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最強たる所以

 ──【神の眼】。


 それは、この国を建国した一族であるカイゼリン王家の女性にのみ発現する特殊な力。


 序列一位アストリットの【全知全能オール】のように全てをあたうというわけにはいかないが、それでも視界に映した生物や物体のあらゆる情報を見抜く事ができるという常人にはありえない異能。


 ……フェアトの【守備力】の前には無力であったが、それに関しては序列一位も同じ。


『所詮は元魔族、個体差はあれど転生後も光への耐性は稀薄。 ()()の申した通りじゃの』


「何、を……っ!? ぐおあぁあああっ!!」


 この国の繁栄に最も大きく貢献してきたと言っても過言ではないその眼力を、これまでの王家の中で最も強く美しく受け継いだとされている当代女王、ファシネイト=ディ=カイゼリンの美声が今、四人の鼓膜を揺らし。


「どういう事だ? 何で女王サマが……」


 マキシミリアンが想定外の苦痛に喘ぐ一方で、スタークは素直な疑問を女王にぶつけ。


『其方らには言うておらんかったが、【神の眼】は何も情報を見抜く力しか持たぬわけではない。 寧ろ、()()()()()()こそがかなめでの』


「もう一つの力?」


 それに対し女王は、【神の眼】に宿る全てを見抜く力を決して下に見るわけではなくとも、それ以上に強く有用な力があるのだから仕方ないとでも言いたげな口振りを見せる。


『それは──【神の書物庫】。 妾がこの眼で一度でも見た生物の魔力は妾の意思とは無関係に妾の脳へと記録され、いつ何時であろうと魔法や魔力そのものを飛ばせてしまえる』


 そして、女王はスタークからの再びの問いかけに勿体ぶる事もせず、『眼』というよりは『脳』──もっと言えば王家の女性の『海馬』に宿る『絶対記憶能力』と『超長距離術式』という二つの力の存在を明かしてきた。


 つまり、たとえ対象となる生物が世界の反対側に居ようと、その生物が一度でも、そして一瞬でも彼女の視界に映っていたのなら。


 ファシネイトの魔法や魔力は、その対象がいつどこで何をしていようが関係なく──。


 攻撃魔法なら容赦なく貫き、防御魔法なら完璧に護り、支援魔法なら隙間なく補う事ができるという、まさに最高峰の魔法使いだ。


 聖女レイティアはもちろん、フェアトの先生である【六花の魔女】にも似たような芸当はできようが、ある程度の準備や時間は必要とするだろうし、やはり唯一無二と言える。


 魔導国家の騎士団長や近衛師団長と同等の実力を持つポールたちよりも、ファシネイトが強いというのは、これが所以だったのだ。


 ……【全知全能オール】は、もちろん度外視で。


 しかし、ここでスタークが疑問を抱く。


「じゃあ、あんたは最初から──」


 スタークやポーラ、或いはティエントの魔力を記憶しており、このタイミングで魔法を飛ばしてきたという事は、ここまでの一部始終を全て見ていたのではという当然の疑問。


『──あぁ、全てを見ておった。 其方らのみならず、フェアトら三人の進退についても』


「……そう、かよ」


 すると女王は、さも些事であるかのような抑揚のない声音で、この状況に至るまでの経過の全てを【神の眼】と【神の書物庫】の組み合わせで観測しており、それはパラドの方も同様だと明かしてみせ、そんな女王からの種明かしにスタークは不満げな顔を見せる。


 ……それも無理もないだろう。


 なら最初からやれ──なんて物言いは、スタークたちが勇者と聖女の娘である限り、絶対にできないし、してはいけないのだから。


 だから不満を言葉にもしないのだ。


 たとえ、そのせいでポーラとティエントが無駄に寿命を払う事になったのだとしても。


「ぐ……っ! 何故、何故なのですか!? 今の私は半ばInvincibleの状態にある筈!! それこそ勇者や聖女でもなくば光の魔法といえど取り立ての中止など──……っ」


 一方、速やかに消滅するだけならまだしも未だ苦しみ続けていたマキシミリアンは、マキシミリアン自身を今も襲い続ける理不尽なまでの苦痛に、どうして相手が女王とはいえ無敵と言っても過言ではない今の自分に魔法が通用するのかと疑問符を浮かべていたが。


 奇しくも彼は、閃いてしまった。


 最も大規模であり、かの勇者と聖女やその仲間たち、そんな勇者一行を支援する四つの国の連合軍などなどが居合わせた、あの戦場に居たからこそ、閃く事ができてしまった。


 己を眩く照らす、その光の正体を──。


『……察しの良い事よ、元魔族。 それとも想起したか? 貴様が最期に立っていた凄惨なる戦場いくさばを幾度となく照らした──()()()()を』


「では、この光は──」


 そして、それを【神の眼】とは関係なしに彼の言葉が詰まった事から察してみせたファシネイトは、まさにマキシミリアンがその可能性に思い至った要因である大戦について言及しつつ、その光の主の正体を確信させる。


 この世でたった一人、地母神の厚き加護を受けて至高の聖なる光魔法を操る女性──。


『そう──聖女レイティアの【光降フォール】じゃ』


「……っ!!」


 勇者ディーリヒトの伴侶にして、スタークとフェアトの母親である聖女レイティアの放つ攻撃魔法、【光降フォール】と全く同じものを【神の眼】と【神の書物庫】の組合わせで完全再現したのだと明かされた事で、やはりかと確信した彼の表情が少しばかり変化を見せた。


 苦痛の中に、ほんの僅かだが確かな諦めの感情と、意図の掴めぬ笑みを浮かべる一方。


(……だからか)


 スタークはまた別の事を思い至っていた。


 それは、マキシミリアンを襲っている何かが『光』であると聞いた際に『お袋が介入してきたのか?』と思い違いした件について。


 スタークがそう思い込んだのは何も、レイティアが世界一の光使いだからというだけではなく、その光に懐かしさを覚えたからだ。


 何度も何度もその身に食らっては消滅しかけた、あの聖なる光に近いと感じたからだ。


 つまり、あながち間違いではなかった。


『……とはいえ其奴らが失うた刻までは戻せぬ。 間もなく消ゆる命とて、贖うて貰わねば気が済まぬが……こればかりは詮無き事か』


「……く、ふふ──」


「……何が可笑しいしいんだテメェ」


 その一方で、ここまで抑揚の一つすら感じさせなかった女王の声音が低くなり、もうどうしようもない事──二人の失われた寿命についてを言及するとともに、できる事なら取り戻してやりたかったがと恨み言を吐く中。


 何故か含み笑い──……いや、含み嗤いをし始めたマキシミリアンに困惑込みの違和感を抱いたスタークのおずおずとした問いに。


 マキシミリアンは、その狂気に満ち満ちた昏い笑みを浮かべた消えかけの貌を向けて。


「何が、可笑しいか……!? 全て! 全てがですよPowerful girl!! 私ともあろう者が! よもや()()()取り立てを阻まれてしまうとは! もう笑うしかないではないですか!! くはは! はーっはっはっはっは!!」


『……回避し得ぬ死を前にしての狂乱か』


「いやぁどうだろうな……」


 狂ってしまったと捉えられても仕方がないほどの早口と、壊れてしまったと捉えられても仕方がないほどの嗤いを響かせる彼を城から見ていた女王の興味なさげな声とは対照的に、スタークはある種の感心を覚えていた。


 事ここにおいて、まだ嗤う余裕があるというのはある意味、凄いのではないか──と。


 また、この時スタークは気づいていなかったが、マキシミリアンは取り立てを阻まれたのはこれで二度目と明かしており、どうやら彼女の両親も犠牲の支払いを拒んだらしく。


 唯一、今回の場合と異なるのは──。


 あちらは、たった一秒の寿命の取り立てさえ許さなかったという──……はっきり言えばスタークの未熟さを示す、その一点のみ。


 ただ、それに気づく事はなくとも。


 もっと、もっと化け物じみた強さが必要だと他でもないスターク自身が決意していた。


 もう誰にも犠牲など払わせないように。


『──さて、元魔族よ。 辞世の句を吐くと良い。 何、案じずとも貴様の名と辞世の句は妾が直々に我が国の歴史書に紡いでやろうぞ』


「ははは──……は、は……っ」


 そんな中、間もなくマキシミリアン及び彼の虚構で創られた街が完全に消滅するという事実を悟った女王からの『遺言くらいなら聞いてやる』、なんてあくまでも上からの命令じみた最後通告を受けたマキシミリアンは。


 スタークに対して叫び終えた後、しばらく俯いて嗤い続けていたが、その声が消えかけの鼓膜に届いた瞬間、勢いよく天を仰いで。


 高らかに、それはもう高らかに。


 最期の言葉を、一息に紡ぐ──。


「食欲、性欲、睡眠欲、加えて物欲! 人間からも獣人からも霊人からも魔物からも! そして我々魔族からも欲が消える事はない! 消す事もできはしない! この世に生くる全ての存在は誰もが己の欲に踊らされている! だがそれで良い、それが良い!! 世界とは! 誰もがPrincipalのBigでBrilliantなTheaterなのですから!! そう、これぞまさに!! 私が望み続けた!!」


 全ての生物は欲望とともに生きている。


 人間も獣人も霊人も魔物も魔族も全て。


 無論、自分も例外ではない。


 むしろ自分ほど欲に忠実な生物は居ない。


 そして自分は欲望に従って生きてきた。


 前世も──……そして、今世も。


 だから何一つ悔いはない。


 何よりも広大で、何よりも煌びやかで、誰もが『自分』という名の舞台の主役になる事ができる『世界』という劇場で、この世の誰よりも刺激的に生きる事ができたのだから。


 そんな自分の生き様こそ、まさしく──。











「Entertainmentッッッ!!」


「う……っ!?」


 肉体の完全な消滅とともに彼が最期の言葉を叫び終えた瞬間、虚構の賭博場や街も完全な崩壊を迎え、まるで何かに吸い込まれるかのような錯覚を抱いたスタークが呻いた時。


「──……街も、人も、全部……」


 その時には、すでに何も残っておらず。


 ただただ広大な夜の砂漠に、やはり抑揚の感じられない女王の美声が静かに響く──。


『……さらばじゃ、夢と現を飛び交う蝶よ』

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