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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼岸花

作者: 哪綴黎

それはある夏の終わり。

まだ少し蒸し暑さが残る夕暮れの事だった。


8月23日 pm4:45

鳴り響くその音に目を覚ます。画面には君の名前

「ああ、またか」

3回目のこの日、君からの着信。

僕はスマートフォンを伏せた。

君の声を聞くのがなんだか怖かった。

僕は臆病な人間だ。ずるい人間だ。これから起こることを知りもしないのに逃げたくて逃げたくてたまらない。

それでも僕は行かなければならない。向き合わなければならない。何故だかそう感じたのだ。

僕は音を奏で続けるそれを手に家をでる。


多摩川の河川敷

初めて君を見つけた場所、僕が初めて君に恋をした場所。

そこには愛犬を愛でるいつものおばさん

買い物袋を片手に小さな手を慎重に、だけどしっかりと繋いで歩く親子

4年生ぐらいだろうか、自転車で無邪気に駆け回っている。

いつも挨拶を交わすおじいさんもおばちゃんも

通りすがる人は誰一人として僕を見ない。

3回目の今日も変わらないこの景色

僕の額から汗が垂れた。

暑さによるものなのか、それともこれから起こることへの恐怖なのか、僕にもわからなかった。

「ーーくん」

「ほんとに来てくれたんだね、。」

聞きなれたその声に振り返る


透き通るような白い肌

風になびく綺麗な髪

彼女のふっくらとした紅い小さな唇から言葉が綴られる

「ごめんね待たせちゃったかな。」

整えられた眉を下げ申し訳なさそうに謝る君

「...いや、今来たところだから。」

君が心配そうにこちらを見ている。

震える身体を必死に抑えながら僕は問う。

「それで、用って?」

「ああ、うん」

君は目を伏せながらぽつぽつと語りだしたね。

僕たちが出会った頃の話、それから2人でゲームをしたりご飯を食べたり。

そんな他愛のない話をした後、君は僕を見た。

2人の目が合い、そして君は少し戸惑いながら口を開いた。

「...ーーくん....あのね、..私...」

そこまで言いかけると君は瞳に涙を浮かべた。

次の瞬間僕の脳裏に記憶が次々と流れ出す。

交通事故。耳を劈くトラックのブレーキ音。通りすがる人間の悲鳴や野次馬たちの好奇の目。次々切られるシャッター音。

そして君の泣き叫ぶ声。名前を呼ぶ声。泣き顔。

伝えられなかった好きの2文字。

あぁ、そうだ。思い出した。

飲酒運転をしていたトラック運転手が起こした事故だった。

負傷者5名。死者1名。幸い彼女は軽傷で済んだらしい。

僕はずっと分からないふりをしていたのだ。自分の死を受け入れられなくて、3年たった今でも自分はまだ生きていると思っていた。河川敷のおじいさんもおばちゃんも僕を見なかったわけじゃない、見れなかったのだ。なぜなら僕はとっくのとうに死んでいるのだから。

ああ僕はどこまでいっても臆病でダメな人間だね。

こんなに愛しい人を自分が死してなお泣かせているのだから。

薄れていく意識の中で僕は君の手を取る。

「泣かないで。僕は君の笑った顔が好きなんだ。」

やっと伝えられた。こんな形になってしまってごめんね。

伝えたいことは山ほどあるのにもうそれを言葉にする力も僕には残されていないらしい。

最後の力を振り絞り僕は君に別れを告げる。

「...もう行かなくちゃ、今までありがとう。僕の分まで幸せになってね。」

君の大きな瞳から零れた水滴が頬を伝って僕の手に落ちる。

「.....私、幸せになるからね。」

無理やり作られた笑顔に心が痛くなった。

本当はもっと君に好きだと伝えたい。僕がこの手で君を幸せにしたかった。

でももうそれは叶わないから、だからせめて君の心が僕で埋め尽くされないように。

幸せになってね。

それだけ残して僕の意識は完全に絶たれた。


こうして僕の長い彼岸参りは幕を閉じた。

どうかまで君に幸あれ。

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