上か下か
ここが賭博で有名な街とはいえ、あまりにも唐突が過ぎるティエントの賭博宣言──。
スタークは、てっきり店側も自分と同じく困惑しているのでは? と思っていたのだが。
「では! “値段賭博”、『上か下か』です!」
「上か下か……? 何だそりゃ」
「おや! この街は初めてですか?」
「あ? あぁ、まぁ……」
個室を訪れたその店員はスタークの予想を大きく裏切り、むしろ『望むところだ』とばかりの笑顔でティエントからの誘いを受け。
聞き馴染みのない種類の──というより賭博自体が全くの未経験なのだから無理もないが──賭博にスタークが首をかしげていたところ、その店員は大仰な反応とともにスタークがパラドを訪れるのが初めてだと見抜き。
それでは、ご説明致しましょう──……と嬉々として上か下かについてを語り始めた。
──上か下か。
それは、パラドの飲食店ならほぼ全店舗で行われていると言っても過言ではない賭博。
あらかじめ手渡しておいたメニュー表に記されている料理の値段と、その店でつけられている本来の値段との差が上か下かを当て。
的中すれば半額、気前が良ければ無料。
的外れなら倍額──……で済むのなら良いが店によっては途轍もない額を請求される。
ただ誤解のないように言っておくと、あくまでもパラドは『健全な賭博』で栄えた街。
基本的には勝ったら半額、負けたら倍額。
勝ったら無料にしてくれるなんて、その店が開店周年記念だったりでもしなければまず起こり得ず、負けたら倍額以上というのもよほどの悪徳店でもない限りは起こり得ない。
かつて、ティエントがこの店を訪れた時もそうだったし、あっさりと負けて実際に倍額を支払っていたし、だからこそ今回もそうなるだろう──と高を括っていたというのに。
「見事、上か下かを的中されれば本日に限り全品無料!! どなたが挑戦されますか!?」
「全品無料!?」
「マジかよ食い放題じゃん! っしゃ──」
まさかの全品無料という途轍もない勝利報酬を聞かされ、ティエントが五年前との違いに驚く一方、食い意地が張りに張っていたスタークは喜びとともに自分が自分がと手を挙げて、上か下かに挑戦しようとしたのだが。
「──待ってください」
「あ"ぁ!? 何だよ!」
そんな少女の勇み足は、スッと割り込んできたポーラに遮られてしまい、よりにもよって最も彼女が苛立つ瞬間である『空腹時』に茶々を入れられたスタークの怒声に対して。
「負けた場合は、どうなるのでしょうか?」
「……そういや聞いてなかったか」
「もちろんご説明致しますよ!」
意図的に隠しているのか、それともまだ説明していないだけなのかは分からないが、ポーラの言う通り『賭けに敗北した場合』どうなるのかを聞いていなかった事に気がついたスタークに、その店員は特に悪気なく頷く。
どうやら意図的でなく、これから説明するつもりだったようだが──それはさておき。
ティエントは一人、嫌な予感がしていた。
(……前と同じなら倍額だが──……まさか)
五年前と同じなら負けても倍額で済む。
しかし、すでに『勝利した場合』どうなるのかという前提が異なっている以上、最悪じみた予想をしてしまうのも無理はなく──。
「そちらの予想が外れた場合は──そうですね! 挑戦者の利き腕をいただきましょう!」
「「「……はっ?」」」
予想通りなのか、そうでないのかはともかくとして、その店員が何でもない事であるかのように口走った『敗北した場合』三人に課せられる代償の大きさに、スタークたちは揃いも揃って口をポカンと開けっ放しにする。
「……ま、待て待て! 何だよそれ!!」
「え? 何だと申されましても……」
数秒後、誰より先に嫌な予感を抱いていたティエントが苦言を呈そうとするも、その店員は何事かとばかりにきょとんとしており。
「店を変えましょう。 いくら何でも──」
まさか、ここまでの異常事態を引き起こしていたとは──と自身の情報収集能力の不足を恥じるとともに、ポーラは矢も盾もたまらず立ち上がって退店を促そうとしたのだが。
「店を変えるも何も、この街では普通の事ですよ? どの店でも当たり前にやってますし」
「なっ……」
その店員の、より一層きょとんとした表情からくる『どこへ行っても同じだ』という三人にとっては衝撃的な事実に唖然とする中。
「……いいぜ、あたしがやってやる」
「!? おいスターク!」
代償が利き腕だと聞かされてから黙りこくっていたスタークが、どこからどう見ても苛立ちを抱えに抱えた様子で立候補したのを受けて、ティエントはすぐに制止せんとした。
──が、しかし。
「うるせぇ、もう腹減りすぎて腹立ってきてんだよ。 これ以上ごちゃごちゃしてっと暴れるぞ? まぁ、ある意味ちょうどいいかもしれねぇけどな。 どうせ全部ぶっ壊すんだしよ」
「それは、流石に……」
「……っ」
当のスタークは、その真紅の瞳をギラギラと煌めかせつつ怒りを発露しており、とても勇者と聖女の娘とは思えぬ暴虐に暴虐を重ねるような発言に、ポーラが失望の色を濃くする一方、ティエントは密かに何かを決意し。
「っあぁ分かったよ! 俺だ! 俺がやる!」
「あ?」
「おや、やはり挑戦なさるので?」
街の問題を解決させるに足る切り札を、こんなところで消耗させるくらいなら、この身を──……と立候補したティエントに、スタークや店員が彼の心変わりに疑問を抱く中。
ポーラは、その店員はもちろんスタークにも気づかれないように【闇伝】を行使して。
彼女自身の影を経由し、ティエントの影から彼以外には聞こえぬよう言の葉を飛ばす。
(……ティエント殿。 存じているとは思いますが……【美食国家】には治癒を許さない調理器具があります。 いかに神晶竜の【癒】といえど過度な期待を持つべきではないかと……)
(……分かってる。 やるからには勝つさ)
その言の葉には【美食国家】だからこそ流通しているとも言える特殊な調理器具の存在と、もしパイクの魔法を期待しているようなら見通しが甘いのではとの助言が込められ。
どうやら、その調理器具の存在を知っていたらしいティエントは、パイクに頼るまでもなく勝ってみせると静かに答えたのだった。
「さぁやろうぜ。 メニューに描かれた絵だけじゃなくて見本になる料理も実際に持ってきてくれるんだったよな? 公平を期す為によ」
「えぇもちろんです! では少々お待ちを!」
そして、ティエントは若干の冷や汗をかきつつも、これ以上の引き伸ばしに意味はないと判断し、かつてもそうだったと当てつけのように言ってみたものの、その店員は特に気を悪くする事もなく頭を下げ、いよいよかとばかりに上か下かの準備をしに向かう──。
……まぁ、それはそれとして。
「……パイク」
『りゅ?』
「負けちまったら……頼むぜ」
『……りゅあぁ』
「……それ、どっちだ?」
そんなやりとりも、あったようだが──。
短編、初挑戦です!
竜化世界の冒険者〜天使と悪魔と死霊を添えて〜
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史上最短で史上最強の座に到達した若き女冒険者、〝ユーリシア〟が天界・冥界・魔界のNo.2となる美女たちをお供に多種多様な竜を討伐しながら世界を巡る冒険譚です!!
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