種明かしと反対側の関所
新作、連載中です!
後書きにURLを載せてますので、よければどうぞ!
「──……で、どうやったんですか」
姉がいかにも面倒臭そうに意識を失った──というより強制的に失わせられて倒れ伏したユアンを片手で担ごうとする中、今のうちにとフェアトはセリシアに彼を昏睡させた手段を問う。
素直に教えてくれるかどうかは賭けだったが、つい先程までのやりとりの感じならばワンチャンあるのではと期待した結果。
「……海馬、という部位を知っているか?」
「海馬? 確か、脳の……」
「そうだ。 脳の左右側頭葉に一つずつ存在する、『記憶を司る』部位。 あの男のそれを、【一騎当千】で傷つけた」
「……すると、どうなるんです?」
期待通り、セリシアは十中八九フェアトが脳における部位の名称くらいは理解しているだろうと決め打ったうえでの疑問を投げかけてから、それをほんの数ミリにも満たないほど小さく、されど確実に不可避かつ不可視の斬撃で傷をつけたと明かしたはいいものの。
その結果として彼が倒れ伏したのは分かるが、では何がどうなって倒れ伏す事になったのかという詳細までは理解できていないフェアトが再び疑問をぶつけたところ。
「正確に言えば海馬とは、『記憶を処理する部位』。 強く刺激すれば記憶は消失するが、ほんの僅かな傷をつけるだけならば消失は避けられる。 しかし、その僅かな傷は記憶という情報の処理に雑音、及び障害を発生させ──」
おそらくスタークが相手なら無視されていただろう、より詳細な解説を付け加えるとともに、またもフェアトを試すかのようにわざとらしく溜めを作り、それを挑戦と取ったか取らなかったかは不明瞭ではあるものの。
「──……脳の損傷を避ける為、強制的に意識を失う?」
「その通りだ」
「なる、ほど……」
どうやらセリシアが望んだ答え、いわゆる意識の強制シャットダウンを人為的に発生させたのだと解答できた事に満足しているのか、無表情でもどこか得意げな顔を浮かべるセリシアをよそにフェアトは『とある懸念』を抱く。
目の前の元魔族は、かつて単独で一国を制圧したと云うが。
ひょっとすると、それは武力制圧ではなかったのではないか?
今、姉がズリズリと引き摺る形で向こうの関所へ運ぼうとしてい るあの男相手にそうしたように、たった一秒にも満たない間に国民全ての意識を奪う事で制圧としたのではないか? ──という懸念をだ。
だとしたら、途轍もなく厄介だ。
彼女が序列十位のように武力にだけ長じていたのなら、いずれは姉が彼女の武力を超えるという微かな希望を持てるかもしれない。
しかし、セリシアが手にしているのが武力のみならず知力もだというのなら、おそらく姉はどうやっても彼女に勝つ事はできない。
戦いの中では頭が回ると言っても、しょせんはスターク。
百戦錬磨の序列三位に総合力で敵う筈がない。
だから、フェアトは『とある確信』をも抱く。
……もし、もしもだ。
この序列三位を本気で敵に回す時が来たのなら。
姉も、パイクも、シルドも置いて、きっと誰が相手だろうと一切の害を及ぼされる事のない自分が独りで挑まねばならぬのだろう。
と、確信せずにはいられなかったのだ。
「おい! 何くっちゃべってんだ! さっさと行くぞ!」
「はいはい分かりましたから。 さ、行きましょう」
「……あぁ」
そんな妹の葛藤をよそにスタークは先へ先へとユアンを引き摺りながら進んでおり、『また後で考えよう』と首を横に振ったフェアトからの声かけで、セリシアも止めていた足を動かし。
武闘国家側の関所へと向かい始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
国と国とを跨いだとはいえ、流石に同じ関所では趣も大差なく。
職員の人数についても、服装についてもほぼ似たようなものであった為、特に気になるところもなかった双子はすぐさま不審者を突き出しにかかり、それを見た職員たちは『あぁ、またか』という呆れた表情を浮かべつつも丁寧に三人を応接間へと招き入れ。
「ユアン。 【軽業】を自称する二十一歳、我流の武闘家ですね」
「我流?」
「どこの流派にも属してねぇってこった」
「仰る通りです」
本人が言っていた事も含まれてはいるが、改めて彼が自称する二つ名と年齢、そして何よりスタークの予想通り我流──要は無所属の武闘家である事があっさりと明かされる事となった。
我流という事はつまり、ジェノム流ではないという事だが。
「……ちなみによ。 そいつ、【始祖の武闘家】の一番弟子とまで名乗りやがったんだが……騙り、だよな?」
それでも不安が拭い切れていなかったのか、スタークは彼女としては珍しく覇気のない表情と声音で以て『キルファ=ジェノムとは弟子はおろか何の関係もない武闘家なのだろう?』と分かっていてもなお心配そうに問いかけたものの。
「えぇ、もちろんです。 そもそも、あの方は武闘国家内においても殆ど弟子は取りません。 まぁ取らないと言うよりは、勝手に弟子入りしておいてあの方の修練についていけなくなって辞めちゃうから殆ど居ないってだけなんですけどね」
「彼も、その一人だと?」
「おそらくは、ですが」
やはりと言うべきか、職員から返ってきたのは何とも味気ない肯定の言葉であり、そもそもの前提として補足するなら【始祖の武闘家】は国内でさえ正式な弟子は両手で数えられる程度しか取っておらず、ユアンのように弟子を自称する者たちの大半はジェノム流の修行の厳しさに挫折しただけの軟弱者なのだと説明し。
では、ユアンも? という問いにはっきりと答える事こそできずとも、まぁ十中八九そうだろうという職業たちの見解に。
(……んだよ、無駄に不安がらせやがって)
スタークは、やっとこさ心から安堵する事ができた。
あんな虚言癖の軟弱者を弟子に取ってしまうような人だとは思いたくなかった、と失望せずに済んだというのが大きいのだろう。
その後は、あちらの関所と同じく十数分ほどの入国審査を待っている間、武闘国家の話でも伺っておこうかなと思っていたフェアトだったが。
「彼の身柄はこちらで──っと、入国審査が完了したようですね」
「え、早くないですか?」
あろう事か、フェアトが想定していた三分の一くらいの短時間で入国審査が終了したと告げられ、どうしてあちら側とここまでの時間差が? と抱いて当然の疑問をぶつけてみたところ。
「武闘国家への入国に必要なのは、『身元』や『前科』よりも『戦う力があるかどうか』の確認です。 この男は数多く居る我流の武闘家の中でも下限に近くはありますが、それでも最低限の強さは持っている。 そんな彼を退けたのですから、それで充分なのですよ」
「う、うん? なる、ほど……?」
ここはもう殆ど武闘国家も同然であり、『武闘国家を生き抜くに相応しい戦力があるかどうか』という事こそ重視されるべきであるらしく、ユアンという強者とも弱卒とも言えない平均的な強さを持つ彼を一方的に倒せた時点で入国の資格はあるのだと笑顔で常識のように語る職員とは対照的に。
「分かりやすくて良いじゃねぇか、そんじゃ行こうぜ」
「まぁ、そう、ですね……それじゃあ、失礼します」
「えぇ、良い旅を」
その『戦う力』とやらを特に見せたわけでもないフェアトとしては納得のいかない部分もあったが、ここで無駄に時間を消費する理由も意味もない為、いち早く席を立った姉に釣られるようにして立ち上がりつつ丁寧に一礼したフェアトに、対応していた関所の職員も同じように一礼で返し、武闘国家へ足を踏み入れる三人を見送る中。
「……セリシアさん? 行きますよ」
「ん? あぁ……」
(……? まぁ、いっか)
何故か、セリシアだけが未だ目覚めず壁にもたれかかるような形で拘束されていたユアンを無表情で見つめており、そんな彼女の奇行に若干の違和感を抱きはしたものの、すぐに反応してこちらを向いた事からも大した事ではないのだろうと判断し、セリシアを伴って姉を追いかけて行った──。
(あの男……私の見立て違いでなければ……)
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