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邂逅に至るまで

 ──……時は少しだけ遡る。



 具体的には、スタークが皮剥かわはぎの幼体たちを狩り終えて、その肝を食べ終わった頃──。


「……」


 ふらふらと、まるで幽鬼か何かであるかのように歩く彼女の姿からも分かる通り、スタークは未だに夢の世界から出られていない。


 流れ着いたばかりの時の変わっている事を挙げるとすれば、その新鮮な肝を頬張ったせいで口の辺りが真っ赤に染まっている事と。



 ──……ぐうぅ。



 という腹の音が鳴り止んでいない事か。



 元より大食いの彼女が魔物の肝五つ程度で満腹になる筈もないのは自明だが、それにしても随分と空腹に拍車がかかりすぎている。


 その現象の原因は、ここが可食迷宮エディブル──延いては【美食国家】の一部だからという事に他ならず、どこにいても美味そうな匂いが漂うこの迷宮で食欲を抑えろという方が難関。


 ここまでの旅の中で何度か彼女の食欲を満たせそうな場面はあったものの、ハッキリ言って有償や無償を問わず『提供された』食事では、スタークの空腹を満たすには足りず。


「……」


 こうして『すんすん』と鼻を鳴らして次なる食材を探しつつ、『がりっ』と音を立てて岩をかじる事で食い繫いでいるのであった。


 だが、この場においては何も彼女だけが絶対的な捕食者というわけではなく、つい先程に起こったばかりの並び立つ者たち(シークエンス)、もしくは魔奔流スタンピード騒動にも動じない魔物たちもまた。


『──……ミュウ"ゥウウ……ッ』


『──……フルルル……』


 双子の妹と同じく精霊に愛され、それゆえに『最高級の餌』だと一目で分かる少女を喰らう為、釣られるように次々と姿を現した。


 一つ目の鳴き声の主は、その名の通り八つの巨大かつ鋭利な角を携えた肉食の鹿──。



 ──“八角はっかく”。



 二つ目の鳴き声の主は、その名の通り梟の如き夜目と聴力を持った大きな一匹狼──。



 ──“梟狼ふくろう”。



 そのどちらもが、たった一体で街一つを滅ぼしてしまえるほどの力を持った絶対強者。


 並の冒険者や傭兵、騎士や魔導師などでは相手取ろうとする事自体が間違いであり、それらから遁走する事は全く以て恥ではなく。


 あれほどの騒ぎでも下層から動こうとしなかったのは、その必要がなかったから──。



 だが、そんな彼らにも抗えぬものはある。



 滅多な事では感情を揺さぶられる事さえないというのに、それでも目の前に立つ少女の存在を知覚した瞬間、彼らは身体を起こす。


 そして、その巨体にそぐわぬ速度を以て下層を駆け回り──この場へ辿り着いたのだ。



 彼らを突き動かしたのは他でもない──。



 ──……食欲である。



『ミュア"ァアアアア……ッ』


『フルッ、フジュル……ッ』


 それを誰かに証明するつもりなど微塵もないのだろうが、それぞれの口からはボタボタと際限なく粘度の高い涎が垂れ続けている。


 しかしながら、それは何も魔物たちに限った話ではない──……もうお分かりだろう。


「──……」


『『……?』』


 ふらふらと目の前に立つ少女──スタークもまた、たらりと涎を垂らして嗤っており。


 それを見た魔物たちが少女の様子に疑問を覚え首をかしげた──……まさに、その時。











『──ミュイ"……ッ!?』


『──フルル……ッ!!』



 先程までより一層ふらりと身体を傾けた瞬間、それが予備動作だったとばかりに少女が消えた事により、かたや八角はっかくは驚愕を露わにし、かたや梟狼ふくろうは瞬時に聴覚を研ぎ澄ます。


 薄暗い迷宮の中でも真昼のように見えている超視覚でも捉えられない以上、頼れるのは梟譲りの圧倒的な聴覚のみであるから──。


 そして三百六十度、全方位に向けて集中した梟狼ふくろうの聴覚が、ついに少女の動きを捕捉。


 音を置き去りにするほどの速度で移動していた少女の方を向くべく、ぐるりと百八十度以上も首を回した結果、彼は未だに寝たままの少女が抱く狙いをようやく理解していた。



 ──……こいつもか、と。



 ──……こいつも腹が減ってるのか、と。



 瞬間、少女は軸足に力を込めて空気が歪むほどに加速し、その勢いのまま拳を振るう。



 ──【迫撃拳モーターノック】。



『フルルルァアア!!』


 助走をつけて思い切り殴るスタークの必殺技の一つにして、スタークが最初に会得した基本技の一つでもある破壊的な殴打に対して梟狼ふくろうは、ふさふさの尻尾を中心に【氷壁バリア】を展開し、その一撃を防ぎつつも反撃を──。



 試みようと──……したのだろうが。



『フッ、ル"ゥ……ッ!?』


 反撃を試みるどころか防ぐ事さえままならないその一撃は、【氷壁バリア】を砕くだけでは飽き足らず梟狼ふくろうの巨体を大きく吹き飛ばした。


『フ、ルルオ"ォ……ッ!!』


「……」


 並の魔物ならこれで終わっていただろうものの、あろう事か梟狼ふくろうは吹き飛ばされながらも体勢を立て直しつつ魔法を使おうとする。



 しかし、その反撃を許さない者がいた。



『ミュウ"ゥウウウウウウウウッ!!』


『フルルァ……ッ!?』



 ……八角はっかくである。



 自らの八本の角に【雷棘スパイク】を纏わせる事で更に鋭さを増し、それに加えて【風爆エクスプロード】を足下で発動させる事による文字通りの爆発的な加速力を得た突進に梟狼ふくろうは一瞬面食らう。


 あまりにも突然で唐突な邪魔立てだったとはいえ、よくよく考えれば当然の事である。


 梟狼ふくろう八角はっかくは、たまたま同じ獲物に目をつけ、たまたま同じタイミングで戦闘を始めただけであり、そもそも味方でも何でもなく。



 同じ獲物を求める競合相手でしかない。



 この迷宮内に限った話ではないが、そもそも魔物の間には一つだけ暗黙の了解ルールがある。


 獲物、及び餌の所有権は『狩った者』にこそあり、それを奪う事は卑怯な行いである。



 ……という、まるで人間のような了解ルールが。



 まぁ、『まるで人間』などという物言いでは人間の方が賢くて当然のように聞こえてしまうものの、ただ言葉を話せないだけで人間より賢い魔物など腐るほど存在するのだが。



 もちろん梟狼ふくろうも、それを理解している。



 だからこそ、あの『最高級の餌』にありつく為には絶対に自分が仕留めなければ──。


 そう決意した梟狼はっかくは、ぶんぶんと首を振って溢れ出る涎を払い、その口に生え揃った凶悪な牙に【氷斬スラッシュ】を纏わせる事で斬れ味を強化し、あわよくば八角はっかくごと喰らうべく特攻。



 かたや轟雷の角を携えた巨大な鹿──。



 かたや極寒の牙を携えた巨大な狼──。



 魔奔流スタンピードを鎮める為に集められた百余命の猛者たちでさえ、この二体を相手取るのは難しいだろう──そう思わざるを得ないほどの絶望的状況であってもスタークはまだ夢の中。


 しかし、それでも彼女の超人的な嗅覚は色濃い旨味を放つ魔物たちの躍動をしっかりと捉えており、その表情は見る者によっては。



 ……蠱惑的とも見えた、かもしれない。



 そして、スターク目掛けて八角はっかく梟狼ふくろうが殆ど同時に、それぞれの最大の武器ともいえる角と牙を以て獲物を絶命させんとした──。



 ──……その時。











「……【────】」


 誰が聞いても──それこそ魔物が聞いても分かる、どう考えても寝言でしかない声量で何らかの技の名を少女が呟いたかと思えば。


『……ミ、ウ"……ッ?』


『フル、ルォ……ッ?』


 次の瞬間には、どういうわけか八角はっかくの首も梟狼の首も『どすん』と鈍い音を立てて地面に落下し、それが自分の首が落ちる音だと自覚する間もなく二体の魔物たちは絶命した。


 スタークがやった事と言えば、ほんの少し何かを呟き、ほんの少し手を動かしただけ。



 本人も、よく分かっていないだろう。



 ……何しろ眠っているのだから。



 とはいえ、それでも分かる事はある。



 さっきまで目の前にいた魔物が──。











 ──……『ご馳走』になった事くらいは。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その後も、スタークの美味そうな香りに惹かれてきた魔物たちを、スタークは次から次へと寝たまま討伐し、そして喰らっていく。


 どうやら彼女は無意識のうちに、この迷宮を随分気に入ってしまっているようだ──。


 それもその筈、旅を始めてから──……どころか、スタークが生まれてからの十五年で始めて『食欲』と『戦闘意欲』の二つの欲求を無意識にとはいえ満たしかけているから。



 その証拠に、スタークの表情は明るく。



「……♪」



 何なら鼻唄まで無意識に奏でる始末。



 歩んできた道が見るも無残な鮮血に染まっている事などは、知りもしないとばかりに。



 それから、しばらく進んでいくと──。



 つい先程まで頼んでもいないのに襲撃してきていた魔物たちが、どういうわけか一体たりともスタークを襲う事がなくなっていた。


 何故か──……などと今のスタークが考える筈もなく、ふらふら歩みを進めていくと。


 彼女が起きていれば間違いなく視界に入るだろう位置に、かなり大きな石の扉が映る。


 これこそが、ガウリアの口にしていた迷宮の最奥に続く扉であり、その奥の『宝』を守る【迷宮主】以外にも、この扉そのものを守る【番人】と呼ばれる魔物が、そこに──。











 ──……()()()



 そう、いないのだ。



 その代わりに──というわけなのかさえも

分からないが、そこにいたのは二人の男女。



「──……あ? 何や、あの小娘は」


「小娘ぇ……? ふあぁ……」



 雷の精霊ヴォルトから派生した──霆人ラムウ



 氷の精霊フラウから派生した──雪人イエティ



 霆人ラムウが、いかにも溌剌とした長身の女性。



 雪人イエティが、いかにも怠惰そうな短身の男性。



 どちらも【美食国家】ではあまり見かける事のない霊人であり、フェアトであればその違和感に気がつく事ができたかもしれない。



 しかし、スタークはまだ眠っている。



 そして、スタークはまだ──腹八分目。



 食欲と戦闘意欲の権化と化した今の彼女からすれば、霊人もまた──……『ご馳走』。



 ゆえに──。



「……」


「うぉあ!? な、何やこいつ!?」


 スタークは音もなく霆人ラムウに接近すると同時に攻撃を加えようとし、あろう事かその攻撃に反応どころか対応してみせた霆人ラムウは、『ばちっ』という雷鳴とともに身を翻すばかり。


「凄いねぇ、この子……寝たまま動いて攻撃までしたよ。 ボクも真似できないかなぁ?」


 一方、元より砂漠の下だからか多少なり蒸し暑い迷宮の中、雪人イエティにはしんどい環境ゆえか設置されていた小さなかまくらの中で寝そべりつつ、スタークを称賛する雪人イエティに対し。


「んな事言うてる場合か! 手伝えアホ!!」


「……めんどくさいなぁ……」


「冗談で言うてんちゃうぞ!? ()()破られたらあかんいうのは分かっとんのやろ!?」


 間違いなく緊急自体だというのに呑気な事を言ってる場合か──と叱責したが、それでも面倒臭そうな態度が抜けない雪人イエティに、かなり響く大声を以てして何らかの意図を込めた警告にも似た叫びを霆人ラムウが轟かせたところ。


「分かってるってぇ、ここを突破されたら」


 一転、声音だけ真剣になった雪人イエティは扉の方を横目で見つつ、ゆっくりと身体を起こす。


 ……そもそも一般的な霆人ラムウであれば、スタークの先の一撃で終わっていた筈であるし。


 一般的な雪人イエティであれば、そもそも戦闘意欲が極端に薄い為、臨戦態勢には移らない筈。


 こうなったのも、この二人が一般的な霊人ではなく、()()()()()()霊人だからであり。



 ──……そして、何よりも。











「──……()()()()()()()()()()()()



 密命を受けた並び立つ者たち(シークエンス)だからだ。

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