我が名は──
突如、スタークの攻撃から〝殺気〟が消え失せた事に気づいた者は観客の中にも一部しか居なかったが、それでも。
「──我が名、は……ッ」
『? ハーマン選手?』
殺気を消すどころか攻撃の手を完全に止め、それを皮切りに防御姿勢を解きつつハーマンが何かを口走ろうとしている事は流石に観客たち全員が気づき、耳を傾けんとした瞬間。
「我が名はッ、ハーマン!! 獣人族の期待を一心に背負った武人也!! 目指すは言わずもがな優勝じゃったが、どうにもそれは不可能なようじゃ!! あな口惜しや、口惜しや!!」
「「「……!?」」」
満身創痍の彼が叫び始めたのは──〝負け名乗り〟。
勝ち名乗りなら分かるし、スタークが叫ぶなら分かる。
だが今こうして叫んでいるのは敗色濃厚なハーマンの方である上に、その内容は決して覆せぬ敗北への遺憾の意。
……何故そんな事を? と抱いて当然の疑問を観客たちのみならず貴族はおろか王族さえもが頭に浮かべつつ見守る中。
「じゃが不思議と悔いはない、むしろ晴れやかな心持ちだとさえ感じる! それは何故かなどと問われるまでもない! 業を背負うた生の末期に、斯様な強者と巡り逢えたのじゃから!! さぁクソガキ、貴様は何を目指して此処に居る!?」
「「「……ッ」」」
「そりゃあ〝優勝〟を──」
あくまでも彼が口にした〝口惜しい〟とは勝利を掴めなかった己への不甲斐なさについてであって、スタークのような強者と闘えた事自体は武人冥利に尽き、忠義があったとはいえ重すぎる咎を背負った身には過分な最期だと誇った上で。
そんな己の屍を踏み越えて、何を目指すのか?
そう問われたスタークは、パッと頭に浮かんだ二文字の言葉で以て返そうとしたが、すぐにふるふると首を横に振り。
「──……いや、違ぇな。 テメェを殺したら次のヤツも殺して……そんで、あそこで高みの見物なんぞしてやがる師匠もぶっ倒す。 それがあたしの目指す〝完全優勝〟ってヤツだ」
「……もはや、疑う余地もありはせんの」
ただの優勝ではなく、この大会で己と当たる全ての強者を完膚なきまでに殺戮し、その先で待つキルファをもこの大会で超えてみせ、〝最強の武人〟として君臨してやると豪語する少女の紅い瞳の奥に、ハーマンはかの者の姿を見ていた。
かつて世界を魔族の脅威から救った、かの勇者の姿を。
「さぁ皆の衆、片時も目を離さず結末をご覧じよ! このハーマン、誰に恥じる事ない散り様を見せてくれようぞッ!!」
「「「……!!」」」
そして今、スタークから観客たちへと意識を向けたハーマンの漢気溢れる〝負け名乗り〟の締め括りを耳にして。
「「「う……ッ!! うおぉおおおおおおおおッ!!」」」
「「「パイク!! パイク!! パイク!!」」」
「「「ハーマン!! ハーマン!! ハーマン!!」」」
『ま……ッ! まさかまさかの〝完全優勝宣言〟ッ!! ハーマン選手の理外で豪快な〝負け名乗り〟も相まって会場の熱気は最高潮!! 見逃すな、白熱した試合の結末をッ!!』
闘争に脳を焼かれた国の民が、沸かぬわけもなかった。
『……いくぜ、ハーマン』
『来ませい、スターク!!』