武闘国家の頂に座す者
それから、およそ数分ほどの時間を要し──。
──弟子、ですか!? あの少女が!?
──あちらの少女は六花の魔女の教え子……!?
──たッ、大陸一の処刑人!? すぐにお通しせねば!!
などなど、あたふたとした衛兵たちの声が聞こえてきたりもしたが、その言葉通り四人はすぐさま皇宮へと通されて。
「魔導国家の王城とは全く趣が違いますね……あちらは〝高貴〟って感じでしたけど、こちらは〝風雅〟というか……」
ありったけの魔力と潤沢な予算を注ぎ込めるだけ注ぎ込んで、魔導国家の〝王族〟たる者たちの貴さを民に、そして他国に知らしめるべく外部も内部も凝りに凝った意匠が施されたあちらと違い。
豪華ではないと言っているわけではないが、どちらかと言えば魔力よりも〝自然〟や〝環境〟そのものの美しさを用いているように見え、ところどころにある広場のような場所にて鍛錬を積んでいる武闘家や武器使いたちの大声や飛び散る汗も気にならないほどの風雅を感じるフェアトをよそに。
「そうかぁ? 結局、無駄に金かけてるだけだろこんなモン」
「元々姉さんにそういう感性は期待してません」
「……何か冷たくね?」
「別に」
如何にも興味なさげに欠伸しながら、この先に居るのだろう皇帝にのみ僅かな興味を示しているとあからさまに分かるスタークの呟きに、フェアトは視線すら向けず切って捨てる。
何やら対応に棘がある気もするが、それも無理はない。
先の試しの門での一件、フェアトがあれだけ口酸っぱく忠告したのに、スタークは一つとして忠告を受け入れず、皇都のどこかに居るキルファを呼び込む為だけに大きな被害を出し、その始末の全てを他人任せにしてしまったのだから。
そういう人だという事は、あの辺境の地で暮らしていた頃から分かり切っていた事ではあるものの、それはそれ。
話を聞いてもらえないというのは、存外辛いものだ。
「痴話喧嘩もその辺にしとけ、そろそろ着くぜ」
「「!」」
そんな姉妹間のいざこざを、二人の想いを知ってか知らずか痴話喧嘩などと称した事に反論しようとする間もなく、キルファの言う通り衛兵の案内で向かっていた長い廊下にも終わりが見えてきて。
「始祖の武闘家、キルファ=ジェノム様がお目見えです」
『おう、通せ』
絢爛でありながらどこか素朴でもある大きな扉の閂を二人がかりで外した衛兵たちは扉を開くより先に両手を袖に納めつつ片膝をつき、その向こうに座す絶対的な覇者であり権力者でもある皇帝に対しキルファの来訪を告げたところ、返ってきたのは何ともぶっきらぼうな短い返事。
しかし衛兵たちは特に違和感を抱く事もなく見えもしない相手への一礼を欠かさず、スッと立ち上がってから重厚な扉をゆっくりと開いていき、その向こうにある雅な風景が四人の視界を支配する。
小さいながらも荘厳な滝。
手間暇をかけたと見られる流麗な枯山水。
皇都を示す色とも言える朱と黒の煌びやかな吹き流し。
皇帝の御前へ至る道にズラリと並ぶ薫陶を受けた宮仕え。
何より、かの存在が座す風格のある玉座──〝龍椅〟。
絵物語の一枚を切り取ったかの如き風景に圧倒されていたのはフェアトだけであり、それ以外の三人は特に気圧される事も歩みを止める事もなく少し高い位置に座して四人を見下ろす皇帝の御前へ悠々と歩いていき。
声を張らずとも届く程度の距離まで近づくやいなや、一つの国の頂点に立つ者としては随分と若く見える──美食国家もそうだったが──朱と黒と金の意匠が施された旗袍を召した美丈夫が頬杖を突いたまま口を開く。
「──相も変わらず報・連・相がなってねぇなキルファ。 テメェもいい歳なんだ、そろそろ礼儀ってモンを覚えろよ」
「はッ、ンな説教はあたしに一回でも勝ってからにしろ」
「チッ、これだもんなァ……」
何ともわざとらしく感じる深い深い溜息とともに、やはり連絡の一つくらいは欲しかったらしい皇帝の愚痴吐きは、されどキルファを従わせるには至らず、『己に実力で劣る皇帝の命令など聞く価値はない』と暗に吐き捨てられたと理解して強めに舌を打つ中にあり。
「おい、あんたが武闘国家の皇帝なんだな?」
「ちょ、また……!」
「あぁそうさ、キルファの弟子とやら」
元より敬語なぞ使うつもりはなかったろうが、キルファ相手に随分と気安い態度で会話する眼前の皇帝が気に食わなかったのか、フェアトの制止も構わず喧嘩腰で話しかけたスタークに対して、皇帝は余裕たっぷりといった具合に立ち上がりつつ一呼吸置き。
「俺様の名は〝バオ・ウーシュア〟! 皇帝にして、この国で二番目に強ぇ武闘家だ! ま、顔面偏差値は一番だがな!」
「「……?」」
「……あれ? あんまウケてねぇな」
「あんまどころじゃねぇよ、ダダ滑りだ馬鹿皇帝」
「ンだとォ!?」
おそらくウケる者にはウケるのだろう自虐なんだかそうでないんだか何とも分かりにくいボケが、スタークたち相手に滑り倒してしまい、それを厳しめにツッコまれた事で漫才にも近いやりとりが双子をよそに始まったのだった──。
(……やはり、あの男は……)