3話
“……ここが、戦場⁉”
『シャッター通り』
そんな言葉が生まれて久しい中で、
精肉店、青果店、駄菓子屋、煙草屋……
様々な店が暖簾を出し、通りに入った人間を総出で歓迎する
ここは、そんな理想的な商店街となっている。
……ただ一つ
とてつもなく奇妙なことを除けばの話だが……
“人が……いない?”
思わず開いてしまった大口を慌てて塞ぐ。
“そうか……今は声が出なくなっているのか……”
音は敵プレイヤーに自分から居場所をばらすようなもので、
大声が出ていたら……
上に架かっているアーケードで反響し、通りの外まで現在地を知らせていただろう。
そんな中、皮肉にも奴の呪いのような力に助けられたようで、
こみ上げた感情で舌を打つ。
“…………フゥ……。ここは一体……”
深く呼吸をして気持ちをリセット、
周囲をもう一度確認しなおす
いないのは人だけはでなかった。
犬や猫の姿も、野鳥の鳴き声も無い
動物が、存在していないのだ。
一方で、横の精肉店のショーケースには新鮮な赤身肉が陳列されている。
“雑草の1本も生えていないことが、ただ手入れが行き届いているということでないとしたら……”
どうやらここは、生き物がそのまま吐き出された世界らしい
そんな中、
陳列された商品が――
光る看板が――
聞こえてくるBGMが――
この上なく奇怪さを加速させていた。
“とりあえず、辺りを調べないと……”
おもむろに目線を下に向けると、爆弾のイラストが描かれたパネルがあった。
ここはゲームのステージだ。
だとすれば、足元の物が何を意味しているか
そんなことは誰にでもわかることだろう。
“これは⁉……トラップ……だよな。一応試すか…………いや、やめておこう”
『触らぬ神に祟りなし』
そんな言葉があるのだから。
しかし、いきなり目の前に仕掛けてあるとは、ゲームマスターの性格が窺える。
召喚された場所である車道のど真ん中から、歩道へと移る。
通りかかった理髪店の窓ガラスに目を向けると、一人の男の顔が映った
“⁉”
焦って身構え、周りを見渡すが、誰もいない。
“まさか……”
今の自分に起こっていることを整理するべく、『¥1000スピードカット』と書かれたガラスの扉を押した。
“姿見!これで全身を確認できる。”
鏡が映した者は、
黒い学ラン、膝上まである紺のマント、学生帽、といった大正ロマン風の制服を着ている。
そして、
“これ、俺……なんだよな……”
その顔は今朝の洗顔で見た犬山大樹の顔ではなかった。
顔立ちは北欧人のようで、髪は銀色で短く、目は碧い。
更に特徴的なのが、右頬の位置に一輪のマリーゴールドのペイントがある点だ。
“ゲーム用のアバターってことなのか?よくできている。……で、”
この制服に似つかないもの。
腰に巻いてある剣帯と、そこに差してあるコンバットナイフだ――まだサーベルか日本刀であれば軍人に見えなくもないのだが。
ナイフは諸刃になっていて、光を軽く反射している。
見ると柄には引き金があり、引くと刃部が薄っすらと青白く光りだす。
“……ものは試しだ。”
右手を洗髪台に向かって振りかぶり、そのまま下に下ろす――
陶器でできた台を豆腐でも切るかのように、殆んど減速することなく青い弧を描いた。
『ザッ』という音と共に、台は2つに割れた。。
“あ”
止まることのなかった勢いにあまりの切った感の無さが相まって、柄が手から抜けた。
ナイフは、後ろの棚に1度ぶつかってからフローリングに転がった。
“光ってない。引き金を引いていないとこの程度か”
真っ二つな台と対照的に、棚と床には少しのへこみがあるだけだ。
“これで人を……”
思いかけたところで首を振り、邪念を引き剥がす。
“遼輔を……みんなを助けると決めたんだ……。迷っている暇なんて無い。……ん?”
決意表明につられて力が入ったとき、右手首についたものを思い出した。
腕輪だ。
ちょうど腕時計を見る感覚で手を前にやる。
“いかにも『触れろ』って感じだな。”
ユラユラと強弱が入れ変わる赤いランプに触れる――
フォン
という電子的な音と共に、ホログラムの『home画面』が現れる。
『ミッション未達成』の文字が大きく書かれており、残り時間は『09:52:46』。
次に『緑色のバーと100/100という数字』……これは俺の体力か。
『視界上に表示』をタップすると、視界右下に同じバーと残り時間が現れた。
結構目障りだが慣れる他ないだろう。
……最後に『397/397という数字』。これは間違いなく生存者数だ。
この数字はどう足搔いても半分以下になってしまう。
いや、違う!
俺が――このゲームをクリアすれば!
全てぶち壊せるんだ!
床のナイフを拾い上げ、理髪店を後にした。
扉を開けたところで、『ふれあい通りへようこそ!』ゲートと、その下の観光客用マップに気が付く。
元々いた場所がこの通りの始まりだったのは、自称:神の気遣いだろうか
“……いや、余計なことは考えるな”
再度蘇る今必要のないものを押し殺し地図をチェックする。
この『ふれあい通り』は、60ほどの様々な商店からなっていて、全長は200m弱。
近くにはアスレチックのある運動公園が、
通りを抜けて2㎞ほど先には中学校があるようだ。
この街は、1から自分で作ったのか、どこかから流用したのか。
どちらにしても、閑古鳥すら存在しないこの場所で『ふれあい通りとは……
ギギギギギ
どこからか、金属がアスファルトと擦れる音、ギア同士がぶつかり鳴らす駆動音、蒸気機関を彷彿とさせる空気の噴出音が聞こえ……
“徐々に音が大きくなって……近づいて来ている⁉”
物陰へと潜みつつ、ゲートを覗く。
“な、なんだよあれ⁉”
目に映ったモノは…………異形。
高速回転しているチップソーやチェーンソー。
上下運動を繰り返す槍。
銃口と思われる穴には、存在意義を疑うフロントサイトが付いている。
不規則に、そして大量に付属したそれらは、どれもサイズがバラバラである。
機械仕掛けのモンスターは転がるように進み、
通過されたゲートは一方の柱が切断され、異形の上に崩れた。
もちろんそれは、降ってきた看板になど意に介さず――そもそも意思があるかなど不明なのだが――通りを進み始めた。
“ヤバイ、あれは絶対にヤバイ!”
そもそもあれは、どこへ向かっているのか
俺の位置を理解しているのか
逃げるにしても、進むスピードはあれが限界なのか
――戦うとして、倒せるのか
そんなことを考えている間もあれは進み続け、こちらへと向かってくる。
“どうすれば……”
突如、異形の真下から透き通るような電子音が鳴り始め…………爆発
鼓膜が吹き飛びそうな爆発音と、肌が焦げそうな程の熱風。
異形が通りの中央に差し掛かった辺りでの出来事だった。
“まさか、トラップ⁉”
俺が召喚された位置ではない。
“あれと同じものと断言はできないけど……”
情報量の多さに混乱しつつも、『軽くでも触れていなくて良かった』と胸を撫で下ろす。
さて、ここで一番気になるのは、あの異形の状態だが……
“まだ動いている⁉”
一瞬の安堵から残酷な現実へと叩き戻された。
“でも……流石に無傷ではない!体のあちこちの部品が外れて……は⁉”
異形からこぼれ落ちたパーツは、槍や剣、機関銃や拳銃へと変わっていた。
あのモンスターにダメージを与えると武器がドロップする……ということだろうか。
だが、最も大きな変化はそんなことではなかった。
“移動スピードが上昇してる⁉”
先ほどまでは年配者の歩み程度だったものが、重量物が外れたせいか俺の小走りくらいになっている。
もちろんあの武器を拾いたい。
が、迫ってくるモンスターと、目の前のトラップという、2つの明確な脅威から逃れるべく走った。
今はまだ追いつかれるような速度ではない。が、
“あれが地雷踏んで更に加速したら……逃げ切れない……”
あのモンスターは1体だけなのか。
そもそも俺を追ってきているのか。
そんな不安が頭を鈍らせる。
“違う!今考えるべきことはアレをどう捌くかだ!”
2個目の地雷を踏むまで約20秒。
観察しろ!
“武器が剥がれてから加速したってことは、剥がれない限り一定スピードで進むはず。俺をただ直線で追っているなら蛇行すればその都度進行方向を変えるはずだが……アレはただ真っすぐ進んでいる。つまり、道なり通りにしか進まない!それなら……”
俺は人が1人通ることがやっとな路地に入った。
追ってきたとして、外装がいくら鋭くても突っかかるはずだ。
二回目の爆発。
自転車くらいの速さになった異形は、進行方向を変えず、そのまま道なりにどこかへ行ってしまった。
“そもそも追ってきて無かったのか……杞憂だったな……”
路地の壁に背中を預けたとき、疲れがため息となって口から漏れた。
体力を回復するためずっと居座っていたいが、敵はさっきのアレだけではない。
というか、真の敵はプレイヤー……同じ人間なのだから。
俺は1回目の爆発箇所へと向かった。
“落ちているのは剣、槍、拳銃か”
俺が拳銃に手を伸ばすと他は消えてしまった。
“1つしか選べないのか。他の武器の方がよかったかな“
弾が4発しか入っていなかったリボルバーに軽く後悔した。
2回目のドロップ品の元へ向かおうとすると、アナウンス音がどこからか流れた。
「やあ諸君、アルガだ!僕からのプレゼント、しっかり受け取ってもらえたかな?残念ながらプレゼントボックスに押しつぶされたり、文字通りその身で受け取ってしまった人もいたみたいだけど、これを聴いている人たちは大丈夫だよね?じゃあ、武装もできたところで、本格的にゲームを始めてもらおう!せいぜい頑張ってくれよ!」