食事時でさえ
また場面は移り、スタークサイド──。
腹が減っては戦も賭博もできぬ──という事で、ティエントの案内のもと歓楽街を離れて飲食店の立ち並ぶ繁華街へと足を運んだ。
……までは、よかったのだが。
「──そこの素敵なお兄さぁん♡」
「うぇ!? お、俺か……?」
今のズィーノはティエントが訪れた時とは何もかもが違っており、こうして歩いているだけでも露出の多い艶美な衣装の女性の呼び込みに先程から何回も足が止まってしまう。
その女性は明らかに人間なのだが、どうやら彼は相手が獣人でなくともいいらしく、その妖しげな香水の匂いに誘われかけており。
「そうよぉ? ねぇ、よかったら寄ってってよぉ♡ お兄さん好みの獣人もいるかもよぉ?」
「そ、そうか? そんじゃあ──」
まして彼と同じ獣人も、その女性が働いている『普通ではない飲食店』に籍を置いていると言われてしまえば、もはや断る理由は。
「おい発情犬、腹減ってんだから早くしろ」
「っ、誰が発情犬だ誰が! ったく、すまねぇな美人さん。 色々終わったらまた逢おうぜ」
「あぁん、いけずぅ」
……なかった筈だが、そこに割り込んできた空腹でイラついているスタークの低い声で正気に戻った事により、その女性の誘いを彼がやんわり断る事に成功していた一方──。
「驚いた、こんなところに女神がいるとは」
「……何かご用ですか」
そんな二人から少し離れたところでは、おそらく十人いれば十人全員が美男子だと答えるだろう若い男に、ポーラが誘われており。
「これは運命さ、美の女神よ。 どうか私たちの店という名の楽園に足を運んでくれ──」
嫌味のない煌めきを放つホストクラブを背に、その男性を始めとした店員たちが一様に頭を下げながら、ポーラを招かんとしたが。
「却下。 残念ながら興味がありませんので」
「あぁっ、そんなところもまた美しい……」
それどころではないというのもあるし、そもそも彼女の好みが勇者ディーリヒトだという事も相まってか、あっさりと拒絶されてしまってもなお彼らは大して機嫌を損ねる事もなく、ポーラを名残惜しげに見送っていた。
ちなみにスタークは背が高い方ではあるとはいえ、その顔にはまだ幼さが残っており。
(……全く声かけられねぇってのもあれだな)
面倒ごとを避けられているのだから別にいいと言えばいいのだが、それはそれで何だか腑に落ちず、スタークは溜息をつきつつも。
「……おい、そろそろ別んとこ行こうぜ。 この辺、香水の匂い塗れで鼻おかしくなるわ」
「お、おぉ。 そうだな、そうするか」
「……ぜひ、そうしましょう」
目は眼帯で塞がっているし、鼻は妖しい香水の匂いで潰れかけているしで踏んだり蹴ったりな現状を打破すべく、さっさと別の場所に探しに行こうという提案に、ティエントとポーラも同意して今度こそ腹拵えに向かう。
「……もったいねぇとか思ってるだろ」
「お、思ってねぇよ!」
……どこか名残惜しげな表情をしていた事を眼帯越しでも見抜かれたティエントが、あたふたとしながら否定したりもしていたが。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから、およそ十数分後──。
ようやく香水の匂いが薄まってきた辺り。
眩しい事に変わりはないが、それでも先程よりは随分とマシに思える飲食店の前にて。
「もう、あたしの負けでいい……お前らが道草食ってたせいで腹減りすぎて頭働かねぇ」
「う、わ、悪かったって……」
もう空腹で意識を喪失しかねない状況にまで陥っていたスタークの、ティエントたちへの悪態を乗せた真紅の睨みに、もはや勝敗など気にしている場合ではないと悟ったティエントが申し訳なさそうに視線を逸らす一方。
「私は別に……」
何故か、スタークの中で自分も道草を食っていた事になっているという受け入れ難い事実に若干憤っているポーラもいたりしたが。
──閑話休題。
「……で? ここは何が美味いんだ?」
「卵料理が人気の店──だった筈だ」
「……筈? 筈って何だよ」
目の前の店のおススメは何なのかという当然の疑問に対し、ティエントは何やら不明瞭な解答を口にしており、それに違和感を覚えたスタークの声に彼は爪で右頬をかきつつ。
「仕方ねぇだろ? 五年前と外観が変わりすぎてやがるからよ、もしかしたらってこった」
「ふーん……まぁいいや、入ろうぜ」
「お前が聞いたんだろうがよ……!」
そもそも以前に訪れた時とは外観に違いがありすぎる以上、かつては卵料理で有名だったこの店もメニューが変わっている可能性もある為、確実な事は言えないという正論に。
スタークは自分で聞いておきながら興味なさそうに、さっさと店へと歩を進めていき。
(……卵料理が有名ってのは合ってそうだな)
「「「いらっしゃいませ!!」」」
入ってすぐ、やはり煌びやかな内装がスターク以外の二人の視界に映り、スタークの鼻を濃厚で美味な卵の香りがくすぐる中、来店した客を待たせまいと即座に接客に来た店員たちの気持ちの良い挨拶が三人を出迎える。
「三名様でよろしかったでしょうか?」
「あぁ、個室は空いてるか?」
「えぇ、それではこちらに」
それから人数を確認し、スタークの素性を少しでも隠す為にというティエントの気遣いで個室に案内された三人が席に着くと──。
「メニューはこちらです、ご注文お決まりになりましたら気兼ねなくお呼びくださいね」
「……どうも」
すぐさま人数分のお冷やとメニュー表が配られ、どういう意図からか『気兼ねなく』という言葉だけが強調されたようにも聞こえたのを最後に店員は店の奥へと消えていった。
そして、ティエントとポーラは普通に。
スタークは眼帯を外してメニューを見る。
「……そこまで割高でもねぇんだな。 こんだけ豪華なんだしもっと馬鹿げた値段なのかと思ったが……これならたくさん食えそうだ」
「「……」」
「? 何だよ」
そのメニュー表には、やはり多種多様な魔物の卵をふんだんに使った料理の無駄に長ったらしい名前のメニューが並んでいたが、その値段が思っていたより安価である事に安堵し、たくさん頼めそうだと喜んでいる中で。
どういうわけか、それを見ていた他二人が呆れともまた違う何らかの感情を秘めた視線を向けている事に気づいたスタークが何事かと問うたところ、二人は顔を見合わせた後。
「そこに書いてる値段は飾りだ、スターク」
「は?」
「……ここは賭博の街ですからね」
「……何だ? 何言って──」
ここが賭博の街であるという事実も相まってか、そのメニュー表に記された料理の値段は全て『あってないようなもの』であると告げたものの、いまいち要領を得ていない様子のスタークが再び問おうとした、その瞬間。
「──ご注文、お決まりですか?」
「っ!? い、いつの間に……!」
眼帯を付け直していたせいで視界を塞いでいたからか、それともお腹が空きすぎて感覚が鈍っているからかは分からないが、いつの間にかそこに居た店員にスタークが驚く中。
「あぁ、もう決まった。 決まったから──」
そんな少女に構う事なく、こちらもいつの間にか注文を決めていたらしいティエントは神妙な表情と声音で返答し、一呼吸置いて。
「──始めようぜ! 値段を決める賭博を!」
「は、はぁ!? ここで!?」
「……これが賭博の街ですよ、スターク殿」
あらかじめ分かっていたからこそ、もう先に言ってしまおうという考えのもと叫んでみせた賭博宣言に、スタークが『ここでやんのかよ』とまたしても驚く一方で、ポーラは今度こそ呆れたように溜息をついたのだった。
……ここは賭博の街、ズィーノ。
食事時でさえ、賭博からは逃れられない。
短編、初挑戦です!
竜化世界の冒険者〜天使と悪魔と死霊を添えて〜
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史上最短で史上最強の座に到達した若き女冒険者、〝ユーリシア〟が天界・冥界・魔界のNo.2となる美女たちをお供に多種多様な竜を討伐しながら世界を巡る冒険譚です!!
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