最後通告
時間にしてみれば、およそ数分の出来事。
歴戦の傭兵である鉱人、猛者とは言えないまでも優秀な冒険者である犬獣人が、お荷物一つ抱えた状態で二体の強大な魔物と繰り広げた激闘は、あっという間に幕を下ろした。
他でもない、お荷物の手によって──。
「──……すっ、げぇ……」
目の前で起きた現象とはいえ、とてもではないが簡単に受け入れがたく、されど『何か分からんが凄い事が起きた』という認識だけは持つ事ができていた為、そう呟いていた。
……そう呟くしかなかったとも言えるが。
「……パイク、シルド。 お疲れ様でした」
『『りゅー♪』』
そんな中、無意識のうちに腰を下ろしてしまっていた彼をよそに、フェアトは戦闘終了からくる安堵の息をこぼしつつ、パイクとシルドの半透明な頭を撫でながら労っており。
フェアトからの労いに対し、パイクもシルドも心底嬉しそうに目を細めて一鳴きする。
ここだけ見ると今の今まで苛烈な戦闘が行われていたとは思えないが、そのすぐ近くに文字通りの動かぬ証拠である雌喰の死骸と砕け散った不動象の欠片が転がっている以上。
「……無事に終わって良かったよ、全く」
「……本当にな」
この痛痒も、この疲労も現実のものである為、蚊帳の外となっていた二人も、それぞれが握りこぶしを合わせて労いを示していた。
だが、まだ本来の目的は果たせていない。
スタークは、この階層にもいないのだ。
「……ガウリアさん、ティエントさん」
「ん? どうしたんだい?」
「もう向かうのか? よし、それじゃあ──」
それを分かっているからなのか、フェアトは浮かなくとも真剣味を帯びた表情と声音を以て二人の注目を集め、そんな少女からの声を『早く下層に行きましょう』という意図を込めたものだと思った二人が踵を返そうと。
──した、その時。
「お二人はここで引き返してもいいですよ」
「「……へっ?」」
フェアトから告げられたのは、あろう事か二人に対しての『ここからは、この仔たちと私で行きます』という旨の宣告であり──。
ここに来て、そんな事を言うのか──と呆気に取られた二人は疑問の声を出すばかり。
ただ、フェアトにも言い分はあるようで。
「私にはよく分かりませんが、ここより下には今の魔物たちより強い魔物がいるんですよね? だったら、ここで戻った方がいいです」
「「……」」
何を隠そう、ここはまだ中層であって下にはもう一階層あり、そこに下層から動く必要もないと判断した『真に強い魔物たち』が残っているというなら、この戦闘で傷を負った二人は戻った方が──と、そう考えていた。
そんな少女の言に対して一理ある──と思ってしまったからこそ、ガウリアもティエントも黙って少女の二の句を待っているのだ。
「もちろん、パイクかシルドを護衛にしても構いませんよ。 二人とも、いいですよね?」
『……りゅう』
『りゅ〜?』
そして追い討ちをかけるかの如く、まだまだ魔物が蔓延っている筈の中層から上層を駆け抜ける為に、パイクかシルドのいずれかを同伴させるという事後対応まで完璧ときた。
パイクはいまいち納得いっておらず、シルドはよく分かっていないという事実はさておいて、フェアトからの提案を受けた二人は。
「……あたいは、このままついてくよ」
「……いいんですか?」
まず、ガウリアが少女からの提案を否定するべく首を振るとともに、同行を希望する。
「あたいは嘘も裏切りもなしで傭兵やるって決めてんだ、ここで戻るわけにゃいかない」
ついてきてくれるのは嬉しいけど──といった風な少女の声に、ガウリアは金色の長髪に優しく手を置きつつ、あくまでも自分の中にある『傭兵観』を貫く為だと笑顔を見せ。
「……俺もだ。 冒険者始めて五年、ようやく自分の正義ってもんを貫ける機会に巡り会えたんだぜ。 頼む、最後まで同行させてくれ」
そんな彼女に同意するかのようにティエントも、この五年で冗長的になりかけていた冒険者としての正義を改めて目指す機会を逃すわけにはいかない、と右の拳を突き出した。
その拳に、ガウリアが自分の拳を合わせるのを見たフェアトは、スッと拳を前に出し。
「……ありがとうございます」
同じように、小さな拳を突き合わせた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その後、何故か雌喰と不動象を最後に他の魔物は全く出現しなくなり、ガウリアやティエントの手当てもスムーズに済んだ為──。
「──……あれが下層に続く階段ですか?」
「そうなるねぇ、かれこれ十五年ぶりだよ」
意外にも、あっさりと階段に辿り着いた。
その階段は上層から中層へと下りる為の階段よりも更に長く深く、ほんの少しの明かりもない中で下りていくのは無謀とも思えた。
「それじゃあ、さっそく──……と、いきたいところなんですけど……大丈夫ですか?」
とはいえ今はパイクもいる為、明かりの心配などいらないと分かっていたフェアトとしてはすぐさま下層へ向かいたい──のだが。
「お"、お"ぅ……だ、大丈夫、だぜ……っ」
「……何をそんなに顔歪める事があんだい」
そこには、どうしても気遣わずにはいられないほど、ぐしゃぐしゃに顔を歪めて何かを嫌悪しているかのようなティエントがおり。
フェアトと同じく彼の様子に違和感を抱いたガウリアが、ばしばしと彼の背中を叩きながら、『何事だ』と問いかけてみたところ。
「……分かんねぇお前らが羨ましいぜ……この下……血の海になってやがんだぞ……?」
「「血の海……?」」
どうやら彼の卓越した嗅覚は、この下から漂う多量にもほどがある血液の匂いを嗅ぎ取っているらしく、そのせいで顔を歪めてしまっているのだろうという事は分かっても、どうしてそんな事になっているのかという事が分からない二人は同時に疑問の声を上げる。
「下層に残った『馬鹿ほど強い魔物』どもが暴れてんのかねぇ?それとも、まさか──」
第一の推論として、この下に残っている魔物たちが喰い合いでもしているのかもしれない──……そうガウリアは告げたものの、すでに彼女はもう一つの推論をも立てていた。
「……姉さん、かもしれません」
「……だよねぇ……」
第二の推論は他でもない、この下に運良く流れ着いたスタークが寝たまま下層の魔物たちを蹂躙しているのかもというものであり。
……それが正解だと知らない二人は、うんうんと唸って階段の前で思案を続けていた。
「スタークの匂いは感じ取れないのかい?」
「……こうも鉄臭ぇと──……う"」
だがしかし、このまま考えていても何も始まらないと判断したガウリアは、ティエントの嗅覚を頼りにスタークの所在を確認せんとするも、ティエントは更に顔を歪めるだけ。
もう鼻が馬鹿になりかけているのだろう。
「……行きましょう」
「あぁ、そうだね」
「よ、よし……っ」
それを看破した二人は、ここで話し合っているよりも、さっさと下層に潜って探し始めた方が効率も良い筈だと判断し、あわや涙まで流しかけていた彼を連れて、下層へ潜る。
もちろん、そんな三人に続いて神晶竜の幼体たちも、その大きさを保ったままに下層へ続く階段へ足を踏み入れようとしたが──。
『『……』』
──不意に、パイクとシルドが振り返る。
中層の風景を見納めているようにも見えなくはないが、その瞳はいつもよりも険しく。
とても風景を記憶する者の瞳ではない。
……疑問に思わなかっただろうか。
何故、途端に魔物が現れなくなったのか。
それは、パイクとシルドが揃って中層全体に睨みを利かせ、『余計な事はするな』と下層の魔物たちを脅していたからに他ならず。
こうして、わざわざ振り返ったのは──。
追ってくるなんて面倒な事はするな──というパイクたちからの最後通告だったのだ。
おそらく通じた筈だ、そう判断した二体は顔を見合わせ頷き合って、フェアトを追う。
その後、中層の──というより下層から上がってきた魔物たちは、つい先程まで迷宮の隅という隅までも隠れて怯えきってい事に屈辱を覚えていたが、あの二体に挑もうとは思えない自分たちの意気地のなさに絶望した。
──……とはいえ、それも無理はない。
どうか、どうか──。
自分の番が来ませんように──と。
全ての魔物たちが、そう思っていたのだ。
……あんな風に、なりたくないから。
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