魔導接合
竜覧船というらしい、その奇妙な竜が徐々に速度を落として港のような場所の近くに着水する中で──。
「竜覧船……? 遊覧船じゃなくてか」
聞いた事があるようで聞いた事のない、彼女たちの遥か下を滑空する竜の名称であるという単語に首をかしげるスタークに、フェアトは頷いてから口を開く。
「そうですね。 まぁ、『竜』の形をした遊『覧船』だからこそ竜覧船って名前にしたみたいですけど」
竜覧船──それは、文字通り遊覧船と化した竜の事を指し、ここ数年で完成したとある魔法の技術によって各国、或いは観光地などへの移動手段の一つとして確立されている、れっきとした魔物の一種である。
どうやら、フェアト自身も竜覧船を知ってはいても見るのは初めてのようで、シルドの背の上から興味深そうに覗き込みながら『安直ですよね』と苦笑した。
「ほー……で? あれ、どんな仕組みになってんだ」
そんな妹の説明を受けて納得しかけていたスタークだったが、よくよく考えると『あんな生き物いねぇだろ』という結論に至らざるを得ず、平均よりも良い視力を活かして竜覧船を一心に見ていた──そんな時。
「……え? 覚えてないんですか?」
「あ? 何がだよ」
フェアトが竜覧船から目を離し、きょとんとした表情を浮かべて姉の発言に困惑する一方、スタークもスタークで疑問符つきの妹の言葉を受けて問い返す。
「三年くらい前にお母さんが教えてくれたじゃないですか、外の世界で完成した技術の一つだって」
「……そんなもん習った覚えねぇけどな……」
翻って、『流石に覚えてますよね?』と口にしたフェアトの言葉通り、三年ほど前に二人の母であるレイティアから外の世界の勉強の一環として教わっている筈なのだが、スタークは完全に忘れているらしい。
戦いに関係ない事は、どうにも記憶し難いようだ。
「……まぁ、姉さんがアホ──っと、移り気なのは今に始まった事じゃないので別にいいんですけど」
「おい、今アホって──」
若干の気まずさとともに栗色の髪を掻く姉を見ていたフェアトが、わざとらしく姉に対して悪態をつきかけた事を訂正すると、それを聞き逃さなかったスタークが身を乗り出して問い詰めようとし始める。
が、フェアトはそんな姉に構う事もなく──。
「その技術の名は──【魔導接合】。 武器や防具、装飾品や乗物、果ては家財道具から建造物まで。 あらゆる無機物と魔物との一体化を可能とする技術ですよ」
遥か下に見ゆるあの竜覧船も含めて、これから彼女たちが向かう予定の魔導国家、東ルペラシオにて完成された技術によって造られた魔物であるらしく。
それは図らずも、魔族に対抗する為に魔法の技術を加速度的に高めた事で、ここ数年でようやく完成した技術であり、また各国に普及されるのも随分と早く大陸以外の島国にも認知されているのだと説明した。
一方で、『んー……』と腕組みをしつつ胡座をかいて、何かを思い出そうとしていたスタークは──。
「一体化──あぁ! 思い出した! そういやぁ、お袋が見せてくれたんだよな! あの『蛸の鍋』!」
瞬間、パッと顔を上げて妹に視線を向けつつ、それこそ三年ほど前に『勉強も兼ねて』と夕食の際に母が用意した変わった形の鍋──いや、蛸の事を思い出して声を張ると、フェアトは肯定すべく首を縦に振る。
「えぇ、そうですね。 確か──そう、“蛸足鍋”でしたっけ。 後出しとはいえ、よく覚えてましたね」
レイティアが蛸足鍋と呼んでいたその鍋──何を隠そう魔導接合によって造られた魔物であり、そのベースとなっていたのは“焼蛸”と呼ばれる海の魔物。
水中でも消えない炎を操って狩りをする特異な性質を活かす事で、そこそこ大きな鍋と一体化した頭に具を入れると、その鍋に自分で出汁の効いた水を発生させ、沸騰までさせる機能を持った魔物となっていた。
「じゃあ竜覧船ってのは……それこそ遊覧船と一体化してんのか。 まぁ、竜にも利はあるんだろうが……」
ようやく色々と思い出す事に成功し、スッキリしていたスタークが再び視線を下へと戻して『不自由にもほどがあんな』と毒づきつつも、その技術が『魔物の同意』を前提としている事も思い出して頬を掻く。
事実、魔導接合は──真に魔物と心を通わせるか、もしくは言う事を聞くようになるまで屈服させるかのどちらかを行わなければ全く意味をなさない。
ちなみに、レイティアが選んだのは──前者。
この世界の魔物は基本的に知能も知性も高く、よほどの事がなければ自分から人間を襲う事はしない。
例えば──魔王や魔族の力の余波を受けた為に途方もなく凶暴化してしまったり、といった事象など。
今もなお、悪の因子を持つ魔物は世界に散らばっており、それらの魔物の数を減らしていく事で世界の均衡を保つ事を生業とするのが──【冒険者】である。
現在のところは──であるが。
「魔導接合は、この世界の技術を確実に進歩させましたが……だからこそ、この子たちの事は絶対に秘密にしておかなくてはならない。 分かりますか?」
『『りゅー?』』
そんな中、少しだけその整った表情に影を落としたフェアトが、シルドの背を優しく撫でつつ『パイクたちの存在を隠す理由』は『絶滅種だから』以外にもあり、それは何かとスタークに問うと同時にパイクとシルドが顔だけをこちらに向けて一鳴きする。
──『なになにー?』とでも言いたげに。
「……あぁ、何となくはな」
その一方で、どうやらスタークとしても流石にそれくらいは理解していたらしく、またもパイクの背に取り付けられた鞍に寝転がりながらそう呟く。
魔導接合は、あらゆる無機物と魔物との一体化。
そして、神晶竜は元より──無機物たる水晶の竜。
神々が最初に創造したものの、すでに幻となっている万能な水晶──始神晶に竜の形と力を与えた、この世界で最初で最古で……最強の魔物である。
全く喜ばしい事ではないが、図らずも魔導接合との相性は良い──いや、良すぎるくらいだと言える。
もし、その存在を知られてしまえば?
フェアトが言いたいのは、そういう事なのだろう。
──普段は武具か何かに変えとくか。
それは、奇しくも妹の考えと全く同じであった。
「──っと、そうこう言ってるうちに……ほら」
「ん? 何だ──お、もしかしなくてもあれが……」
そんな事を脳内で独り言ちていたスタークに、ふと前方を見たフェアトが何かに気がついて声をかけつつ指を差すと、スタークも緩慢とした動きで身体を起こし、わざわざ目を細めずとも見えるそれを視認する。
それは、広大で、壮観で──そして何より円形の。
「えぇ、あれが──ヴィルファルト大陸ですよ」
彼女たちの目的地である国、東ルペラシオも存在する世界唯一の大陸──ヴィルファルト大陸の姿を。
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