どうか没後は故郷の砂に
それから更に四日後──。
新たに騎士団長へ据えられる事となったテオや、その副官として昇格を果たしたクリセルダ、そして魔奔流を経て宮廷魔導師に復職する事となったカクタスに別れを告げたり。
何とも往生際の悪い事に、すでに滅んでいた賭博の街ズィーノ跡地への左遷を拒絶するべく女王への反乱を目論んでいた元騎士団長グルグリロバの制圧に手を貸してみたりと。
大して休息をとる間もなく、あたふたとした三日間ではあったが、それでも双子の疲労は充分すぎるほどに解消できていたようで。
四日目の朝、真紅の断頭台を背中に乗せたくないと主張し出したパイクたちの意見により駱駝車のキャビンだけを譲り受け、それを駱駝に変化したパイクたちが曳く形となり。
「それでは皆さん、また会いましょう!」
「……元気でな」
『『りゅー!』』
フェアトとパイクたちは元気に、スタークは何やら神妙な面持ちで別れを告げ、セリシアとともに次なる目的地へ旅立っていった。
テオ、クリセルダ、カクタス、そして先の三日間で双子の協力を得た騎士団や宮廷魔導師たちまでもが彼女たちを見送り終え、それぞれの仕事場へと踵を返していく中にあり。
「──行っちまったねぇ、あの娘たち」
「……あぁ、そうだな」
全員が戻っていってもなお、その場に居残る鉱人の傭兵と獣人の冒険者の姿があった。
言うまでもなく、ガウリアとティエント。
この美食国家での旅の最中、双子と最も長く最も密接に力を合わせてきた二人である。
そんな二人が動いていない理由は──。
「ねぇ、ティエント。 あんた本当は一緒に行きたかったんだろう? あの双子との旅路を」
「……そういうの、分かるもんなのか?」
「伊達に百何十年も生きてないよ」
「そう、か……」
未だ遠くに見ゆる双子を乗せた駱駝車を見つめるティエントの瞳が、どこか縋るようなものに思えて仕方がなかったガウリアが、こうして話を振ってきたからというのが一つ。
たとえ、どれだけ危険な旅になると分かっていても、それこそ今回の件で出くわしたような元魔族よりも更に凶悪な並び立つ者たちとの戦いに身を投じる、と分かっていても。
ティエントは、スタークとフェアトについて行きたかったのだろうと、ガウリアは長年の経験からそれを看破していたのであった。
それに対し、ティエントは座り込みつつ。
「……俺は多分、自分で思ってる以上にあの二人を気に入ってたんだろうな。 愛とか恋とか、そういうんじゃなく。 ただ友人として」
「だろうね。 浮わついちゃあいなかったし」
同行を望んだ理由は、あくまで一人の友人として、あまりにも正反対な双子の性格や思想、実力などなどに魅入られただけであり。
愛だの恋だの、それに類する不埒な感情は抱いていなかった筈だと語るティエントの言葉に嘘がない事もまた、ガウリアは見抜く。
彼が双子を見る目は、どこまでも純粋で。
憧れ、と呼ぶのが相応しいと思ったから。
「こんな事になってなきゃ、この軽い頭を下げてでも『俺も連れてってくれ』って頼み込んでたんじゃねぇかな──後の祭りだがよ」
「……」
そして、ティエントが続けて口にした『今となってはもう遅い』という旨の言葉に、ガウリアの表情は立ちどころに曇ってしまう。
彼が『こんな事』と吐き捨てた事情。
それもまた、ティエントたちが他の者たちとともに踵を返さなかった理由の一つ──。
「……あと、どれくらいなんだい?」
まるで真実を知りたくなく、されど知らなければならないとでも言うが如く随分と不明瞭でおずおずとした、『何らかの期限』を問うようなガウリアからの短い質問に対して。
「……こんなもん、知りたくも分かりたくもねぇんだが……はは、感覚で分かっちまうみてぇだ。 ガウリア、俺の、俺の寿命は──」
外見こそ変化はないが、その口調のたどたどしさから老人──老犬? のような雰囲気を漂わせたティエントは、マキシミリアンによって寿命を奪われた事による残りの時間を。
「──今、ここで尽きる」
「っ」
「なぁ、ガウリア。 頼みが、あるんだ」
「……何だい?」
今この時、正確に言うなら数分もないだろうと直感で答え、その答えにガウリアが舌を打つ間も与えず、ティエントは言葉に詰まりつつも彼女に最期の願いを託そうとし出す。
彼の出身が美食国家、南ルペラシオである事は言うまでもなく、冒険者としての現在の活動拠点が王都である事も言うまでもない。
が、実を言うと生まれ故郷も王都から限りなく近く、かつて絶品砂海に獣人の手で作られた平和な集落で生まれ落ちたのだという。
「俺の、故郷は……もう、どこにもない。 十年前、の、魔奔流で……滅んだ、から……」
「……うん」
しかしながら、そんな彼の故郷は十年前の魔奔流──今回の魔奔流騒動にて討伐された並び立つ者たち序列七位ガボルが最初に暴れた際、幾つかの街や村と共に滅んだようで。
当時、まだ五歳だった彼には戦う力も抗う力もなく、どうにか逃げ延びた獣人たちに連れられる形で生き延びる事ができたものの。
彼の家族は残念ながら逃げ遅れ、他の獣人たちも逃げ延びた先で魔物や盗賊に襲われ。
五年後、美食国家の冒険者に発見されて保護されるまで、まだ十歳の彼はたった独りで砂漠の魔物を狩り、生き延びていたらしい。
彼にとって故郷とは、絶望の地だった。
しかし、そこから更に数年が経過したある日、正式に冒険者になった彼が依頼を受けとある集落に向かっていると、そこへの道中で偶然にも彼の故郷の跡地を見つけてしまう。
恐怖、失意、混乱。
彼が抱いた感情は、そのどれでもない。
「でも、その跡地には……小さくても、綺麗な……オアシスが、でき、てた。 なぁ、がうりあ……おれが……しんだ、あと、は──」
──……圧倒。
そう、圧倒されたのだ。
規模は小さくも美しい、そのオアシスに。
だから彼は乞い願う。
どうせ死ぬなら、あの美しい地の砂で。
「……あぁ、そこにあんたを連れて行く。 あんたを、あんたの故郷で眠らせてやるから」
それを悟ったガウリアは、あえて砂漠に座り込むティエントの方へ視線を向けないようにしつつ、どれだけ危険でも過酷でも関係なく絶対に自分が送り届けてやると約束して。
──……そして。
「だから──……だから、もう、おやすみ」
会話どころか、もはや目を開けている事さえ辛そうだと悟り、そう声をかけたところ。
「……ぁ、りが……」
ティエントは、ゆっくりとそう呟いて。
ゆっくりと、その目を閉じて。
二度と、その目を開ける事はなかった。
「……やっぱり暑いね、砂漠ってのは……」
そんな愚痴を溢すガウリアの頬を濡らす一筋の液体が汗だったのか、それとも別の液体だったのかは本人のみぞ知るところである。