処刑人の情報
まるで、この世のものとは思えない──とまで言いたげなトリィテの表情を見たスタークは、ようやくありつけた港町らしい海の幸に舌鼓を打ちつつも。
「……何だよ。 そんなにドン引くような事か?」
知らねぇもんは知らねぇんだよ──と思うだけには留まらず、それを実際に口にしながら眉間に皺を寄せて、見るからに不機嫌である事を前面に押し出した。
すると、トリィテは『気を悪くしたならごめんなさい』と軽く頭を下げながらも、どうやら彼女にも譲れない部分があるらしく『でもね?』と話を続け──。
「……この大陸に住んでいるなら、たとえ子供や老人でも──果ては獣人や霊人でさえ彼女の事を知っているって云われるくらいの有名人なのよ?」
大陸一の処刑人──というのは誇張表現でも何でもないようで、ヴィルファルト大陸に居を構える知恵持つ生物であれば、たとえ人間であろうがなかろうが彼女の存在を認知しているのだと語ってみせた。
事実、今のヴィルファルト大陸において──処刑人といえばと道行く者に聞いたのなら、ほぼ確実に彼女の名が一番に挙がるくらいには有名であるらしい。
トリィテは密かに──どんな田舎から出てきたのかしらと考えたものの、流石にそれを口にはしない。
「あー……あたしら、よその島から来たんだよ。 な」
「えぇ、なので驚いてしまって……」
その一方、これ以上は素性を明かす事になりかねないと悟ったスタークは、とりあえずヴィルファルト大陸には属さない島国から来たのだと偽りつつ妹に話を振り、それを察したフェアトも頷きながら肯定した。
「……そうなの? それなら仕方ない……のかしら」
トリィテは一瞬、島国の出であったとしても彼女の名すら知らないなどという事があるのだろうかと考えたが、たまたま相席になっただけの少女たちの事情に踏み込みすぎるのもと考え直し、ひとまず自分が知る処刑人について教えてあげる為にと語り出す。
かの処刑人の名は──“セリシア”。
姓が無い事からも王族や貴族といった高貴な身分の生まれではなく、また大陸一と称される今も叙勲などはされておらず、ただの処刑人を名乗っているとか。
無論、最初から処刑人だったわけではなく、当時は単なる一人の十六歳の冒険者としてヴィルファルト大陸における生態系の均衡を保つ働きに努めていた。
しかし──ある日の事。
魔導国家たる東ルペラシオと折り合いの悪い機械国家、北ルペラシオから秘密裏に『身体を機械化された人間や獣』が送り込まれた事で、国境近辺に位置する街や村は甚大なる被害を──受ける筈だった。
そう、受ける筈だったのだが──それを知った当時の国王が騎士団を向かわせた時には、すでに一人の冒険者によって国境付近は血の海と化し、不幸にも一撃で死にきれなかった者たちの首を刎ねて回っていた。
言うまでもないが、その冒険者こそがセリシアであり、あまりに凄惨な光景を目の当たりにした騎士たちは、まるで表情を崩さない彼女の残忍さや冷酷さへの根源的恐怖から歯を打ち鳴らし続けていたという。
その後、幾許もせずセリシアの所業──もとい活躍の噂は国中を駆け巡り、それを知った王族や貴族たちは『処刑人の方が適している』と判断し、セリシアを王宮に招致して宮仕えの処刑人として任命した。
されど、セリシアは処刑人になる事自体は了承しても誰かの下につく事だけは強く拒否し、あくまでも自分の意志に基づいて──と断固として宣言する。
当時の国王は非常に老獪であり、ここで彼女の要求を呑まなければどうなるか──と冷静に考え、セリシアを王宮専属とはしない事を国中に発布した。
それからというもの、セリシアの処刑人としての才を聞きつけた機械国家以外の他国の王族や貴族は、東ルペラシオを介して彼女に処刑の仕事を依頼し、それが長く続いた今、とうとうセリシアは大陸一の処刑人とまで称されるようになった──との事だった。
……詳しすぎないか?
と、思うかもしれないが──トリィテは服飾店を営んでいる兼ね合いで北の機械国家と中央の教導国家を除く二つの大陸国や、いくつかの大陸に属さない島国に妹と一緒に手掛けた衣服や装飾品などなどを卸しており、それもあって中々の情報通だったのだ。
そんなトリィテと偶然にも相席になれたのは──スタークやフェアトたちの幸運だと言えるだろう。
「ちなみに、それってどれくらい前の事ですか?」
そんな長々とした話を海の幸をつまみながら黙々と聞いていたフェアトは、トリィテの話では時系列が不明である事に気がついて何の気なしに問いかける。
すると、トリィテは『言ってなかったかしら』と自分の説明下手を恥じるように軽くはにかみつつ──。
「確か──十五年くらい前だった、って」
「「!!」」
フェアトと同じように何気なく答えたトリィテの言葉に、双子は一つの確信とともに顔を見合わせる。
十五年前──それは、もはや自明の事だが文字通り命を懸けた勇者によって魔王が討伐された年であり。
(おい、十五年前っつー事は……)
(えぇ、ほぼ確定で──あれ?)
やはり、あの処刑人は並び立つ者たちと見て間違いないだろうと踏んだ二人は、ヒソヒソと密談しながらこれからの行動について後で話し合う事にしようと。
──したのだろうが。
あのセリシアという処刑人が自分と同い年であるようには見えないと思ってはいたが、トリィテの話を聞いた事でフェアトはとある一つの疑問を抱いていた。
(……待って、十五年前に十六歳? それじゃあ、最初から十六歳の人間の冒険者として復活を……?)
そう、魔王カタストロの【闇蘇】によって復活した二十六体の魔族、並び立つ者たちが聖女や神々に気取られぬように時間軸さえもズラして転生した事を。
スタークはもちろん、フェアトでさえ知らない。
(思えば、あのイザイアスとかいう男も明らかに三十代後半って顔つきだった。 並び立つ者たちは必ずしも全員が赤子からやり直してるわけではない──のかも)
それでも、かなりの聡明さを持ち合わせているフェアトは自力で殆ど的中と言って差し支えない解答に辿り着き──今は確認する術がなくとも、ある程度は自分の中で納得がいったのか、うんうんと頷いていた。
「……それにしても、この町の方々は本当に災難でしたね。 トリィテさん、ろくに眠れてないのでは?」
そんな折、自分の分の海の幸を食べ終わったフェアトが目の前の疲弊しきった女性を気遣いつつ、されど情報は必要だという姿勢で再び声をかけてみる。
「……えぇ、そうね。 こうしてお酒の力を借りなきゃ眠れなかったけれど……今夜からは眠れる筈よ」
すると、トリィテは力無い笑みを浮かべつつ、すっかり空になったグラスを軽く振って、あっさりと重度の不眠症に陥っていた事を明かすも、もう大丈夫だと思うからと自分に言い聞かせるように語った。
その後、窓から見える段々と天辺から降りていく太陽を見つめながら、トリィテは再び葡萄酒を注ぎ。
「これも全部、あの男を捕まえてくれた騎士団や処刑してくれたセリシア様と──忘れちゃいけないのは」
軽く酔ってしまっているのか、おぼつかない口ぶりで騎士団とセリシアに対しての謝意を露わにしつつ。
「……私の妹は間に合わなかったけれど、あの男の凶行による犠牲者を魔法で最小限に留めてくれた──」
どうやら騎士団やセリシアの他にも今回の事件に尽力したものがおり、その人は優れた魔法使いであるらしく犠牲者はこれでも少ない方だったと明かし──。
「──【六花の魔女】様のお陰だわ」
「!!」
最後にトリィテが口にした魔法使い──もとい魔女の二つ名を聞いたフェアトは目を見開いて驚愕する。
六花の魔女──それこそが、あの辺境の地にいた頃の彼女が師事していた魔法使いの二つ名だったから。
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