今宵、謁見の間で
全てを知っている──。
そう言わんばかりの真剣味を帯びた声音と視線を受けた事で、スタークは数秒ほど黙ってしまったが。
「……まさか」
「えぇ、お察しの通りです」
「っ、それじゃあ──」
その後、同じように真剣な表情にて確信めいた質問を投げかけんとしたスタークに対し、ノエルが微塵も表情を崩す事なく先読みして首肯してみせた事で、スタークは『やっぱりか』と考えつつ軽く舌を打った。
それもその筈、仮に目の前の近衛師団長が彼女の目当てたる並び立つ者たちだったなら、『あんたは元魔族なのか』と聞くまでもなく、この狭い空間で序列十四位との戦闘が幕を開けてしまうからに他ならない。
しかし、そんなスタークの憂慮は──。
「私は──並び立つ者たちではありません」
「……へっ?」
これから先、自分が重々しく投げかける筈だった質問をすらも先読みして淡々と答えてきたノエルの発言により、あっさりと解消されてしまったのである。
(こいつじゃねぇって事は──っ、いや待て待て!!)
スタークは一瞬、『そうなのか?』と気を抜きかけたが、それはそれで疑問が浮かんでくるというもの。
「……証拠は?」
まず第一に、『並び立つ者たちではない』と言える確たる証拠を提示してみろ、と低い声音で尋ね返す。
すると、ノエルは俯きつつ黙考してから何かを覚悟したかのように金色の瞳に決意の色を秘めて──。
「私ではなく、陛下が並び立つ者たちだからです」
「! じゃあ、あの時の会話は……!」
昨夜の謁見の間での会話を、たとえ一部だけだとしてもスタークが聞いていた事を前提としたうえでの証拠の開示をしてみせたノエルに対し、それを察したスタークは彼の予想通り昨夜の会話を思い出していた。
『──……乗るな──しを──並び立つ者たちと』
明らかに国王の声音で発せられていた、あの途切れ途切れの言葉の真意を問うべく、スタークが彼の二の句を待っていると、ノエルは重々しく首を縦に振り。
「えぇ。 私と……並び立つ者たちの序列十四位、“ナタナエル”によるものです。 とはいえ何も昨夜に限った話ではなく、あの元魔族が陛下に『取り憑いて』から毎晩のように押し問答を繰り広げているのです──」
おそらく当人から聞いたのだろう、ナタナエルというアストリットのメモにも記されていた元魔族の名と序列を告げるとともに、つい先日の夜に謁見の間にて繰り広げられかけていたらしい会話を回想し始める。
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昨夜も、いつものように剣を構えながら自分を睨みつけるという、まぁ何とも変わり映えのしない光景に飽き飽きしていたのか、ナタナエルは溜息をこぼし。
『……性懲りもせずに来たのか。 無駄だと言うのが分からないのか? それとも本気で私に勝てるとでも?』
謁見の間に据えられた玉座の肘掛けに片肘をついた姿勢で、とても温厚なネイクリアスでは浮かべそうもない背筋が凍りつくが如く冷ややかな視線を向ける。
『っ、当たり前だ! 今日こそ陛下の御身を返してもらう! これ以上、貴様の好きにさせてたまるものか!』
いかな強者といえど、そもそもの種族からして違うナタナエルの威圧感に気圧されてしまうのは無理もないが、それでも彼は決して引き下がる事なく剣に身体に魔力を込め、その金色の瞳に決意と覚悟を秘める。
『たかだか一国の近衛師団長風情が図に乗るな……この私を並び立つ者たちの序列十四位と知って、なおも挑まんとする胆力だけは称賛に値するとはいえ──』
それを受けて露骨に機嫌を悪くしたナタナエルが彼の諦めの悪さ、もとい精神力だけは評価できると口にしつつ、その重い腰を上げて何度目かも分からない戦いの幕を開けんとしていた──ちょうど、その時に。
『なっ!?』
『『!!』』
スタークの驚きの声が割り込まれたのである。
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そんな会話をしていたのだと語るノエルの言葉を聞いて、また別の疑問が浮かんだスタークが口を開き。
「……もう一つ聞いてもいいか?」
「えぇ、もちろんです」
彼女に──というより自分たち双子にとって重要になるかもしれない、そんな問いかけをすべく確認を取り、ノエルは拒否などせずスタークの二の句を待つ。
「あたしは──いや、あたしらは並び立つ者たちを感知できる特別な手段を持ち合わせてる。 それが何なのかは詳しく言えねぇが、あの国王に初めて会った時は全く反応しなかった。 これが何でかは分かるか?」
その疑問とは、この瞬間も彼女の腰に差されたままの半透明な剣──パイクの事であり、ここまでの経験から並び立つ者たちを感知できるという事が判明しているにも関わらず、どういうわけか国王には反応しなかった件について、とりあえず聞いてみる事にした。
もう少し正確に言うのなら、あの謁見の間を後にする際にパイクは若干の反応を見せてはいたのだが。
そんな中、顎に手を当て考え事をしていたノエルはといえば、ハッと何かを思い出したように顔を上げ。
「……あの時は、まだ夕刻だったからではないかと存じます。 あれが持つ力の詳細は分かりかねますが、どうやら夜間でなければ力を発揮できないようで。 その証拠に、あれは夜分遅くにしか顔を出さないのです」
「……なる、ほど」
序列十四位に与えられた称号、【月下美人】の力を把握しているわけではないようだが、それでも日が落ちてからでなければ──とは看破していたらしく、これまでの戦いも全て夜間だった事を告げると、スタークは分かっているのかいないのか微妙な反応を示す。
尤も、アストリットのメモに彼の能力の詳細も記されていたのだが、もちろんスタークは覚えていない。
(あん時、一瞬だけパイクが反応したのは……あの部屋を出る頃に日が落ちてたから……で、シルドが反応しなかったのはフェアトが部屋を出てたから──か?)
とはいえ、いくらスタークでも彼の話から『パイクが反応しなかった理由』が分からなかったわけではないし、もっと言えば謁見の間を出ようとした時のパイクの反応も思い出せていたのに加え、ついでに『シルドが反応しなかった理由』にも考えを及ばせていた。
今の彼女は、これまでで最も明晰と言える──。
──かも、しれない。
「信じていただけないかもしれませんが、これでも私は数ヶ月に亘って毎晩あれと言葉を──時には剣や魔法を交えています。 しかし先が見えないのも事実。 私では陛下を解放して差し上げる事ができない」
「……」
そんなスタークをよそに、ノエルは途端に苦虫を噛み潰したような表情と声音を持って、ナタナエルの存在を知った時から数ヶ月間に亘り誰にも悟られぬよう夜中に戦っていた事と、されど不甲斐ない自分では国王陛下を救い出せないのだという事を明らかにした。
彼の目の下の濃い隈も、それが原因なのだろう。
その一方で、スタークは『私では陛下を解放して差し上げられない』という発言に引っかかっていた。
「……あたしの見立てじゃあ、あんたはクラリアより強ぇ筈だ。 あくまでも剣術だの魔法だのを引っ括めたうえで総合的に、だけどな。 それでも勝てねぇのか」
それもその筈、王都が誇るヴァイシア騎士団の長であり、その剣術で並ぶ者は王都にいないとまで評されるクラリア=パーシスと比較しても、ノエルの方が総合的に見て実力は上だと判断していたからであり、そんな彼であっても手も足も出ないのかと問いかける。
「……残念ながら。 とはいえ何度か互角以上の戦いができていた事もあったのです──あったのですが」
「?」
すると、ノエルは重々しく首を縦に振りつつ彼女の疑問を肯定しながらも、どうやら勝利の可能性を全く掴めなかったわけではないらしい事を明かしてみせたのだが、それを否定するような言葉を同時に口にした事で、スタークは訳が分からず首をかしげてしまう。
「……ここ一月弱ほどでしょうか、どういうわけかナタナエルが急激に強くなったのですよ。 これまでは人間より少し強い程度だった力が大幅に上昇したり、ほんの少しでも傷をつけられていた一撃が弾かれたり」
そんなスタークに対し、ここ一月の戦いを脳裏にて振り返っていたノエルは、『唐突で異常なほど【攻撃力】と【守備力】の上昇』の影響で全く持って勝ちの目がなくなってしまった事実を悔しげに語った。
ここ一月、そして【攻撃力】と【守備力】。
もし、ここに話を聞きに来たのがフェアトだったのならメモを持っていたし、そもそもメモの内容を覚えているのだから即座に関連付けられたのだろうが。
(……いや、まさかな……)
残念ながら、そこはスターク。
結局、明晰とは言い切れない感じになっていた。
「……スターク殿。 私は、【ジカルミアの鎌鼬】がナタナエルと同じ並び立つ者たちであり……ナタナエルより更に序列が上の十二位であると聞いています」
「……それは、あたしも知ってる」
悔しげに歯噛みするノエルと、ほんの少しだけ考え込んでいたスタークによる妙な静けさの中で、ノエルが口にしたのは通り魔が並び立つ者たちであり序列十二位であるという双子も把握している事実であり、それは流石に覚えていたスタークが首を縦に振ると。
「そんな危険な相手との戦いを控えているお二方に対し、なお願うなど烏滸がましいとも理解しています」
「……何が言いてぇんだ?」
スタークたち双子が並び立つ者たちと戦う使命にあるという事を、あくまで勇者と聖女の娘という事実を隠したうえでクラリアから聞いていたらしいノエルが何かを頼み込む旨の言葉を口にするも、スタークは眉を顰め『回りくどい言い方はやめろ』と暗に告げる。
すると、ノエルは決して世辞にも綺麗とは言えない机に擦り付けんばかりの勢いで頭を下げてから──。
「──どうか、この不甲斐ない私に代わって陛下を救っていただきたいのです!! もちろん私も微力を尽くします!! どうか、スターク殿だけでも……!!」
十も二十も離れている筈の小娘に対し、おそらく謁見の間には劣る程度の防音仕様となっている部屋に響くほどの迫真の声を持って、ともに元魔族を討ち倒し国王陛下を解放してほしい──そう頼み込んできた。
恥も外聞もなく──とは、まさにこの事であろう。
(手合わせとか、そんな感じじゃなくなっちまったな)
それを見ていたスタークは、ここに来るまで『手合わせとかできねぇかな』と邪とも言える考えを抱いていた事を反省しつつ、その頼みを断る理由もない為。
「……わーったよ。 もう片方は……あたしの妹に任せときゃ何とかなるだろうし、そっち手伝ってやるよ」
「! あ……っ、ありがとうございます……!」
栗色の髪を掻きながら、どうせフェアトなら通り魔の攻撃も通用しないだろうと踏んで──事実、通用していなかった──あちらは妹に任せ、こちらの討伐を自分が担当すると宣言した事により、ノエルは疲弊した表情を若干だが明るくさせて謝意を示していた。
その後、小一時間ほどの話し合いを終えた二人は一つの約束を交わし、この薄暗い部屋を後にする──。
今宵、謁見の間にて──。
と、そんな約束を。
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