水流一閃
試しの門への挑戦は魔法による〝召喚〟や〝創造〟、或いは魔導接合による特殊な魔物の使役は許可されているが、あくまでも予選や本戦は一対一である為、団体で挑戦しに来たとしても同時に挑めるのは一人までであり。
「……姉さん、私から挑戦してもいいですか?」
「あ? まぁいいけどよ」
「どうも」
順番を向こうに決められるという事も特にはないが、どうやらフェアトは姉より先に挑みたいらしく、おそらく断られる事はないだろうと踏んでのお願いに、スタークは予想通り許可を出す。
しかし、この行動に疑問を抱く者も居て──。
(りゅー? りゅいぃ?)
こういう時、基本的に一歩も二歩も引いて姉を立てる事が比較的多いフェアトが、どういう理由で試しの門への挑戦に対して前のめりになっているのが分からないシルドが指輪の状態で疑問の意を込めた鳴き声を上げたところ。
(時には〝示威〟も必要という事です、いいですね?)
(……? りゅー!)
フェアトから返ってきた、『舐められない事もまた救世主には必要な事だ』という、まさに勇者と聖女の娘らしい言い分を受けたシルドだったが、とにもかくにもフェアトがやる気になっているのは良い事だという結論に落ち着いたようで、その元気たっぷりな鳴き声とともに魔力を充填していく一方。
(……まぁ、そっちは建前なんだけどね……)
今度は小声でなく心の声で、己に言い聞かせるフェアト。
どうやら彼女の思惑は〝示威〟などというご立派な思想にはなかったらしいが、心積もりを脳内で紡ぐよりも早く。
「線の細さから見ても、まず間違いなく得手は魔法! 一体どのようにして試しの門へ牙を剥いてくれるのでしょうか!」
「では挑戦していただきましょう! どうぞ前へ!」
フェアトが先に挑戦する事を、双子の挙動から察したスタッフたちによる〝フェアトへの偏見〟を口にした上での促しを受けた為、ひとまず思考を中断して言われた通りに門の前へと進んだフェアトが口にしたのは。
「全力で壊しますので、なるだけ離れてくださいね」
「ッ、まさかの突破宣言! これは面白く──」
スタッフはもちろんギャラリーたちも予想だにしていなかった、まるで当然の事であるかのような〝突破宣言〟。
そんな少女の何の根拠もない自信をスタッフが煽るまでもなくギャラリーたちが歓声を上げようとした、その瞬間。
「──【水斬】」
「「「ッ!?」」」
水属性の魔法名を呟きながら右手を袈裟斬るように振り下ろしたのを見たスタッフやギャラリーたちの中には、まだボルテージが上がりきっていないのにと理不尽な不満を抱く者も居たが、そんな事よりも。
「……え? あ、あの……?」
何かしたのは間違いないのに、何も起きていない。
何か、というより【水斬】を発動した事はスタッフやギャラリーの数人が確認していた為、門を切断しようとしたのは間違いない筈なのに、どういうわけか試しの門には一切の損傷がない。
まさか不発に終わったのか、だとしたら興醒めもいいもころだという複雑な思いを込めたスタッフの声を聞いた直後。
「あぁ、もう壊しましたよ」
「は──……あッ!? う、嘘でしょ……!?」
「「「……ッ!?」」」
フェアトが何気なくそう言った瞬間、『ピシッ』という何かに亀裂が入ったかのような音が周囲に響いたのも束の間、頑丈で堅牢な試しの門は元より、その門が取り付けられている背の高く分厚い壁までもが神晶竜の魔力によって超高圧縮された水流の斬撃によって幾つもの破片に斬り裂かれながら音を立てて瓦解していき。
「ま……ッ、まさかまさかの超一閃!! 線の細さなど何の関係もない!! たった一発の魔法で試しの門を突破だァ!!」
「「「うッ……!! うおぉおおおおおおおおッ!!」」」
それを垣間見つつも、ほんの少し反応が遅れてしまったスタッフの興奮しきった叫びに呼応するように、ギャラリーたちの雄々しい歓声が──女性も居るには居る──崩壊音と同等かそれ以上に響き渡る。
「……はぁ」
……その被害の大きさを憂うよりも、その被害を及ぼしてみせた強者への賛美が優先される辺り、やっぱり武闘国家だなぁと逆に憂いてしまわずにはいられないフェアトであった。