序章 桜霞
指先まで真っ白に彩られた純真無垢な花嫁姿。
花嫁衣裳で全てが隠れているに近いその姿で、花嫁になるのは早すぎるのが、一目瞭然。
山間に目立つ大きな屋敷。
この辺りでは、元の殿様と引けを取らないどころか、それをも超える、西洋の色を濃く出したものだった。
そんな屋敷から少し離れた、花嫁が育った、陽当たりが良く、花木が豊かな庭に囲まれた、静養のために建てられた小さな屋敷。その中の洋風座敷で、花嫁は椅子に座っていた。
ただ無言で。
ただ静かに。
浅い呼吸を、機械的に繰り返していた。
姿見の前。
腕や首筋、胸もと、背中までお白粉を塗られた、刷毛の冷たい感触が未だに、違和感として彼女の肌に残っている。
1つ、彼女は細く深い息を、わずかに開いた口元からこぼした。
紅く塗られた唇。
姿見に映った、真っ白に塗られた顔、紅をさした口許、結い上げられた髪。
滑稽な花嫁姿だった、と、彼女は脳裏の残影をかき消すように、目を閉じた。
花嫁と同じく、この山間には不似合いな、洋装の少年が、その座敷の前、無言で立っていた。
ガラスのような無機質な表情のない双眸で、閉ざされた襖を見つめているだけだった。
座敷の花嫁も、襖で隔てられた少年も、ただずっと呼吸さえ押し殺したように静かだった。
「・・・」
この2人の世話をする人達をとりしきる、お女中頭であり乳母と、身の回りの世話をしている女性たちが、同じく押し黙ったまま、少年の背後、少し距離を置いたところに、やって来て、立ち止まった。
その空気に、少年は振り向きもせず、静かに去って行った。彼の歩みを、お女中頭たちは静かに見つめていた。
少年が廊下から見えなくなるまで待って、お女中頭たちが襖前に移動した。
「珠々子お嬢様…」
お女中頭の凛とした、わずかに湿り気のある声
「…ありがとう」
柔らかく何処までも暖かい、花嫁の静かな返答。
その返答に、女中たちの目が一瞬で潤んだ。