挑戦『券』
彼と面識があるのは、ティエントのみ。
それゆえ、スタークとポーラはひとまず口を閉じて、その男性の二の句を待っていた。
「へへ、兄ちゃんのお陰で随分と稼がせてもらったからよ! 礼の一つでもしようと思ってたんだが……もしかして、邪魔だったか?」
そんな中、若干の空気の悪さを感じながらも、どうやらティエントのおこぼれで結構な金額を稼げた彼は、その事でティエントに改めて礼を言おうとやってきたらしいのだが。
「いや、そうでもねぇよ。 それと、さっきの事は気にしねぇでくれ。 たまたま俺の嗅覚で見破れる類のイカサマだっただけだからな」
「そうもいかねぇ。 で、考えたんだがよ」
ティエントとしては、いくつかある中で偶然にも最初に挑んだ賭博が彼自身の嗅覚でイカサマを見抜けるものであっただけだし、そもそもこの男性の為ではないのだから、わざわざ礼を言う事はないぞと主張したものの。
彼は思った以上にティエントに感謝していたようで──どうやら自分のイカサマをディーラーに見破られるかもという場面で、ティエントがディーラー側のイカサマに気づいたかららしい──ごそごそと懐に手を入れて。
「こいつを兄ちゃんにやろうと思ってな」
「こいつ? これは……何だ?」
招待状とも会員証とも違う、きらきらとしたカードのような何かを差し出してきたはいいものの、ティエントはピンときていない。
それを察した男性は得意げにしつつも。
「こいつは『挑戦券』。 ここ数年でできたモンでな、ある一定の来場回数に達した会員にだけ配布されるんだが──かなり掛金が高い特殊な賭博に挑めるとか。 期待していいぜ」
それが挑戦券という代物である事や、ここ数年でできた比較的新しいものである事、一定以上この賭博場を利用した会員に配布される限定品である事、そしてこの挑戦券を提示する事で進める先では途轍もなく掛金の高い賭博に挑めるのだという事を教えてくれた。
「そんな貴重なモンを……つーかよ、これって俺らが持ってて意味のあるもんなのか?」
しかし、そんな貴重な代物を簡単に譲っていいのかという事も、そもそも他人に譲って意味のある代物なのかという事も込みの、抱いて当然な疑問を彼にぶつけたみたところ。
「どうやら譲る分には問題ねぇらしい。 実際こいつを競売に出してるやつもいるしな。 俺がやるよりも稼げるだろ? 兄ちゃんなら!」
「……ありがてぇ」
彼の話によると、そもそもこの挑戦券を普通に使う人の方が少ないらしく、おおよその場合は彼のように誰かに譲ったり、また競売に出して大金を稼ぐ者もいたりするようで。
競売に出す選択肢もあったというのは承知のうえで、どれだけティエントが稼げるか楽しみだと笑う彼は生粋のギャンブラーなのだろうと嘆息したティエントは、はぁと思わず嘆息しつつも挑戦券を受け取り、礼を述べ。
「話、聞いてたよな? これに賭けるぞ」
「……稼げるんだろうな」
「悪いが、そいつぁ文字通りの賭けだ」
「……わぁったよ──おい、行くぞ」
「……はい」
赤ら顔で別れを告げた男性を見送った彼の提案に、スタークは不満げにしながらも納得し、ポーラは変わらずスタークへの敵意を剥き出しにしつつも、その場を後にした──。
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それから何人かのスタッフに話を聞きながら、その場所へと案内される事──数分後。
「──……ここ、か……」
案内された場所にあった大きく堅牢な扉を開き、奇しくもパラドの街での妹と同じく地下への階段を下りていった先にあったのは。
「──いいぞぉ! やれやれぇ!!」
「まだ死ぬんじゃねぇぞ! 根性見せろ!!」
「クソがぁ! さっさと死ねや!!」
「お前の負けに賭けてんだからよぉ!!」
「どっちでもいい! とにかく血を流せぇ!」
「そうだ、まだ後が控えてんだからなぁ!」
男女比としては八:二、観客たちの野太い野次や怒号の飛び交う闘技場と、その観客たちに見下ろされる形で血塗れになりながらも闘い合う二人の筋肉質な男──という光景。
おそらく、ここで行われているのは賭け試合か何かなのだろうと容易に想像できるほどの、いかにもな場所を見た三人はといえば。
「……うるせぇし臭ぇし……何だよここは」
「鼻も耳も痛ぇ──……お、あれが受付か」
相変わらず無口なポーラはともかく、およそ一般的な人間より聴覚や嗅覚に優れたスタークとティエントは顔を顰めつつも、おそらく受付だろう場所を見つけて移動し始める。
「ようこそ、“勝利か死か”へ。 挑戦券はお持ちでしょうか? お持ちでなければ勝利か死かへの参加は不可、ご観覧のみとなりますが」
「死……こ、これでいいんだよな?」
「拝見いたします──……はい、確かに」
そこには露出度の高い服を着た女性スタッフが二人おり、スッと頭を下げて挨拶をしながら、ここで催されている賭博の名を告げた後、挑戦券の有無を問うてくるスタッフの無機質な感じに、ティエントはおずおずといった具合に懐から挑戦券を取り出して手渡す。
どうやら、あの男性が口にしていた『譲る分には問題ない』というのは間違いなかったようだが、それを確認し終えたスタッフが。
「では、どちらになさいますか?」
「「ん?」」
「また、どなたになさいますか?」
「どちら? どなた……?」
「……悪ぃ、説明してもらってもいいか?」
「初参加ですか、ではご説明いたしますね」
どちらだの、どなただのと全く以て要領を得ない質問をしてくるのはいいものの、首をかしげる事しかできないスタークに代わり。
おそらく向こうも何となく察していたのだろうが、ティエントが暗に初めてだと伝えたところ、スタッフは無表情で説明を始めた。
いかにも事務的な様子で──。