躾という名の──
──偽方陣。
読んで文字通り、偽物の魔方陣を指し。
数、色、寸法、展開位置、刻まれた術式に至るまで、魔方陣を魔方陣たらしめる全てを、ただ眼前の敵を欺く為だけに全く異なる魔法の発動に必要な魔方陣だと誤認させる技術。
その為、魔法を使えても造詣が深いとは言えない野生の魔物たちには大した意味を成さず、基本的には偽方陣を使用する者と同程度の知識を持つ魔法使いか、もしくは戦場にて発動する大規模魔法を小規模に見せかけたり、その逆を突いて要らぬ警戒をさせたりと使い所は多岐に及ぶ。
仮にも【六花の魔女】の教え子を名乗るなら、魔方陣に刻まれる術式の文字数や配列くらい記憶していて当然だろうと踏んだがゆえの行使だったが、見事に刺さったようで。
同属性、及び有利な属性の魔法の魔方陣に干渉、強制的に解除する魔法、【解】を発動していた事を隠匿されていた以上、【闇壁】が破壊されてしまったのも頷けはしたが。
そんな風に理解と納得をしている間にも、シルドの反応速度を僅かに下回る程度の勢いで飛来してきた床石が、シグネットの【土創】によって得た凶暴な顎の形で牙を剥き。
いくつかは叩き落とせたものの、その殆どはフェアトの素肌や服の上から獰猛な肉食獣かの如く喰らい付き、まるでそういう用途の処刑器具であるかのようにフェアトの首から上だけを綺麗に残し、そこから下は床石で埋まってしまった。
「首だけは残してあげるよ、手土産用にね!!」
「……なるほど、してやられましたね」
「さぁ、お立ち会い! これがボクの切り札──」
何度もこういう殺し方を経験していなければ、こうもスムーズにはいかないだろうと少しばかりの感心を示していたフェアトをよそに、シグネットは顎を模した両手を──。
「──【獄牙々霊柩】ッ!!」
──閉じた。
「ふぇ……ッ!?」
『き……ッ、決まったか!?』
その瞬間、会場には頑丈な金属や鋭利な刃物同士を擦り合わせたような甲高い音が連続して鳴り響き、その破滅的な音が響けば響くほど中の少女に死が迫っているのだと嫌でも実感させ、事情を知るリスタルまでもが思わず名を呼びかけ。
これほど分かりやすい決着もないだろう、とセリシア戦で感じたばかりの実況者が、またしても同じ感覚を抱く中。
「あーっはっはっは!! そんな恨みがましい死に顔しないでよお姉さん! ちゃーんとボクが【六花の魔女】の初にして唯一の教え子として歴史に名を残してあげるからさぁ!!」
『しょ、勝者! 【魔ほ──』
実況者や審判、観客たち以上に勝利を確信して止まない様子のシグネットが、とても次期王配に最も近い者とは思えぬ強欲に満ちた表情で嘲笑うものだから、いよいよ決着がついたと審判が断じてしまうのも無理はなく、その手を掲げて。
『──……あッ!?』
「? 何だよもう──」
下ろす前に、何かに気がついた様子で一時停止し。
さっさと終わらせて次に備えようと、完全に休息気分に移行していたシグネットが不機嫌そうに笑みを止めた瞬間。
「──少しでも警戒した私が馬鹿でしたね」
「……はっ?」
「「「!?」」」
闘技場に響いたその女声に、少年の思考も止まる。
聞こえてきたのは、さっき殺した筈の少女が埋まったままの【獄牙々霊柩】の方からであり、おそるおそる向くと。
「な……ッ!?」
そこには、やはり【獄牙々霊柩】から血反吐一つない綺麗な首だけを晒したまま光の灯る瞳で彼を見据える少女の姿があり、かと思えば次の瞬間には内側からの【雷爆】で即席の処刑器具を破壊し、こちらへ近づいてくるではないか。
土には相性不利な筈の雷属性の攻撃で破壊された事。
自滅覚悟か、【盾】も無しに【雷爆】を発動した事。
この一瞬だけでも気づく機会はあったが、今の彼の脳内には『何故だ』という衝撃しか残っていない事が仇となり。
「……貴方は私の、【無敵の盾】の真価を知らない。 これから行うのは、たった十五歳の私から十歳の貴方に捧ぐ──」
こうして告げられているヒントさえ、彼には届かず。
「──躾という名の、蹂躙です」
「〜〜ッ!?」
ただ、その少女が放つ〝圧〟に息を呑むだけだった。
……尤も、実際に感じていたのは神晶竜の圧なのだが。