老婆の正体
突如──と称するのも違う、おそらく最初からそこにいたのだろう白衣の老婆に対し。
「──……貴女、は……?」
『……んん?』
かなり、かなーり動揺しつつも聞かないわけにはいかないフェアトの問いに、その半透明な老婆は決して見た目相応とは言いがたい可愛げのある首のかしげ方を披露しており。
それが何かしらの疑問を抱いている仕草だという事は分かっても、この問いに答えてもらわない事には何も始まらない為、フェアトはただひたすらに老婆の二の句を待つ事に。
……すると、その数秒後──。
『何じゃ、てっきり妾の存在を知ったうえで踏み込んで来とるのかと思うたのじゃがな』
「え──……って、そうじゃなくて……!」
どうやら、その老婆はフェアトが──勇者と聖女の娘が自分の存在を前提としてやって来たのだと思っていたらしく、そんな老婆の発言にピンときていないフェアトは更に疑念を深めかけていたが……そんな事よりもだ。
『一体、何者か──と?』
「……っ」
一体、貴女は誰なんですか──そう問い直そうとした瞬間に当の老婆に思考を先読みされた事で、フェアトは一瞬言葉に詰まるも。
ゆっくりと、その首を縦に振ってみせる。
シュエレブのような恐ろしさやおぞましさこそ感じないが、その得体の知らなさだけでいえば、シュエレブと同じかそれ以上──。
フェアトの目に映っている以上、精霊の類でない事はまず間違いないとは思うのだが。
……正直言って聞くのも怖い気はするものの、だからといって放置などできはしない。
『至極残念じゃが妾に名はない。 それでも名乗れと言うのなら──……こう呼ぶがよい』
そんな少女の葛藤を知ってか知らずか、シュエレブを封印中の結界の傍まで近寄っていた老婆は、名乗る名はないが種族としての名でもよいのならと前置きしてから一拍置き。
『──“大陸亀”、とな』
「大……陸──」
静かに、されど確かに力のこもるしゃがれた女声で告げられたその名に、フェアトは聞き覚えがあると一瞬だけうつむきかけたが。
「……大陸亀!? あの、三神獣の!?」
『それは知っておったか。 重畳、重畳』
次の瞬間には、もうその名が神晶竜に次いで神々が生み出したとされる『三神獣』が一体のものであると思い出し、それを口にするやいなや老婆──もとい大陸亀が嬉しそうに目を細めて笑みを浮かべたのはいいものの。
「ま、待ってください、あの、本当に?」
……そう、俄かには信じがたい。
何しろ三神獣は伝説上の魔物として語り継がれており、その伝説そのものも魔族が消えて束の間の平和を享受している今となっては語り継ぐ事さえ満足にされていないからだ。
フェアトだって、スタークを経由して聞いた深海虎とXYZの一体であるザファールとの小競り合いを知っていなければ、とてもではないが信じる事などできていなかった──筈。
『何じゃ、疑うておるのか』
「そ、れは……だって……」
それをフェアトの言葉や表情の動きから見抜いた大陸亀は、どう見たって不機嫌といった具合に眉根を寄せ、それに対してフェアトは言い訳がましく何かを口走らんとしたが。
『……まぁ無理もないかの。 今の世を生くる者たちは、すでに妾の事など知る由もないゆえな。 嘆かわしいとまでは言わんがの……』
当の大陸亀はフェアトを叱責するでもなくただ溜息をつき、つい先程までフェアトが考えていた現世での三神獣の認知度についてを憂い、されど知らしめる意味も理由もないと言わんばかりに感情を抑え込むように呟く。
それは承認欲求のような浅ましい感情では決してない、もっと先を見据えたものである気がしたが──……まぁそれはそれとして。
「……あの……どうして、ここに……?」
『……? どうしても何も──』
何故、三神獣の一角が化身となってまで自分の前に現れたのか──という抱いて当然の疑問をおずおずと投げかけてきたフェアトに対し、どういうわけかその疑問を意外だと思っているらしい大陸亀はまたも首をかしげ。
『──ここは、妾の腹の中じゃぞ?』
「!?」
ここが──というより可食迷宮の扉の奥である最奥の部屋が、あろう事か自分の体内であると明かした事で、フェアトは目を剥く。
「は、腹……? お腹って事ですか……?」
『それ以外にあるのかの』
腹=お腹という、もはや聞き返すまでもないほど当たり前の事を聞き返してしまうくらいに混乱していた少女に、さも呆れかえって物も言えないとばかりに溜息をつく大陸亀。
だが、それでもフェアトは納得できない。
「い、いや、それは……だって、それじゃあまるで……この迷宮どころか、この国……下手したら、この大陸そのものが貴女の──」
何しろ、ここが大陸亀の体内であるという話を信じるとするのなら、この広大な迷宮はもちろんの事、【美食国家】自体が──いいや、何であればヴィルファルト大陸自体が。
……大陸亀の身体だとでも──。
『そうじゃとも、この大陸は妾そのもの。 お主が地上じゃと思うておるのは妾の甲羅よ』
「ま、まさか……そこまでなんて……」
と、そう口にしようとしたフェアトの言葉を遮った大陸亀は、あっさりと少女の憶測を肯定するとともに、ヴィルファルト大陸は自身の巨大な──……あまりにも巨大な甲羅が大陸と化したものであると明かしてみせた。
やはり信じがたい事ではあるが、こうして目の前に現れた半透明な老婆から感じる力の異質さに気づいてしまっては、もう否定する事も訝しむ事も馬鹿らしく思えてくる──。
しかしながら、それよりもフェアトはとある危惧を抱いて何やらビクビクとしていた。
何を隠そう、その危惧とは──姉の所業。
本当に、この広大なヴィルファルト大陸が一体の魔物なのだとしたら、世界の心臓が剥き出しになるほどに姉が深く穿ったあの大穴は、この魔物を傷つけた事になるのではと。
もしそうだとしたら、この魔物は姉や自分に対して怒りを覚えていてもおかしくないのではないか──……と、懸念しているのだ。
『……あぁ、お主が危惧しておるような事にはならぬぞ? 神々より賜った妾の使命は、この身の上に文明を築かせる事にあるからの』
「そ、そうですか──……え、文明を?」
しかし、どうやら大陸亀は姉の所業に対して特に怒りなど覚えておらず──思考を見抜かれた事など気にする余裕もない──呵々と笑いながらも瞳に真剣味を帯びさせたまま。
神々よりの使命とやらについて語り出す。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
発端は、この世界が創造されてすぐの頃。
地上世界には直接手を加える事ができない天上の神々は、かつての代行者である最古にして最強の【竜種】、神晶竜を創造した後。
次に為すべきは何か、と合議し始めた。
とある神は神晶竜以外の生物をと、またとある神は代行者に相応しい力を神晶竜にと。
その合議は実に半世紀以上にも及んだ。
そして神々が導き出した結論は、『この世界に住まわせるに相応しい生物を創り、それらに文明を築かせる事で次なる世界の創造の糧、或いは模範とする事』だというもので。
それを為すべく可及的速やかに必要だったのは、文明を築けるかもしれぬ生物の創造などでも、代行者の更なる強化などでもなく。
いずれ創り出す生物たちが住まう、もしくはある程度の文明を築いた後に進出し得る三つの地──陸・海・空を創造する事だった。
しかし、ただ単に物言わぬ巨大な土の塊や深い深い水溜まり、広大な風の通り路を創造しても次なる世界の創造の模範にならない。
ゆえに神々はその三つの地に命を与えた。
そうして創り出され、『文明を築かせる為の礎となれ』との使命を受けた三体の魔物こそが、のちの三神獣と呼ばれる以下の魔物。
肉眼には決して映らない透明かつ巨大な身体に生やした無数の雅な羽で太陽光を反射する事によって青い空を展開し、その日の機嫌により世界各地の天候が決まるという圧倒的な影響力を持つ鳥型の魔物──……広空鳥。
人間では絶対に到達し得ないほどの深く暗い海の底にて、この世界に存在する全ての生物の脈動を把握し、有事の際にはその脈動を這い寄るような唸り声で止めてしまえるという哺乳型にして水棲の魔物──……深海虎。
そして、その強大な甲羅の上に文明を築くまでに至った人間たちを住まわせるだけでなく、それらと敵対する事となった魔族の暴虐から随一の再生力で人間と文明を人知れず守り抜いたという、勇者や聖女、神晶竜に次ぐ功労者である爬虫型の魔物──……大陸亀。
三体は今でも自らを神晶竜の眷属であると自負しており、ここまでに蓄積された痛痒や疲労も、かつての神々の代行者の苦労を思えば何という事はないと考えているのだとか。
──ま、その痛痒だの疲労だのの蓄積は誤魔化せておらんがの。 何せ、化身であってもこれほど老いてしもうておるのじゃしな──
とは、また呵々と笑う大陸亀の言である。
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