水晶のような珠々子(すずこ)の瞳。

先々代当主だった亡き祖父そのものの瞳。


少女と、少女の雰囲気と対極にある大人たちを、黙って見ている渡辺。


珠々子が当主の椅子に座って、しばらく経つ。


チリン、と、南部鉄器の風鈴が鳴る。2度目、3度目と涼やかな凛とした音ともに、座敷に風が通った。


艶のある長く濃いまつ毛に縁取られた少女の双眸が、続けて音を連ねる風鈴を見つめる。そして、少女はその双眸が閉じ、軽やかな一迅の風が頬を撫でていくのを、わずかに楽しんでいた。


風が止む。


それを合図に。

珠々子は目を開け正面に視線を戻した。


彼女が視線だけで動かした空気のあまりの大きさに、その場にいた大人たちが声を忘れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ