勝利か死か
そもそも、ここで催されている勝利か死かとは、やはり賭け試合に近いものであるらしく、ここで挑戦券を提示したギャンブラーたちは次のどちらかを選択する事から始まる。
博打か、喧嘩かを──だ。
博打を選んだ場合、挑戦者は観覧席とはまた違う特別な部屋──観覧席よりも更に闘技場との距離が近いのだとか──に通されて。
そこで『次の闘技者が試合を何回勝ち抜くか』と──いう賭博に挑む事になるらしい。
当たれば倍以上になって返ってくるが、もちろん外れれば全額没収のうえに、ペナルティとして更に倍の金額を払わねばならない。
そして、払えない場合は──……単なる死よりも凄惨な目に遭うとか、遭わないとか。
ちなみに一人の闘技者に与えられる試合は十戦だが、ほぼ最後まで勝ち抜く事はなく。
大抵の場合、半分いくかいかないかぐらいに賭金が集中するのだとスタッフが明かす。
尤も、スタークは『だから何だ』と特に表情を崩す事なく余裕を見せていたようだが。
では喧嘩を選んだ場合はどうなるか。
ある程度予想はつくだろうが、挑戦券を提示した者が単独ならばその一人が、複数ならば代表者一人が闘技者として戦う事となる。
そして喧嘩の場合、『十戦からなる試合を全て勝ち抜く事』でしか稼ぐ事はできない。
勝ち抜いた試合の数に応じて賞金が出るんじゃないのか──と、そう勘違いされがちなんですよねと無表情で語るスタッフは直後。
その分、博打とは比べ物にならない額を稼げるんですが──と言って実際に額を提示。
それを見た三人は少なからず驚いた。
ここまでの時間で稼いだ分がなくても問題ないほどの、とてつもない金額だったから。
それほど闘技者にとってリスクが高く、賭博場側にとってリスクが低いという事なのだろう──スタークでさえ、そう理解する中。
……ここでティエント、疑念を抱く。
(あのオッさん、まさかとは思うが──)
そう、もしや自分に挑戦券を譲ったあの男は、この勝利か死かに挑ませる為の序列十三位の仕込みだったのではないかという事を。
もちろん考えすぎかもしれない。
ただ単に良い人だった可能性もある筈だ。
少なくとも、ティエントの嗅覚は自分を騙そうとする意思を感じ取らなかったのだし。
だが、この街に入ってから今この瞬間も漂い続けている濃厚で大きな『嘘』の香りに紛れてしまっていたというのも否定できない。
だとしたら、ここは退くべきではないか?
これに賭けてみよう、文字通りの賭けだがと言い出したのは自分だと理解してはいるものの、どうにも嫌な予感がして仕方がない。
だが、もう遅かった──。
「では改めて、どちらになさいますか?」
「喧嘩だ。 で、挑むのはあた──」
そう危惧した時にはすでにスタッフの一人が、スタークに対して博打か喧嘩かの選択を迫っており、それに対してスタークは悩む事もなく喧嘩を選択するとともに、この賭博に挑戦するのは自分だと宣言しようとしたが。
「──……私が、出ます」
「「はっ?」」
それまで敵意剥き出しで沈黙を貫いていたポーラが、あろう事か自分が喧嘩に参加すると宣言しだした為、二人は呆気に取られる。
……わざと負けるつもりか? ──と。
そんな疑いの心も、あったかもしれない。
いや、それよりも確かなのは。
「……何を言ってんだお前は。 あたしが出りゃあ一発なんだよ、しゃしゃり出てくんな」
「……俺もそう思う。 ここは任せようぜ」
そう、つまりはそういう事なのだ。
ポーラの実力を疑っているわけではない。
仮にも近衛師団の副師団長なのだし。
それぞれ強者を見抜く眼力と嗅覚を持っている二人が、『雑魚は引っ込んでろ』と口にしないのが、その何よりの証拠だといえる。
しかし、それはそれとして──。
じゃあ彼女がスタークより強く、この賭博で確実に稼げるのかと言われれば──微妙。
魔法に対する耐性だけならポーラの方が勝るだろうし、単純な経験の差もあるだろう。
だが、それでもスタークの方が強い筈。
単なる一対一なら勝負は見えている。
ポーラも理解していないわけではない筈なのに、どうしてそんな事を言い出したのか?
それは、ひとえに──。
「──不甲斐ない自分への、戒めです」
「い、戒めって……」
「ここだけは譲れません。 御理解のほどを」
自分の無能を棚に上げるな──そんなスタークからの罵声が予想以上に効いていたという事に尽き、ティエントは当然ポーラを宥めようと試みるも、その意思は明らかに固く。
「……好きにしろ。 死んだら殺すからな」
「……言われるまでもありません」
「ま、マジかよ……!」
そんな短い会話で送り出すしかなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
──今日だけで、二十六人も死んでいる。
並び立つ者たち全員分の人間や獣人、霊人たちが闘技場の赤いシミか魔物の腹の中だ。
一部、女性の闘技者が死ぬより辛い目に遭った事実を踏まえれば、そうなれただけマシかもしれないが──……それはそれとして。
本日、二十七人目の闘技者はポーラ。
どこか高貴な出で立ちを思わせる女性騎士の出陣だぁああああっ! ──と実況が叫び。
素性を隠した現役の騎士か、もしくは落ちぶれ路頭を彷徨う元貴族か、いずれにしても楽しみが尽きませんね──と解説が語る中。
観客たちの声援だの野次だのが飛び交う中で、ポーラ=レンガードが迎えた第一試合。
ポーラの相手は、ほぼほぼ野盗な見た目の男女入り混じる人間や獣人──……二十人。
実況の話によると、その二十人は全員がこの賭博場で大敗しておきながらペナルティを払えなかった者たちであるらしく、こうして勝利か死かに強制で駆り出されているとか。
立場としては、戦奴隷に近いのだろう。
普通の人間からしてみれば第一試合にしては中々に厳しいのかもしれないが、ポーラは百戦錬磨のエルド近衛師団副師団長であり。
正直、敵ではなかった──。
最初は全員が勇み足で彼女に攻撃を仕掛けていたものの、気づけば誰一人として目の前の騎士に痛痒を与えられないばかりか、そのまま反撃を食らって一人、また一人と死に。
「──ばっ、化け物かテメえ"ぇっ!?」
「無理だ! 降参させてく──が、はっ!?」
「おっ、同じ女じゃない! 手加減とか──」
「──私を相手取った不幸を呪いなさい」
「そ、そんなあ"っ」
『何と、何と何とぉ! ポーラ選手、数の力を物ともせずに全ての攻撃を弾き返し、勢いそのままに一人残らず蹂躙していくぞぉ!?』
『雑兵揃いとはいえ、何という……!』
身の丈ほどもある白く巨大な盾と戦棍の一振りで千切れ飛ぶ味方を見て、ぎゃあぎゃあ叫びながら逃げ惑い、そして殺されていく奴隷たちの姿に観客は沸き、ボルテージの上がった闘技場を実況と解説が更に盛り上げる。
だが、当のポーラ本人は至って冷静。
「……何十人でも何百匹でもかかってくればいい。 私は今、苛立っているのです。 あの粗雑極まりない不遜な少女に、そして──」
返り血を浴びて僅かに汚れた顔を拭いながら、どこかで観戦しているのだろうスタークに向けた恨み言を呟いたのかと思えば──。
「──……女々しく思い出に縋る私自身に」
それは己に向けたものでもあったようだ。
勇者への懸想を捨てきれない、己自身に。