下層の惨状
(登場人物紹介などを含め)二百話到達!!
──下層。
三つの階層からなる可食迷宮の最も下に位置する階層にして、とても上層や中層──ましてや上の砂漠の魔物たちとは比べ物にならない強さの魔物が出現する魑魅魍魎の魔窟。
生半可な実力では踏破どころか生き残る事も、もちろん逃げ出す事さえできずに一人残らず喰われてしまう──そんな場所なのだ。
……そんな場所である筈だったのだが。
「──……何だい、何なんだい、これ……」
形の良い鼻を片手で覆いつつ、その整った顔を歪めて呟くガウリアの言葉通り、そこには何とも理解しがたい惨状が広がっていた。
一言で言うなら──……『血の海』。
超巨大な野蚯蚓──もとい並び立つ者たちの序列七位による震動にも、その序列七位との激闘の末に穿たれた世界の心臓を剥き出しにするほどの穴から漏れ出した八色の魔素の奔流にも焦燥せずに下層に残った魔物たち。
そのうち一体でも上の砂漠──絶品砂海に這い上がったりしようものなら、あの広い砂漠で狩猟だの採集だのしている者たちは皆。
捕食者から一転して被食者となってしまうだろう、という強者揃いだというのに──。
そんな粒揃いの魔物たちが──……鏖殺。
真っ赤に染まった地面の上、それらが酷く損傷した屍を晒す光景はあまりに絶望的で。
もはや、この階層には命を持つ魔物など一体も存在しないのではないか──そう思えるほどの惨状に、ティエントは口を手で塞ぎ。
「お"、思った以上、に──……う"ぇ……」
あらかじめ圧倒的な嗅覚で分かっていた事とはいえ、ここまでとは思っていなかった為か込み上げてくる吐き気を抑えようとする。
彼に比べると、ガウリアはそこまで滅入っていないようにも思えるが、それでもきついものはきついらしく何やら目を擦っている。
……どうやら血の匂いが目にきたらしい。
その一方、姉を探しに来た妹はといえば。
「……パイク、シルド。 【探】で姉さんを探してください。 今のティエントさんに無理を強いるのは、ちょっと申し訳ないので……」
『りゅう』
『りゅあ!』
二人と同じく死骸に慣れているわけではないものの、それどころではないという事を自覚しているからか、すぐさまパイクたちに対して『姉を探せ』と苦笑しつつ指示を出す。
それほどまでに、ティエントの顔が絶不調を表していたからに他ならない──……が。
「……わ"、悪ぃな、フェアト……普通に動いたり戦うぶんには大丈夫だからよ、ここでは戦闘面で何とか頑張らせてもらうぜ……」
「……え、えぇ。 お願いしますね」
ここまで来ておいて最後の最後に役立たずになっては無能もいいところだと分かっていた彼の、もう聞き取りにくいったらない宣言を受けた少女は苦笑を続けたまま首を振る。
今の彼が頼りになるかどうかは、ハッキリ言って微妙なものだが──それはさておき。
「……つっても、もう魔物はいないんじゃないのかい? こんだけ死んでるとなりゃ……」
「かも、しれねぇ……だが──」
そもそも、ティエントが口にしたような戦闘が、ここまで魔物の死骸ばかりが辺り一面に転がる下層で発生するのか──というガウリアの疑問に対し、ティエントは首肯しつつも今度は鼻ではなく耳をぴくぴくと動かす。
──その瞬間。
『『──!!』』
「! もしかして──」
『『りゅう!!』』
殆ど同じタイミングで、それぞれが風と闇で【探】を行使していたパイクとシルドが何らかの反応を示し、それを『姉を見つけたゆえの反応』と捉えたフェアトの言葉に、パイクとシルドは息の揃った返事を以て応えた。
「……だよ、な……匂いだけじゃねぇ、さっきから音も聞こえんだよ……とんでもねぇ力を持った『何か』と『何か』が戦う音……」
『『りゅー!』』
一方、ティエントはティエントで神晶竜たちとの付き合いは長くないのに、どういうわけか二体の返事に込められた『真意』を見抜き、その聴覚で感じ取った『激闘』の音についてを言及すると、パイクたちはまた鳴く。
その通りだ──と言わんばかりに。
「『何か』と『何か』──その片方が?」
「姉さん、かもしれませんが……」
途切れ途切れの彼の言葉と、パイクたちの頷きを見聞きしたガウリアによる、その片方こそがスタークなのではという推測に、フェアトは何とも自信なさげではあったが──。
「多分、合ってると思うぜ……? いくら何でも、こんな殺し方を魔物どもがするとは思えねぇ──……こんな、それぞれの可食部だけを器用に喰って残りを捨てるみてぇな……」
「……」
鼻は馬鹿になっていても頭は機能しているティエントとしては、そこらに転がされている死骸は間違いなく人為的に斃され、そして喰える部分だけを喰っているとしか思えず。
それが可能なのは、この奥にいる筈のスタークただ一人だと、ほぼ確信を以て語った。
尤も、こんな残忍無比な殺戮が姉のものだと言われるのも、それはそれで気持ちの良いものではなかったフェアトの表情は暗いが。
「……パイク、シルド。 乗せてください」
『『りゅうっ!』』
されどそれを咎める理由も意味も、その時間もないと分かっているフェアトは、さっそくとばかりに二人を伴って神晶竜に乗った。
たった一人の姉を迎えに行く為に──。
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その後も、やはり魔物と遭遇しなかった。
尤も中層の時とは事情が異なり、パイクやシルドに怯えているからではなく、すでに一体たりとも生き残りがいなかったからだが。
この調子では、【番人】や【迷宮主】と戦っているかもしれないスタークも自分たちが着く頃には何もかもを終えている可能性も。
と楽観的に考えていたものの、いつまで経っても激しい戦闘の音は止む事なく、むしろ奥に行けば行くほど大きくなっており──。
「──……この、音……ですか?」
「あぁ、間違いねぇ。 この先だ」
奥へ進むに従って少しずつ死骸が減っているからか、さっきよりはマシな表情になった獣人に確認したところ、ティエントはスッと指差して更に奥の方へと指し示したものの。
「この先って言ったら、もう最奥の扉しかない。 それと、その扉を守る【番人】と……扉の向こうで宝を守る【迷宮主】ぐらいしか」
「そのどっちかか……もしくは──」
この先となると、もはや扉と宝──それらを守る二体の強大な魔物たちしかいない筈であり、やはりスタークがどちらかど戦っているのか、或いは両方かと二人が思案する中。
「とにかく行きましょう、もちろん安全を第一に。 さっきのより強いんでしょうし──」
フェアトとしては、すぐにでも姉の安否を確認したい気持ちでいっぱいの為、シルドに乗ったままの状態で、パイクに乗った二人に向けて次なる行動の指示を出そうと試みた。
──……まさに、その瞬間だった。
『──っあ"ぁ!! えぇ加減にせぇや小娘がぁあああああああああああああああっ!!!』
「「「!?」」」
『『りゅあ!?』』
突如、下層に轟いたのは何やら妙な訛りを感じなくもない女性の怒りを帯びた叫び声。
そして、それに伴って立ち昇った──。
ありえないほどの規模を誇る雷鳴と稲光。
「み、耳がぁ……っ!! 耳が痛ぇ……!!」
『! りゅう!』
「お、おぉ……っ!? す、すまねぇな……」
『りゅー』
聴覚や嗅覚を研ぎ澄ましていたせいで、それをまともに見聞きしてしまったティエントの悲痛極まる叫びに、すぐさまパイクが光属性の【癒】を以て鼓膜の痛痒を治療する中。
「え、あ……? な、何ですか、今の……?」
「魔法、じゃねぇのか……? 雷属性の──」
ティエントとは違い、これといって痛みは感じておらずとも、びっくりしたのは間違いないフェアトの呆然とした声に、ティエントは自分なりの推測として魔法ではと呟くも。
「──……違う」
「「え?」」
その推測はガウリアによってあっさりと否定されてしまい、どういう事かと視線を向けてきた二人に対して、ガウリアは息を呑み。
「あたしも霊人だから分かるんだ──……今のは、ヴォルトから派生した霊人の雷……」
自身が土属性の精霊から派生したと云われる鉱人であるからこそ、あの雷が自身と同じ霊人によるものであると看破するとともに。
「──……【霆人】の雷だ」
その霊人の種族名を、重々しく告げた。
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