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1話


プロローグ


 この世界は平等だった。

 始まったものは終わり、増えたものは減り、創られたものは壊れる。それが絶対のルールだった。


――そう、“だった”のだ。

 

とある種族がこの不変であるはずの理から外れだした。

神が途方もない時間を費やし創ったレール。

それを少しずつ、でも着実に捻じ曲げ、好き勝手に変えていった――伸ばす先にある他のものを破壊しながら――

 

人間である。


 それらは、他の種族に与えられた権利をくだらない理由で奪い去った。

『生活を豊かに』と進められた土地開発。

『美食』という概念が生んだフォアグラ製法。

『美しくなりたい』というエゴから生まれた人体実験代わりのドレイズテスト。

すべてに平等に与えられるはずものを……与えられなければならない権利を、命を、運命を奪ったのだ。

 

運命とは、0から始まり、0へと帰還する波なのである。

 何かを得れば何かを失う。

 反対に、何かを得るためには何かを失わなければならない。

 それが当然のことである。

 

……だが、人間はどうだ。

(マイナス)を被ったものへ支払われるはずの(プラス)を貪るのだ。

支払わなければならないはずの代償を(なす)り付けるのだ。

神……いや、邪神の如くこの世を弄ぶのだ。


だからボクは、責務を果たすとしよう――調和を取り戻すために。

 



 ピンポーン

 

 「ごめん、すぐ行く!」

 『階段を駆け上がる→制服に着替える→階段を駆け下りる』が俺、犬山大樹の朝のルーティーン。

 朝食の直後には少々キツイ運動である。

 駆け下りた勢いを殺さないために、靴のかかとは踏んづけて扉に突っ込む。

 玄関の押戸を抜けた先には、右手に着けた腕時計を見つめている奴が立っていた。

 「6分24秒……記録更新まであと3秒ちょいだったな」

 「ハァ、ハァ……クッソ、ワイシャツの第4ボタンがなかなか入らなかったからだ。この無機物ヤロー!」

 へそのあたりにデコピン(?)をした。

 「惜しかったな……っておい、そもそも待たせすぎだっての。、プラスチックは有機物だし」

 こいつは立花遼輔、さっきのインターフォンの正体だ。

 遼輔は5月半ばに身内の都合やら何やらで転校してきた。

 初めはお互いに他人行儀だったが、趣味が合い、よく話すようになった。

 家が近いことも分かり、一緒に登下校を繰り返して早1ヶ月、もはや幼馴染のノリ――そもそも俺には幼馴染なんていないのだが――が通じるまでになっていた。

 「ったく、もう少し早く出て来いよ」

 「いや~、リョウさんの鳴らすチャイムで『急げ!』っていうやる気が出るんだよな~。まあ、ちょっと楽しんでいる節はあるかな!あれがホントのピンポンダッシュ……」

 本当に悪かったから!

 もう口を閉じるから!

だから、頼むから、送る視線を段階的に冷たくしていくのをやめてくれ!

「そ、それに約束の7時半には今日だって間に合って……」

 「ぜんっぜんオーバーしてるから」

 遼輔の口からため息がこぼれた。

 「スミマセン、キヲツケマス。」

 「……いいよ、明日も計ってやるから。だからせめて5分で来いよな」

 半分呆れながら、でも笑いながら。

気まずくなりかけていた空気を大人の対応で打開してくれた。

 「アザッス!今日帰ったら、ピンポンダッシュの練習しておきます!」

 「その前に早く起きる努力をしろよ……」

 そんな、日常のくだらないやり取りをしつつ学校へと歩く。




7時56分、1-3の扉を開く。

いつもの如く、教室後方が騒がしい。

騒いでいる4人……いや、野口和也が来ていないから3人組か。

右から越智雄大、香取将也、鈴木雅貴だ。

「な~、野口は?」

特に話すわけでもないのに、気になったのか自然とそんな言葉が出た。

「「「しらねー」」」

ハモった。

「なぁ大樹、あいつら昔からああなのか?」

「ああ。親が元々友達らしくてさ、生まれた頃から一緒らしいな。」

「仲いい奴が何人もいるって良いよな。……仲間内のノリだけで暴走するのはアレだけど」

二人で苦笑いをして席へ着いた。

「な~、1限なんだっけ?」

「んー、化学。移動教室じゃん。メンド~」

教室の中からそんなやり取りが聞こえてきて、思い出したように教科書を……

「あ……」

リュックの中から出てきたのは、明日の2限の物理だった。

「入れ替わってる⁉」

「んなワケあるかっ!いつも朝ギリギリでやってるからだろ」

登校中と同じため息が背中を突き刺す。

「確か2組も今日授業あったから、ホームルーム終わったら急いで借りて来いよ。まったく……」

キーンコーンカーンコーン

有難いお説教を聴いているうちに8時10分になった。


「来ないなー」

既に15分近くも経過したが、担任の現れる気配はない。

いつもなら鐘が鳴るくらいには前の扉を開いているのに――鳴る前に居るのが教師として普通なのだが――今日は取り分け遅い。このままだとチャイムが鳴ってしまう。

「何してんだろ?どうする、呼びに行く?」

「いいよ。遅れてるのは先生だし」

「チャイムなったら移動しようぜ」

静かだった教室も教師が来なければ徐々に賑やかとなる。

『担任が来ないな』から始まった密談は、昨日の夜のドラマ、明日発売の新作ゲーム、放課後の予定……と様々な話題へと移り膨れる。

盛り上がりが最高潮に差し当たった時、チャイムが鳴った。

雑談で満ち溢れている教室にガタガタと椅子を引く音が加わる。

「俺、先行ってるから。ちゃんと借りて来いよ」

「ハイハイ」

軽くうなずき筆箱のみを持って俺も立ち上がる。

「なぁ、扉あかねーんだけど」

 誰かの一声で教室が静まった。

 

 「早くしろよ~」

 「さっさと開けろよ~」

 突拍子もないことを言われ、黙り込んでいたクラスメート達。

そんな奴らも我に戻ると、面白半分で野次を飛ばす。

 「だから、マジで開かねーんだよ!」

扉と格闘中の越智は徐々に苛立って来ている。

「そこ、そんなに建付け悪かったか?俺にも見せてくれよ」

燃料を投げ込まれ爆発しかけていた越智に、そんな言葉を掛けたのは遼輔だった。

そのまま自然な流れでドアの相手を交代した。

……やっぱり、人の心がよく見えてるんだな。

人の気持ちを直ぐに理解できて、輪の中に入っていける。

多分あいつから話しかけてくれなければ、ただのクラスメートのまま卒業を迎えていたのかもしれない。

そんなところが、とても憧れる……

とても羨ましい……

「なー、こっちも開かねーんだけど」

今度は教室前方の扉に行った香取が声を張る。

「そっちもかよ!」

「どんだけ建付け悪いんだよ、このオンボロ校舎!」

「このまま授業もサボれるんじゃね?」

 扉を見守るもの、騒ぎ出すもの、スマホを触るもの……

教室内は様々だ。

「なあ、マジで開かないの?」

「スマホ圏外になってるんだけど。なんだよこの学校。」

「そろそろ開けようぜ~」

イライラするものが増えてきた。

俺自身も少しソワソワしてきた。

「こんだけ騒いでもクレーム来ないってやばいよな~。で、開きそう?」

扉の前でしゃがんでいる遼輔に問いかけた

「なあ、スマホが圏外って本当か⁉」

急に立ち上がり、怒鳴るように問う遼輔。

「あ、ああ、そうだけど」

荒れた呼吸、青ざめた肌、震える身体。

初めて見る遼輔に、教室中が呆然とする。

「な、なあ……どうしたんだよ遼輔、お前らしくないぞ。深呼吸しような」

深呼吸を数回ほどしてもう一度全員の方を見る。

「悪い、取り乱した。……みんな、落ち着いて聞いてくれ」

 次に出た言葉で、全員が凍り付いた

 「俺たちは……完全に閉じ込められた」




「マ、マジな顔で何言ってんだよ遼輔」

「この扉、建付けが悪いとか、そんなんじゃなかったんだよ!完全に密着してるんだ。壁に取っ手が付いてるような……そんな感じなんだよ」

なぜ、こんなにも遼輔が怯えているのか。

そこで全てが繋がった。

閉ざされた扉

これだけ騒いでも外へ届かない声

圏外になったスマホ

いつもの教室が、完全に隔離された密閉空間になっていた。

「は⁉どういうことだよ⁉」

「そういや、空気もどんどん悪くなってる気が……」

「なあ、窓も開かねえよ⁉」

当然のようなパニックだ。

扉、壁、窓

密室を隔てるものを破壊しようと暴れだす。

不安・恐怖の気持ちは人に伝播し、どんどんと増幅していく。

 バリバリバリバリバリバリ

 何かが引き裂かれるような音に、金属が擦れるような音。

 二種類の不快音が混ざり、爆音で部屋に響く。

 反射的に目を瞑り耳を全力で押さえつけたが、お構いなしに全身を伝い脳に刺さる。

 「な、なんだよ今の……え……」

 教室前方、黒板や教卓があった場所がなくなっていた。

 破壊された、衝撃で崩れた、

 そのように簡単に言い表せるものではなかった。

 破れていたのだ。

 フィクションで見るような、空間が破れた、そんな姿となっていた。

 破れたは先は黒く、そこで途切れているのか、続いているか

 奥行きを一切掴むことができない。

 夜、闇、宇宙、

 そんな表現が適っている、黒となっていた。

 とても奇怪で誰一人近づこうとしなかった。

 ザーーーーーーー

 「今度はなに!?」

 突然のノイズにあちこちから悲鳴がはじける。

 天井に設置されたスピーカーが何かを発し始めた――全員の不安を煽るように。

 「あーあー、マイクテスト。こんにちは、諸君!」

 聞こえてきたのは、年齢・性別様々な声が入り乱れている奇妙な音。

ある時は少年のハイトーンボイスが目立ち、またある時は老婆のかすれた声と無機質な合成音声が共存し……と、常に変化し続ける声色は、不気味の一言に尽きる。

「私はこの世界の神“アルガ”である。どうだい、オープニングセレモニーは楽しんでくれたかな?」

神だって⁉じ、じゃあ……

「なんでだっ!お前が神だというなら、何でこんなことを!」

クラスメートすべての声を代弁するかのように、震えた声で越智が叫んだ。

「なぜか?それは君たち人間がこの世の平等を犯すから。だから神の私が直々に君たちに罰を与えに来たのさ。」

「よりにもよって、なんで俺たちなんだ!俺たち以上に悪い奴らなんかいくらでもいるだろ!」

「……」

少し黙り込み、神は大きなため息をした。

「本当に……本当に醜いな、人間って生き物は。そもそも君たちだけではないし……でも今のではっきりしたよ。やはり君たちが適任だった。」

ザーーーーーーー

先ほどと同様のノイズが響く

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……もう許してください……お願いします……あ゛あ゛あ゛あ゛もう嫌だあああああ」

聞こえてきたのは絶叫。

自称:神のものとは違う男子高校生の……聞き覚えのある声……

今日、教室に来ていない者の声……

「え……野口……?」

野口和也の声だった。

突然登場した神に向けた怒りと疑念。

それにより多少押し行けられていた感情――

恐怖心が――

知り合いの叫び声という、より現実(リアル)を帯びた要素により異常なほどに高まった。

「もちろん、私が直接君たちに手を下してもいいんだ……こんな風に」

チリン

鈴の音のような音が教室に鳴り響――

「ア゛ア゛ァ゛ァ゛熱い熱い熱い熱い」

全身をバーナーで焼かれるような痛みが走る。

だがその突き刺してくる痛みは、熱いはずなのに鳥肌が立つ。

言葉で形容できない、そんな『悍ましさ』を含んでいた。

チリン

「どうだったかな、痛覚に直接働き掛けてみたんだけど……うん、効果は覿面(てきめん)だね。これも情報を提供してくれた彼――野口君に感謝だね。」

普通ならショック死するレベルなんじゃないかという苦痛を外側と内側から浴びたが、意識が飛んでいる者は誰一人いなかった。

「さて、私の自己紹介が終わったことだし、君たちには移動してもらおうか」

神がそう告げると、破れた世界の先――黒が徐々に教室を侵し始めた。

「あ、ああああ……ぁア@aアアあaAa@あAaA@AAaaaaa」

もうまともに声も出ない。

体を起こす体力もない。

そんな中で、黒は教室に満ちていった。



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