4話
残り時間 9:28:00
俺は、アーケードを少し離れた所にある住宅街の民家に潜んでいた。
理由はもちろん、今後どう動くかを決めるためだ。
帯刀していた日本刀をテーブルの上に置き、椅子に腰かけ天井を仰ぐ。
“結果、服装に合った装備にはなったけどな……。銃弾の方が良かったのかな……”
この刀はナイフとは違い、引き金はなく抜刀した時点で光る。
2回目のドロップ品で目ぼしかったものは、コレと5発の追加銃弾だった。
あの時はアナウンスのこともあり、一刻も早く場を離れるため直感で刀に手を伸ばしたのだが……
“クッソ、銃弾が脳内をチラつく……”
一息ついたことで生まれた余裕がもう一方への未練へ変わってしまったのだ。
腰に携えたものの代わりに消えた追加銃弾5発のことを思い出し、ため息をつく。
ちなみに、元々腰にあったナイフはというと、懐刀として学ラン下に巻きなおした。
頭を振り雑念を飛ばす。
“軽くこの家の中を見回ってみて、トラップなんかは見かけなかった。とりあえずここに隠れていても問題ないだろうけど……。”
俺はもう一度、このゲームを始めた自称:神のことを思い出した。
“俺以外にもこんな風に隠れている人間はかなりいるだろう。初っ端から『プレゼントボックス』とか言って轢き殺しに来る奴だ。放置しておくはずもない。ここへ来て10分も経っていないだろうけど……”
移動を考え立ち上がったとたんに、遠くで爆発音が響いた。
それを皮切りのように、あちこちでも重低音が鳴り始めた。
“開戦か?それともトラップか?”
窓を開き耳を澄まし、音源を聞き分けようとしたが、音同士が干渉し合い距離がつかめない。
突如、耳を刺すような爆音が近くで響いた。
右に振り向くと、土煙の中から爆発点と思われる完全に瓦礫となった家が見えた。
“周囲は……外壁や瓦なんかが散らばっているだけでさほど被害は無いか?”
おそらく、衝撃は屋外にまでは届かないのだろう。
爆発点の法則がわからない以上、動き回って対応のしやすい外にいたほうが幾分かは安全だ。
刀を腰に差しなおし、廊下への扉を開い……
そこには来た時には無かった、廃材で造られた人形……の胸に付いているタイマーの赤い数字が電子音を立てながら7からカウントダウンをしている!
“やばいやばいやばいやばい。原因アレだ!”
直ぐに振り返り、ダッシュでベランダへ。
ちょうど真下にあった駐車場の屋根へ着地。
瞬間、窓から抜けてきた衝撃波でバランスを崩し、そのまま地面へ転がり落ちた。
“いって、HPは……97になってるな”
幸いにも落ちた場所が道路のアスファルトではなく、庭の芝生だったので大きなけがとはならなかった。
この減少した『3』という数字をどうとらえるべきか。
自然に元に戻るものなのか、一切として回復手段が無いのか。
負傷に明確なダメージ値が表れたことによって、行動一つに自身の命がかかっているのだと突き付けられた気がした。
“って、こんな呑気に座ってる場合じゃない。さっさと移動だ。”
また爆発に巻き込まれないとも限らない。動きながら考えろ。
自分を奮い立たせて走り出した瞬間、背後から濃密な寒気が俺を包んだ――『助けて』という微かな心を孕んで。
息が荒い。
全身に鳥肌が立っている。
こんな危険な状況で道のど真ん中で留まり、剰え蹲って隙を晒すなんてありえない。
だが、身体は言うことを聞かずに恰好の的となっていた。
“なんだよ、さっきのアレは…………”
先ほどの寒気、昨日までであれば全く問題がなかったであろう。
似ていたのだ――教室で感じたプレッシャーに。
“落ち着け……。落ち着け……。負の感情ではあった。でもあれほど濃密じゃない。それに不快ではあったけど、別種のものだ”
似て非なる負の感情に気圧された心へ言い聞かせ、震える体を持ち上げる。
それよりも気になるのは『助けて』という救難信号だ。
とても不思議なことに、ただ解ったのだ。
『文字が見えた』とか『声が聞こえた』とかではなく、『頭の中に自分のものではない感情が浮かんだ』といった感じだ。
“とても危険なはずだ。だけど……”
『助けたい』
100%純粋にそう思えた訳じゃない。
恐怖心自体はまだ抜けず、自分自身に余裕がない。
『気になってしまった』
そんな一時の感情に任せてトラウマへと向かった。
刀を鞘から抜き、道を塀に沿って進む。
前進、トラップの確認、後方の確認……と、数10m進むだけでも精神がすり減る。
進むごとに頭痛も強まり、気分も重くなって……
“これ、俺自身の疲労感から来てるものじゃない!”
刀を納め、急いで走った。
“徐々に気分が悪くなってきた……でも、多分あと少しだ”
角を曲がると、道に散らばった瓦礫と崩れた民家、そして下半身が埋もれ、頭から血を流している人。
「だ、誰……?」
瓦礫を踏んだ音で気が付いたのか、虚ろな顔でこちらを見上げた。
助けが来たのだと、彼の感情の中に僅かな安堵が生まれた。
“た、助けるよ!”
足早に近寄ると、何故か緊張感が高まっていった。
「来るな‼」
振り絞るような声と共に彼の安堵は完全に消えた。
“どうして⁉助けに来たのに⁉”
彼から受け取る苦痛が徐々に大きくなっていることがわかる。
「だから、来るなって言ってるだろ!」
更に俺がにじり寄ると、怒号と共に彼を囲むように半透明の壁が現れた。
“早くその瓦礫をどけないと”
「なんでさっきから黙って突っ立ってるんだよ!」
“え”
そうだった。
いつも何気なく発していた声。
それを俺は奪われていたのだ。
“ま、まって、俺はただ助けたいだけなんだよ!”
自分の焦りと伝わってくる苦痛が混ざり合い、パニックになって必死に壁を叩いた。
「ハア……ハア……。やっと本性を現したかよ、エネミー!」
“違う!”
叫びの代わりに口から出たのは不気味な吐息。
「……こんな茶番に巻き込まれて、こんな形で死ぬのかよ。血もHPの減少も止まらねえし。とうとう痛みも感じなくなった…………
せめてもの救いといえば、『友達を救える』かもしれないって事だったのに……
ごめんな、カズ……」
こちらを睨みつける彼の目からは涙が流れていた。
なぜ気が付かなかったんだろう。
今朝教室で聴いたばかりだったじゃないか。
高まり続ける苦痛は周囲の空気と置き換わったようで、呼吸するのも敬遠したくなる。
“人が目の前でこんなにも苦しんでいるというのに……。”
手を伸ばすだけで、声をかけるだけで救いになるのに。
そんな『当たり前』を奪われた俺は、ただその場に崩れるしかなかった。
「雄大、将也、あとは頼んだ…………」
彼の身体からマリンブルーの花弁が飛び散り、壁の向こうをスノードームの如く埋め尽くした。
青い鮮やかな色はどんどん無くなっていき、やがて全てが枯れ落ちた。
いつの間にか無くなっていた壁。
その向こうには、制服姿で横たわる鈴木雅貴があった。
“だめだ、しっかりしろ。ここで折れちゃいけない。”
直前まで増幅していた苦しみと、死の瞬間に発せられた細やかな解放感と安堵感。
雅貴の感じたそれら全ての感情は俺自身の感情に合わさった。
“……認めない。死は決して救済なんかじゃない。俺は生きるんだ!生きて必ず願いを叶えるんだ!”
膝に手を当て立ち上がる。
胸に留まり締め付けてくる痛み。
これは彼の無念だ。
汲み取り、忘れることなく、自分の目的を成せ!
“あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………”
“痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……”
決意表明を行った途端に聞こえた2つの心。
その大きさと含まれている負の感情で頭が割れそうになる。
乱れた呼吸を何とか整え、聞こえてきた方向を振り返る。
“今のって…………”
何が起きているか全くわからない
――が、
“待ってて、今度こそは絶対助けるから!”
間違いなく誰かが苦しんでいる。
鈴木雅貴の亡骸に手を合わせ一礼し、声のもとへ走った。
走り始めて10分と少し、一向に聞こえていなかった心が徐々に頭に流れてきた。
“これって、さっきの人の心⁉”
能力が壊されるかと思った悲鳴。
それを放った者とは思えないほど小さく弱り切った心。
“何とか間に合った……生きてる……”
そんな安堵に包まれ、コンビニのある角を曲がった。
“え”
血だらけの身体。
心の発信者は真っ赤に染まり、道に立ち尽くしている。
右手には支給されたナイフを握り、足元には……
「あ……、ああ、こんにちは。」
何かに気づいたかのように光の失われた目で見つめ挨拶をしてきた男の下に転がるのは、腹から血を流した心を持たない制服姿の女だった。
「こ、これはね…………そう。俺、襲われたんだよ。うん。」
今にも消えそうだった男の心は、ぐちゃぐちゃな形を成し肥大化していった。
襲われた。
言葉に嘘はない。
実際、男は左肩や左腰などの様々な箇所から血を流している。
聞えてきた声2つ目の声の主はこの男だったんだろう
「正当防衛だったんだ!」
“やめて…………”
「仕方なかったんだ!」
“それ以上近づかないで”
「だから……!!!」
死んでいた目は血走り、ナイフを振り上げ襲い掛かってきた。
来た道を戻り逃げる。
辺りに散らばる瓦礫で足を擦り剝きながらも走った。
“ああああああ……、どうして…………、どうしてこうなるんだ”
恐怖と悲痛でめちゃくちゃになりながらも、生へ縋り付くように走った。
背後数十センチにまで迫っていた足音が急に止まり、倒れ込む音が聞えた。
男の歪に膨らんでいた心は枯れ落ち、純粋な死への恐怖心だけが残った。
「なあ、助けてくれよ!俺、死にそうなんだよ!必死に追いかけたせいで傷が開いて…………。だから…………」
男の考えが読み取れた。
男はどうやら、自分のHPを回復する能力を持っているらしい。
「近くに来て肩を貸してくれよ!それだけでいいからさ!」
ただ、その能力は、他人のHPを奪うというものだった。
「なあ!早くしろよ!お前が逃げるから傷が開いたんだ!そうだ、これはお前のせいなんだ!」
“違う、やめて……。俺は、君を救いたかっただけで…………”
「なあ!早く!なあ!!!」
身体を動かすことすらままならなくなった男は、焦燥と恐怖で造られた最後の絶叫をした後、花弁に包まれた。
“違う…………。俺のせいじゃない。俺のせいなんかじゃないんだよ…………”
自身に無理やり言い聞かせるが、耳に焼き付いた断末魔は鳴りやまない。
制服姿となり、動かなくなった男の顔はしっかりとこちらを睨みつけていた。
頭を占有していた男の大きな感情が消えてクリアになったところに、遠くの心が次々流れ込んできた。
“あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛”
“辛い、苦しいよ……”
“死んだほうがマシなのかな……?”
“誰か……助けて…………”
聞こえた心は自分の感情と合わさり、呼吸の邪魔をする。
力が入らない。
行動するための気力が起きない。
『人の痛みを理解できるようになれ』
そんなご立派な思想。
それは力のある者ができて初めて成り立つものであって、
無力な俺には――
ただ辛いだけの能力だった。
もう、いっそ…………
“ねえ、大丈夫?”
後ろから、誰かの心が聞えた。