やっぱお前か
……フェアトが突破した時は、まだマシだったのだろう。
スタークの咆哮と同程度の威力を誇っていても攻撃の全てが試しの門と、それが設置された壁にしか向けられておらず、その一部始終を見守っていたスタッフやギャラリーたちに被害がなかったからこそ、あの時のような歓声で以て称えられたのだから。
だがしかし、これは──……この惨状では、いくら武闘国家にて〝武〟に生きる者たちでさえ素直に称賛する事は難しいだろうし、そもそも肉体的にも精神的にもダメージを受けすぎているせいで称賛どころではないというのが現状。
「う、うぅ……ッ、一体、何がどうなって……?」
「み、耳がァ! 何も聞こえねぇよォ!!」
「な、何なんだよアイツ……ッ、化け物じゃねぇか……!」
逆に言えば、スタークの暴虐を咎める余裕のある者も居ないという事になるのだが、それを成すのは本来スタッフでもギャラリーでも、ましてやセリシアでもなく──。
「姉さん! やりすぎは駄目って言ったじゃないですか!!」
「あたしも言ったろ? 加減なんざしねぇって」
「〜〜ッ! あぁもう、どうしたら……!」
歯止め役である、フェアトの役割。
それを、あの辺境の地で暮らしていた頃から誰より自覚しているフェアトは姉の暴挙を咎めるべく詰め寄っていく。
……尤も、そんなフェアトからの制止であってもスタークが大人しく言う事を聞くかどうかは五分五分──否、五分にも満たない場合の方が多いという分の悪い賭けであり。
どうやら今回は、賭けに負けてしまったようだ。
「どうしたら、ね。 そんな心配、要らねぇよ」
「は……? 何を言って……」
しかし、そんな風に憤ったり呆れたり焦ったりする妹に対して他人事のような口調と態度を崩さぬ姉の、どこにも根拠を感じさせないのに何故か断言するという訳の分からなさが恐ろしすぎる発言に、フェアトが困惑の極みに陥る一方。
「あたしの予想が正しけりゃあ、そろそろ来るだろうぜ」
「……予想? 来るって誰が──」
スタークが何やら意味深なセリフを吐き、その意図が掴めず更なる困惑によって疑問符が湧き放題になっていたフェアトだったが、その疑念は即座に解消される事となった。
「──ッ!? あ、貴女は……!!」
百八十を優に超える上背と、ただの木偶の坊ではないとあからさまに思わせる強靭な肉体、金と黒のメッシュが入ったギザギザの長髪、肉食獣かと見紛うほど鋭く研がれた牙のような歯。
そんな、まるで女っ気を感じさせない風体にはそぐわない凛々しい美貌をも携えた見るからに武闘家の女性に対し。
「馬鹿みてぇに聞き馴染みある馬鹿みてぇな声が聞こえたと思ったら、やっぱお前か。 ちったぁ加減を覚えろ馬鹿弟子」
「あんまし馬鹿馬鹿言うんじゃねぇよ師匠」
「「「弟子!? 師匠!?」」」
馬鹿、馬鹿、馬鹿とスタークを表現する上でこれほど相応しい言葉もないだろうという罵倒の連続で以て、〝ジェノム流〟の開祖たる最強の武闘家に声をかけられたスタークは如何にも嬉しそうにはにかみつつ、その武闘家と右の拳を思い切りかち合わせ。
──〝キルファ=ジェノム〟、との再会を喜んだ。
二人の関係に唖然とするスタッフやギャラリーをよそに。
(……あぁ、だから拳撃でも蹴撃でもなく〝声〟で……)
そして、わざわざ声での破壊を選んだ理由が〝門の向こうに居るだろう師匠に気づかせる為〟だと知った妹もよそに。