2話
「……ここは……?」
横たわっていた体を起こし辺りを見渡す。
「小部屋……?いや、……箱?」
四方の壁、床、天井、
どれも1辺が3メートル程度であろう正方形。
その六枚で構成された、全方位グレー一色のコンクリート製の立方体。
そんな箱の中にいた。
めまいのする頭に手を添え立ち上がったとき、ひときわ大きな痛みが頭を流れた。
あまりの痛みに唸り、その場に崩れた。
痛みは脳内をクリーンにし、教室で起こったすべてを思い出させた。
だがとても不自然なことに、
あれほど自分を支配し、身動きの一つもできぬほどに縛り付けていた恐怖心はかんじなくなっていた。
感情はただ一つ、奴に対する恨みだけ。
こみ上げる憎しみをこぶしに込め壁へぶつける。
ドサッ
殴った音とほぼ同時、
立っている場所の後方で、何かが落ちる音がした。
「フッ、ずいぶん可愛らしいもの寄越すんだな」
振り返ると、先ほどまで自分が倒れていた場所に
大量の花弁を固めて造られた球体があった
「黄色やオレンジ……マリーゴールドか何かか?」
とても固く、触り心地はとても滑らかで、中からはコロコロと音がする。
千とも万とも思えるような花弁で固められたボールの中には、何かが入っているのだろう。
「それ、きれいだろう!」
そこかしこから放たれた不気味な声は、不協和音となって箱中で響く。
「アルガ……だったよな」
「お、よく覚えててくれたね。まあ、忘れることなんてできないだろうけど。」
「どこにいる!ここはどこだ!」
辺りを見渡すが、奴の影はない
「まあ落ち着きなって。これからの話があるんだからさ。」
姿を現さない自称:神に向ける怒りが、会話で上昇。必然的に拳に力が入る。
「これから君たちには『平等なゲーム』を行ってもらう。内容はとてもシンプル!自分の生を掴み取るゲームさ!」
「……どうせ……」
そこで言葉を止めた。
最後まで自分の口から言えば、考えてはいけない感情が膨らむ気がしたからだ。
「そう、犬山大樹!君の想像通り、ゲームオーバーした時点でこの世からも即退場のデスゲームってやつさ!」
「そんなゲーム、わざわざ参加してやる理由が……」
「残念、これは強制だ。まず君は自力でこの部屋からでることはできないし……」
俺の言葉を予想していた、若しくは知っていたかのように、俺の言葉を遮ったそれは、少し貯めたところで、クスクスと笑いながら続けた。
「実際にいるんだよね、自殺する人間が。恐怖か絶望か。或いはその両方か。そんな理由で舌を噛むんだよ。それが可笑しくてさ!『死』程度でこの私から逃げ切れるわけがないのにね!」
「俺たちを……」
「ん?」
「なんだと思っているんだよ!」
奴の答えなんて知っていた。だが、叫ばずにはいられなかった。
奴は、奴の考えを俺が分かっているということを分かっていたようで、返答は一つため息だった。
「戻るけど、そんな私の前で死んで逃げようとする間抜け者たちには、とあることをしてやるんだよ。人間の脳は、死ぬ瞬間にドーパミン等の快楽物質を大量に分泌するのは知っているか?そう、それはまるで、死の恐怖を無理やり上書きするかのようにドバドバとね。さて、私は人間の脳をいじってその快楽物質の出口を塞ぐワケだが、そんな人間はどうなると思う?」
「…………ウッ……オエッ…………ハア、ハア……」
様々な事を突然頭に詰め込まれ、その反動で床に落とした吐瀉物は神の発言の醜悪さを形容していた。
「想像できてると思うけど、答えは『自我が崩壊する』でした!……まあこれで分かった通り、君たちはどう足搔いても 『参加する』という運命からは逃れられないということだ」
奴は、それは嬉しそうに、高らかに絶望を突き付けた。
「では前置きはこれくらいとして、最低限の説明をしよう。まず、君たちは約100㎢のステージで制限時間の600分を過ごしてもらう。参加プレイヤー397名はランダムで配置されて、どこで誰と出会うかわからないスリリングなゲームだ。ゲームをクリアすると、なんと!どんな願いも私が1つ叶えてあげよう!クリアの条件は、もちろん生き残ること。そして……」
少しの間。
なぜか、想像がついた。
人を苦しめたがっているものが、どんな条件を突き付けてくるかが。
「他プレイヤーを1名以上ゲームオーバーにすることさ。……あれっ、あまり動揺してない?」
「……お前の考えが、なんとなくだが分かったんだよ。生き残れる人数は、最高でも半分になる。」
「おー、すごいね君。と言うか、それがわかってて『はい、そうですか』っていう感じでいられるって、どうなってんの?」
淡々と、人の感情を逆撫でするようなことを言ってくる。
だが無駄である。
なぜなら、既に絶望と、それ以上の奴への殺意で満ち溢れている。
「フフッ、イヤー、本当にいいね!君!」
「は?」
常に噛み締めていた奥歯が、奴への憎悪で持ち上がる。
「だって、君が憧れを抱いている彼、立花遼輔君と大違いなんだもの!いつも他人の気持ちを感じ取り、他人のために尽くす。そんな彼のようになりたいと思っているくせに、君が今考えているのは、個人的な感情一つ。他の事なんかそっちのけの自己中が……」
「やめろ!」
奴は、俺の感情をぐちゃぐちゃにしようとしているだけ。
頭ではそう理解している。
だが、図星をグサリと突き刺したナイフは抜けず、俺を痛め続ける。
「では、話に戻ろう。このゲームでは、プレイヤーに武器のほかに、とある能力が渡される。そこで……」
すると突然コマが切り替わるかのように、目の前にくじ引きに使用される箱が現れた。
「君の能力は君自身で掴め!って感じでね。」
無言のまま手を箱へ入れ、中の紙を一枚取り出し、折り畳みを開いた。
「『心盗み』……?」
「それか―。ハハハハハ!君にぴったりの能力じゃないか!」
「なんだよこれ、説明しろよ。」
一頻り笑った後、奴は説明をした。
「それは、周囲の人間の思考や感情を読み取る力。読み取れる距離は、その思いの大きさで上下する。まあ、強い思いであれば遠くでもわかるし、逆に弱いと近くでないと読み取れないというもの。端的に言うと心を『声』として受け取るというもの。そして……」
「……。……⁉」
突然だった。
声が出せなくなっていた。
「能力は、『与えられると、代わりの何かを失う』、または『能力自体が何かしらのデメリットを含んでいる』といった風になっているんだ。『心盗み』の場合は発声能力だね。」
声が出せない?
そんなの、大して影響はない。
「あと1つ、大事なことがある。」
また突然に、くじ引き箱が紙とペンへと切り替わった。
「ここに君の願いを書くんだ。一応言っておくけど、ゲーム前に決めた願いは変更できないからな!」
――もう、願いは決まっていた。
そもそもクリアをした人間がいたとして、『願いを叶える』という要素は一体必要なのだろうか。
こんなことを願ったとして、あいつ……遼輔のようにはなれないことなんてわかっていた。
だけど。
形だけでもこうしなくては。
こんなのはエゴだ。
だけど――
「書き終わったみたいだね。君の願いは、『ゲーム中に死んだプレイヤーを、怪我等を治した状態で蘇生』か……。フハハハハハ!でもいいの?勝ち残ったとして、君自身にメリットなんてないだろ!」
――そんなことはない!
お前の計画をぶち壊せればそれでいい!
これは、俺自身が強く望んでいることだ!
それに……
「『たとえ他の人間を目標達成のために殺しても、願いで生き返させられるから……』と正当化しているのか……。本当に君は屑で人間らしい!とても醜い!一瞬でも自己犠牲の精神だと思ってしまった自分がバカみたいだ!そんな自己中心的な思想を、精々貫き通して見せなよ!じゃあ、行ってらっしゃい。」
手に持っていることを忘れていたあのボールが、突然振動しだし、
花弁がすべて弾け、箱中を舞った。
ボールからは丸い石が飛び出し、右手首で小さく赤く光り、腕輪となった。
飛び散った花弁は、今度は俺を包み始め、体中に張り付いてきた。
――くそっ、離れろ!
奪われていた視界が晴れた時、そこは見知らぬ街の、人のいない商店街だった。