百日紅①
盛夏。
強い陽射しを幾分か和らげる木々と、川の音。
蝉の声の洪水の中、愛らしい子供の声が聞こえる。
「姉さま、珠々子姉さま」
白い小花が咲く庭から、ぴょんぴょんと跳ねながら、幼い男児が屋敷の中に大きな声で呼びかけている。
男児がぴょんぴょん跳ねるのに、その黒髪も同じく跳ねていた。
薄桃色の頬が印象的な女の子が、縁側の奥の部屋の襖を開けたかと思うと、ふわりと縁側に現れた。
そして、男児を見つけるとダリアのような笑顔を見せた。
「瑛ちゃん」
華やかな笑顔によく似合う、柔らかい少女の声。
少女が自分に気づいたのが嬉しいのか、男児がくしゃっと笑う。
そんな男児の目線に合わせるように、少女が縁側に座った。それに合わせて、男児は縁側に上半身を乗せるようにして、少女の膝の上に揃えられた手に手を重ね、さらなる笑顔になった。
「姉さま、瑛、もう遊んで良いそうです!」
弾む男児の声。
この屋敷は、代々続く、この地の殿様のお抱え医師の藤野家の持つ静養と子の養育の為に建てられたもの。
少女は藤野家の一人娘、珠々子。
男児は、かつて藤野家を抱えて居た元藩主の結城家の一人息子、瑛。
二人とも、この藤野家の静養屋敷で産まれ育っている。
「瑛ちゃん、お上がりなさいな」
丸い頬を笑顔でさらに丸くした、珠々子が、瑛を縁側に上げた。
縁側に2人、顔を見合わせて並んで座っただけで、瑛と珠々子は可愛いらしく笑い合わずに居られなかった。