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戦え、己の闇と

 ──【シャドウ】。


 それは、術者が付与させた属性に応じた術者自身の幻影を顕現させる支援魔法の一つ。


 顕現させた幻影は実体を持たぬ為、人の身では踏み入る事のできない危険地帯への侵入や、戦闘における撹乱が主な使い道となる。


 だが、この魔法は何も術者自身の幻影しか顕現できない──……というわけではない。


 魔法の対象を自身から相対した生物へ定めたなら、その生物の幻影を顕現させられる。


 ただ基本的に、それに大した意味はない。


 何しろ幻影は、しょせん幻影でしかなく。


 実体を持たないせいで相手の攻撃を防ぐ盾にもならず、また相手に攻撃もできぬ以上。


 基本的には、己の幻影を顕現させる事こそが【シャドウ】の主な使い道となっているのだが。


 何度も何度も『基本的に』と述べるからには当然、基本的でない『例外』が存在する。


 ……実体を持たせる方法が、存在する。


 それは、対象が自身か他者かを問わず術者の総魔力量の半分を消費して発動させる事。


 対象が自身であるなら、ちょうど魔力を半分ずつ分かち合った幻影を戦わせられ、対象が相手であるなら術者の半分の魔力を分け与えられた相手の幻影が相手を襲う事となる。


 まさに今回の、ポーラの幻影のように。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そうして大袈裟な演出とともに現れた元魔族と、その魔族が用意したという支援魔法による幻影と戦うのだと察したティエントは。


「──……最後の相手は【闇影シャドウ】、か。 まぁ竜種に勝ってんだから、流石に大丈夫だろ」


 特に、心配してはいない様子である。


 ……それもその筈、ティエントがポーラの勝利を半ば確信していたからに他ならない。


 何しろ、ポーラは一つ前の試合で幼体とはいえ竜種を打ち破っており、むしろ試合の順番を間違えたのでは、と主催側の心配をしてしまうくらいには気が抜けていたようだが。


「そうでもねぇさ。 案外、負けるかもな」


「はっ? いやいや、いくら何でも──」


 そんな余裕綽々の彼とは対象的な、スタークにしては珍しい悲観的ネガティブな発言に、ティエントは『こんな時に冗談はやめろよ』と苦笑いを浮かべつつも闘技場へと視線を戻し──。


「──ぐ、ぅ……っ! 何て、勢い……!」


『……』


「お、おい! 劣勢じゃねぇか! 何でだ!?」


 そこで、とんでもない勢いの乱打ラッシュを受け明らかにされているポーラの姿を垣間見てしまい、スタークの言葉に信憑性が生まれてしまった事で、ティエントから余裕が消える。


 まだ大きな傷こそ負っていないが、ほんの少しでも隙を見せれば致命傷となるかもしれない威力の攻撃を矢継ぎ早に繰り出す幻影。


 ポーラも時折、隙を見て攻勢に転じようとするものの、その殆どは受け流されるだけ。


 ポーラの有利・不利を割合で示すなら。


 三:七──……といったところだろうか。


 そんな危機的状況を見ても、いまいち納得がいっていなさそうなティエントに対して。


「【シャドウ】の強さってのは術者の技量に大きく左右されるんだろ? あれの術者は、()()?」


「術者、って──」


 戦闘に関する事にだけは頭が回るスタークが、そもそもの前提として【シャドウ】という支援魔法が持つ、『幻影の強弱は術者の魔力と技量次第』という性質を踏まえて、あの幻影の術者は誰だ? と問いかけたところ、ティエントは『そりゃあ当然』と口にしかけて──。


 ──……気がついた。


「──っ、並び立つ者たち(シークエンス)か……!」


「そういうこった」


 そう、その術者が人智を超えた存在の中でも更に選ばれた二十六体、並び立つ者たち(シークエンス)の一角である以上、苦戦するのは必然であり。


「闇属性なのも面倒だな。 確か、あいつ光に適性なかったろ。 おまけに闇の【シャドウ】の強さは対象になった生物の悪感情の有無と、その闇の深さで変化するらしいって聞いたが」


「あ、あぁ。 けど、それが──」


 加えて、ポーラが持つ四つの適性の中に闇属性に対して有利でも不利でもある光属性が存在しない事も、ほんの一時間ほど前に垣間見えたポーラの異常も彼女の不利に拍車をかけていると口にするスタークの説明を聞き。


 ティエントは、またしてもピンと来ないまま『それが何だ』と更なる説明を求めようとして──……またしても、すぐ気がついた。


「──……そうか。 勇者への懸想……」


「と、あたしへの怒りってとこだな」


「頼むぜ、ポーラさんよぉ……!」


 一時間ほど前に起きたポーラの感情の爆発は、スタークへの確かな失望と憤怒に限らず勇者への一方的な懸想も含まれており、それが【闇影シャドウ】を強化しているのだろうというスタークの説に納得のいった彼は、もはや少しでも身を乗り出して応援するしかなかった。


 そんな期待を寄せられている、ポーラは。


(体格は同じ、装備も同じ。 違うのは──)


 二人へ意識を向けている暇などなく、まずはと言わんばかりに可能な限りの冷静さを以て自分と【闇影シャドウ】の共通点と相違点を──。


「な、う……っ!? 少しの、暇も……!!」


 探す余裕さえ、【闇影シャドウ】は与えない。


『ポーラ選手、防戦一方です! ここまで快進撃を続けてきた彼女も、この第十試合という鬼門を前に命を散らしてしまうのかぁ!?』


『ここからの逆転は難しそうですしね……』


 それは素人目からでも明らかなようで、およそ中立とは思えないほど【闇影シャドウ】の勝利を半ば確信しているかのような実況と解説に。


「この……っ、【土閉クローズ】!」


『……』


「これで回避はできない筈! 【氷棘スパイク】!」


『──』


 思わず鉄面皮を崩して苛立ちのままに闘技場の地面を【土閉クローズ】で隆起させて、まず間違いなく閉じ込めたと判断した直後、空気中の水分を凍らせ敵を貫く魔法を見舞うポーラ。


 これが第七試合までの相手だったなら、この一撃だけでも勝利できていたのだろうが。


 ……現実は、そんなに甘くはない。


「っ、そんな、かすり傷一つも──」


『──、──』


「!? これはっ、【土閉クローズ】──」


 半球状の土の壁が氷の棘で砕け、その中から姿が見えた【闇影シャドウ】は、あろう事かほんの少し魔力を削る事さえできておらず、まるで何事もなかったようにこちらへ手を伸ばしたかと思えば今度はポーラが閉じ込められる。


 ポーラが行使したものと術式自体は同じでも、その大きさや硬度は全く異なる土の壁。


 ガキン、と鋼鉄同士をぶつけたような音を鳴らして戦棍メイスでの脱出を試みたポーラだが。


「ぐっ!? が、は……っ!!」


 時すでに遅く、およそ熱気にも冷気にも高い耐性を誇り、そもそもの頑強さも他の鎧とは一線を画す筈の彼女の鎧を氷の棘が貫く。


『……』


「い"っ、あ"……っ、このぉ!!」


『……』


 だけでは収まらず、そのままの勢いで宙に浮かされたポーラを【闇影シャドウ】は戦棍メイスで叩き落とし、鎧と同じ硬度の兜を容易に叩き割る。


 どうにか意識を保たせ、震える右手で戦棍メイスを振るって【闇影シャドウ】を退け距離を取りはしたが──こうなると、嫌でも分かってしまう。


(やっぱりそうだ……魔力の質と、そもそもの魔力量が段違い……っ、術者が元魔族というだけで、ここまでの差が生まれるなんて──)


 自分の影を写し取った存在である以上、体格や装備は同じでも魔力の質や量は全開時の自分を遥かに凌駕している、という事実を。


 これが人間と元魔族の差なのか、とポーラの心に僅かながら諦念が浮かんだ、その時。


『【闇影シャドウ】、因果応報だとばかりに同じ魔法で畳み掛ける! これは大ダメージ必至! やはり過去の二例のように、ポーラ選手も惜敗を喫してしまうのでしょうか! それとも──』


 一つ前の試合ほど派手でなくとも、やはり止む事のない観客の盛り上がりを更に煽るような実況の声に──ポーラは違和感を抱く。











(──……惜敗?)


 そう、『惜敗』という言葉の違和感に。

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