百日紅③
ガランとした、藤野家の静養屋敷。
昼下がりは常ににぎやかだった。ほんの数年前までは。
学問や嗜み事の稽古の時間を終えた瑛や珠々子、そしてその祖父たちが毎日、他愛なく楽しく過ごしていたから。
そんなにぎやかだった静養屋敷に、影がさし始めたのは瑛の祖父が風邪を拗らせたことから始まった。
結城公がこの世を去り。さほど時を開けず珠々子の祖父も亡くなり。
瑛は、結城家子息としての教育が本格化し結城家屋敷にいる時間が増え、珠々子は女学校に上がり平日は寄宿舎生活となり。
藤野家静養屋敷は静かな館に変わっていった。
それでも、珠々子が女学校の寄宿舎から帰ってくる金曜から、寄宿舎に戻る月曜の朝までは、屋敷も華やぎを取り戻しはしていた。
珠々子が屋敷に戻る時は、大抵、瑛も、やって来ては泊まっていくものだった。
そんなある日。
女学校にいた珠々子に、藤野家屋敷から急用だと車で迎えが来た。
授業中の珠々子の教室に現れた息切れを隠す校長、その校長が彼女を視線で見つけ出した刹那、彼女は何か大変なことが起きたことを悟った。
寄宿舎にも寄らず、女学校の玄関に向かうと、そこには藤野家静養屋敷のお女中頭で、珠々子の乳母が待っていた。
普段、笑顔しか見せない乳母が、生気を失ったような目と頬の怖張りで、身体はわずかに震えさえしていた。
珠々子に付き添っていた校長に、乳母が深々と頭を下げると、校長は心配気に珠々子を見やってから、乳母に会釈をし足早に去って行った。
「お車に」
乳母が、女学校玄関前に待たせている車を視線で指し示す。
「ありがとう」
珠々子の柔らかいけれど、しっかりした声。彼女の声の調子に、わずかに乳母が息を呑むように吸った。
まだ15にもならないというのに、珠々子の凛とした女主人そのものの空気に、そうなるよう養育してきた乳母自身が驚かされた瞬間だった。
珠々子を車に乗り込ませ、その横に乗って乳母が車のドアを閉めた。
しばらく車が走って、木漏れ日の美しい道になった時。乳母が珠々子に耳打ちした。
「祐輔様がお亡くなりになりました」
と。
珠々子は、静かに頷き、目を閉じて呼吸を数回した後、目を開けた。
細く長く息を吐き出し、彼女は窓の外に視線を移した。そんな彼女を、乳母が悲しげに見つめていた。